第24話 バイオレット
フェリシアーナ様とバイオレットさんのことを客室に招いた僕は、フェリシアーナ様とバイオレットさんに客室のソファで待ってもらうように伝えると、僕は客室のすぐ隣にあるキッチンで三人分の紅茶を淹れることにした。
「いつもロッドエル様が紅茶をお淹れになっているんですか?」
「え!?」
僕は、誰も居なかったはずの隣から突然声が聞こえたため思わずその方向に振り返ると、そこにはバイオレットさんが居た。
「バ、バイオレットさん……?」
「はい、バイオレットです!」
「い、いつからそこに……?」
「今です!」
「そ、そうですか……全然気配を感じなくて、驚きました」
明るい雰囲気の人だが、やはり流石はフェリシアーナ様の侍女の人……普通の侍女の人とはやっぱりどこか違う。
僕はそのことに思わず感心しそうになっていたけど、ついさっきバイオレットさんにされていた質問に答えることにした。
「えっと、いつも僕が紅茶を淹れているのか、でしたよね……いつもは僕じゃなくて、僕のメイドのシアナっていう子が淹れてくれてるんですけど、今日は僕の父さんと雇用に関することで話があるらしくて居ないんです」
「そうだったんですね」
本当に、今シアナが居てくれたらどれだけ心強いかわからなかったけど、雇用に関する話ってなれば僕の一存でそれを止めることは難しいから、今日は僕一人でフェリシアーナ様と過ごすしかない。
……この紅茶のこと一つ取っても、不安なことでいっぱいだ。
「シアナの淹れてくれる紅茶は本当に美味しいんです……だからこそ、僕の淹れた紅茶でフェリシアーナ様の機嫌を損ねないかが、少しだけ心配です」
「お嬢様はとてもお優しい方なので、そのようなことで機嫌を損ねたりはしませんよ!」
確かに、フェリシアーナ様は僕が美味しくない紅茶を淹れても機嫌を損ねたりはしないと思う。
「フェリシアーナ様が優しいのは僕もわかってるつもりです……でも、できることなら美味しいって思ってもらいたいので」
せっかくフェリシアーナ様がわざわざ僕の家まで足を運んでくれたのだから、できるだけ美味しいものを飲んで欲しいと思うのは自然なこと。
僕が美味しく紅茶を淹れられるか不安に思っていると、バイオレットさんが元気に言った。
「ロッドエル様が淹れて下さったものなら、どんなものでもお喜びになると思います!」
どんなものでも喜んでくれる、か……
「フェリシアーナ様の侍女のバイオレットさんにそう言ってもらえるのはなんだか嬉しいです!」
「その調子です、ロッドエル様!お嬢様は年離れた風格をお持ちの方なので、もしかしたら時々気圧されてしまうこともあるかもしれませんが、そういった時は私のことを頼ってください!必ずお二人が話しやすくなるようにして見せます!」
フェリシアーナ様と二人だけだったら僕の方が緊張してしまったりして色々と変な空気になってしまっていたかもしれないけど、このバイオレットさんが居てくれるだけでとても安心感があって、肩の力も少し抜けて来たような気がする。
「ありがとうございます!バイオレットさん!」
「はい!本当は私が紅茶をお淹れしてもよろしいのですが、お嬢様は私よりもロッドエル様の淹れて下さった紅茶をお飲みになりたいと思いますので、紅茶を淹れるのはロッドエル様にお任せしたいと思います……が、何か困り事があれば気兼ねなく私に声をかけてくださいね!」
「わかりました!」
その後、バイオレットさんは僕に一度頭を下げると、僕の居るこのキッチンから去って行った。
今日はバイオレットさんが居てくれるから、もしかしたら思ってる以上にフェリシアーナ様と楽しく過ごせるのかもしれない……そんなことを考えていると今からフェリシアーナ様と話すのがさらに楽しみになってきて、僕は早くフェリシアーナ様と話したいと思いながら紅茶を淹れた。
◇バイオレットside◇
ルクスの居たキッチンから出たバイオレットは、シアナの待つ客室へと戻った。
そして、ソファに座っていたシアナは戻ってきたバイオレットに話しかける。
「バイオレット、ルクスくんの様子はどうだった?」
そう聞かれたバイオレットは、ルクスと話していた時よりも、まるで別人かのように声を落ち着かせて言う。
「お嬢様の予想通り、シアナというメイドが居ないことによって精神的不安が見られたようですが、私という存在をその代わりとすることにより、ロッドエル様の精神的余裕をもたらすことに成功しました……本日は、前回よりもお嬢様とロッドエル様の距離を縮めることが可能でしょう」
「……ルクスくんが聞いてるかもしれないから、普段と同じ声で話すのやめてくれる?」
「黒のフードを被りお嬢様に受けた命を達成した回数は数え切れないほどであり、その中でも潜入任務などは私の得意とするところです、誰かの気配を感じればすぐに先ほどのように明るい声音で話します」
「……そうね、信頼しているわ」
そう言った後、シアナはバイオレットの体を少しの間眺めた。
そのことが不可解だったバイオレットは、シアナにその行動の理由を聞く。
「お嬢様、私の体を眺めているのには何か理由があるのでしょうか?」
「いえ……最近は分厚めの黒のフードを着ていたから気づかなかったけれど、あなた少し見ない間にまた胸が大きくなったんじゃない?」
そのシアナの言葉に、バイオレットは一気に拍子抜けして心の中で小さくため息をついてから口を開いて言った。
「そんなどうでもいいことを考える暇があるなら、ロッドエル様とどう距離を縮めるかのシミュレーションを脳内で行なってください」
「どうでもよくないわ、あなただっていずれ私のように心に決めた男性が現れるかもしれないのだから、そうなった時は間違いなく異性として求められることになる部分の一つよ」
「私にはそういった感情も、願望もありません」
バイオレットは自分に言い聞かせる。
自分にはシアナのように恋愛感情も無く、誰かと幸せになりたいと思う願望も無いと。
そんなバイオレットのことを見て、シアナはどこか悲しそうな表情で言った。
「そう……まぁ、あなたがルクスくんに心を奪われるようなことになったらかなり面倒なことになるから、それならそれで良いわ」
「そのようなことはありませんので、ご心配なさらないでください……私はただ、お嬢様の幸せのためだけに生きています」
バイオレットは思う。
自分はもう、幸せになってはいけない。
そう自分で思うほどに、暗い場所に両足どころか体全てが埋まっている……ここから抜け出すことなんて出来ないし、抜け出してもいけない。
バイオレットにとっては、シアナが明るい存在で自分は暗い存在。
シアナがルクスの暗い部分を請け負うというのであれば、そのシアナの暗い部分を請け負うのがバイオレット。
バイオレットはそれで良いと思っているし、シアナが幸せになることだけが自分にとって唯一許された幸せだと考えている。
そして、その考えが変わることは無い。
────シアナ以上の明るい存在に、照らされることが無い限りは。
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