第17話 罪

◇ルクスside◇

 ────そもそも、僕が余計なことを言わなかったら良かったんだ。

 侯爵家の人で高圧的な人が居ることなんてわかっていたことなんだから、何を言われたとしてもそれを上手く躱せば良かった。

 僕の発言は今でも悪くないと思っているけど、伯爵家の長男、いつかは領主になる身としては間違った選択だった……領主としての選択をするのであれば、あの時は何がなんでも他の貴族、それも侯爵家のような権力を持っている人と因縁を作ったらいけなかったんだ。

 自室に入ってから一時間弱の間、ずっとそんなことを考えていると、僕の部屋のドアがノックされた。


「ご主人様、少しよろしいでしょうか?」


 シアナの声だ……シアナにも、合わせる顔が無い。

 でも、何か用事があるなら聞いたほうが良いだろうから、その話だけ聞こう。


「うん、シアナ……入っていいよ」


 僕がそう伝えると、シアナは僕の部屋に入ってきて、僕の座っている椅子の隣まで来た。

 シアナの顔を見てみると、とても心配そうな表情をしていた。


「どうかしたの?シアナ」

「……辛そうなお顔をしています、ご主人様」

「え?あぁ……貴族学校の初日だったから、慣れない環境で疲れが出てるんだと思うよ」


 僕は、できるだけ明るい表情を作ってそう言ったものの、シアナは無言で僕のことを見つめるだけだった……シアナに隠し事はできない、か。

 僕は明るい表情を作るのをやめて言った。


「実は今日……侯爵家の人と言い合いになったんだ、普段だったら聞き流してたようなことだったけど、フェリシアーナ様のことをどこか低く見てるような言い方をされて、将来的に領主になる身としては聞き流すべきだったのに、感情的になったんだ」


 僕が今の僕の抱えているものをシアナに伝えると、シアナは両腕を広げて優しい笑顔で言う。


「ご主人様は何も悪くありません、そして、一人で抱え込みすぎなのです……その少しだけでも、私に一緒に背負わせてください」

「気持ちは嬉しいよ、シアナ……でも、ダメなんだ、僕はそのシアナの優しさに甘えるわけにはいかない、今回のことは僕のせいなんだし、僕は次期領主として全てを一人で背負っていかないといけないんだ」

「私はご主人様のものなので、ご主人様の何もかもを一緒に背負いたいのです、それが私の存在意義です……私が存在していても良いように、どうか一緒に背負わせてください」


 ダメだ……ダメなんだ。

 そんなシアナの優しさに甘えているようでは、僕は────でも、そのシアナの優しい表情を見ていると、そんな考えが全て頭から吹き飛んでしまい。


「……シアナ!」


 僕は、気づけばシアナのことを抱きしめていた。


「もしも、僕のせいで今後このロッドエル伯爵家が、そしてシアナが何か害されるようなことになったらって考えたら、それだけで怖いんだ……こんな僕に将来領主になる資格があるのか、それもわからなくなってきて、今まで頑張ってきたことが全部崩れたような気がして……こんな情けない姿、シアナに見せたくなかったけど……ごめん、ごめんシアナ」


 声を震わせながら僕の不安を全てを伝えると、シアナは僕の頭を撫でながら優しく言った。


「ご主人様は情けなくなんてありません、他者のために怒り、他者のために泣けるご主人様は、領主ではなく王になられるべきほどのお方です……私が保証します!ですから、本日はどうかお早くお休みになられてください」


 相変わらず言うことの規模が大きいシアナだけど、今は……少し、それに救われた気がする。


「……そうするよ、ありがとう、シアナ」


 僕はシアナに連れられてベッドまで行くと、シアナに見守られながら眠りへと落ちた。

 ……さっきまで不安でいっぱいだったのに、シアナが近くに居てくれるだけでこんなにも安心して眠ることができる。

 ありがとう、シアナ────



◇シアナside◇

 ルクスが眠ったことを確認したシアナは、そっとルクスの部屋のドアを閉じて自室へと戻った。

 するとそこには、数枚の資料を机に広げてシアナのことを待っていた黒のフードを被った長身の少女の姿があった。


「お嬢様、ロッドエル様の様子はどうでしたか?」

「予想通り……いえ、予想以上に自責している様子だったわ……ルクスくんは何も悪く無いのに、あのルクスくんのことをあそこまで自責させるなんて……あなたに詰めが甘いと言ったけれど、私も相当甘かったようね────あなたがまとめた資料を見せなさい」

「はい」


 黒のフードを被った少女は、シアナに数枚の資料を渡し、シアナは無機質な目でそれらに目を通した。

 一枚、二枚……そして、三枚目。


「……ふふ」


 その三枚目に書かれていたある一文を見て、シアナは小さく笑う。

 そして、あと数枚ほど資料は残っていたが、シアナはその一文を見ることさえできれば他の情報はどうでも良かったため、資料を全てゴミ箱へ捨てた……それを見て、黒のフードを被った少女はシアナが何をするのかを理解した。

 そして、シアナは冷淡な声で言う。


「行きましょうか……最大の愚行を犯した、愚か者を処罰しに」

「────全ては、お嬢様の仰せのままに」


 人通りの少ない暗い夜、二人の少女がロッドエル伯爵家の屋敷から出て、馬車に乗ってある場所へ向かった。

 シアナが目を通して小さく笑った、黒のフードを被った少女がまとめた資料の三枚目の一文にはこう書かれてあった。


『ザルド・ザーデン侯爵は、本国の情報の一部を他国に売るという条件でその国の公爵の爵位を得る取引を持ちかけたが、他国との交渉が決裂』


 ────これは、王族の権限があれば国家反逆罪として死刑にできるほどに重たい罪だった。

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