第10話 『神隠し』その9


 『はい。これ、貸して差し上げます。事が済んだら、返却してね。』


 巫女さまは、一冊のわりに薄い書物を渡してきたのです。


 『てんらくてんまつのこと』


 とかいてあります。


 『平仮名書きの文書で、これは、写しです。原本は厳重に保管しています。おそらく、当時の巫女にあたる人が書いたようで、たいへんに、珍しいものです。門外不出。』


 『ふうん。偽書ではないわけですか。』


 『あなた、なかなか、詳しそうね。原本は外に出したことがありません。神官さまが許さないからです。写しを出すのもご法度よ。まあ、いまは、夫婦でパリに行っているから、いいんじゃないかな。つまり、鑑定したことはないわけ。しかし、この写しには、江戸時代半ばに手が入っています。かなり優秀な学者だった当時の神官さまが注釈をいれています。読んでいいわ。』


 『なにが、書かれていますか?』


 『地下にある宇宙からきた物体について。』


 『なんと? 見たのですか?』


 『そう。見たようね。』


 『じゃ、地下に降りる道もわかる?』


 『わかる。たしかに。しかし、その道は、たぶん、地震で崩壊してしまったけれど。』


 『はあ? …………』


 『でもね、変わりになる道についても書かれている。ただし、曰く、いのちがけなりや。とある。ほら、ここね。ゆくべからず。ちみもうりょうがみはる。めにもみえずに、からだがうごかなくなるどくがみちている。』


 『放射線ですか。』


 『まあ、そうも思えるわね。』


 『あの、先生、この本は、誰か他の人が見ましたか?』


 『だれかが、一度持ち出した形跡があったの。わたし、以外の誰かよ。』


 『持ち出せるひとは?』


 『神官さま。わたくし。あにうえ。』


 『おにいさま? みたことないです。』


 『そう。しょうもない兄でね。』


 巫女さまは、しばらく、絶句していた。


 『いなくなった。神隠しね。まあ、書物はちゃんと返したからリッパなんだ。』


        

 

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