第13話

 ぷよぷよと地面に転がる。

 身体はショタオベロンから元のぷよぷよボディに戻っていた。

 ショタロンボディが主体となったのだが、どうやら人型は相当な魔力を消費してしまうようだった。その結果、身体変化で元の球体になった方が魔力消費を抑えられるため、現在は球体になっている。

 ただそれ以外にも大きな問題が残ってしまっていた。


『ほらさっさと移動しよう!』


 心の声の主オベロンだ。

 この五月蠅い奴と人生を共にするなんて嫌すぎる。

 

「あのさ、俺たちってずっと合体したままなのか?」


『なんだ不満かい?』


「不満に決まってんだろ。っていうかお前はなんとも思わないのか?」


『生きていれば意外となんとかなる、というのがボクの座右の銘だからね。それにボクの魂の欠損さえ修復できれば、元に戻ることはできると思うんだ』


 魂の欠損か。

 そういえば魂を魔力に変換したとか言っていたな。


「具体的な案はあるのか? その魂の欠損を修復する方法ってのは」


『やりようはあるよ。ただ封印されていた期間が長すぎたというのと、堕天が浄化されて間もないこと、その二つに加えて魂が欠損したボクは全盛期の一割ほどしか能力を使用できないのが痛すぎる。その一割もこの身体を安定させるのに使用している状況だからね。現状は自然回復を待つしかないね』


「そうか……」


 その返事に思うところがあったのか。


『巻き込んでしまったのは申し訳ないと思っているよ。すまなかったね』


「……突然気持ち悪いな」


『なんだいキミは!ひどい奴だな!人が珍しく少しだけ反省してるっていうのに!!』


「少ししか反省してないじゃねぇか」


 ため息をつく。

 こいつを助けると決めたのは俺だ。

 だから、オベロンに責任を追及するのは間違ってる。


「まぁ、いいか。生きてればなんとかなるだっけか? 確かにその通りだしな」


 ここに来るまでも生き残ってどうにかしてきたのだ。この融合だって解消する方法が必ずあるはずだ。

 

『そうそう!意外となんとかなるもんさ!』


「はぁ、転生してからずっと運がなさすぎて泣けてくるよ」


『なーに言ってるんだい。このボクと知り合えたのは幸運以外ありえないだろう。何の知識もない状態より、ボクのように知恵のある存在がいた方がキミも行動しやすくなるだろうしね」


 こいつの自信はどこから生まれてくるんだ。

 ただ言ってることは的を得ている。


「はいはい。その知恵でさっさと融合の解除と洞窟から脱出させてくれ」


『ふむ。それもそうだな、そうなんだけど。すまないな、時間みたいだ』


「なんだって?」


『活動限界がきたって話さ。今のボクは魂一割の存在なんでね。あまり魔力を使いすぎると眠ってしまうんだ』


 なんだコイツ死ぬほど使えねぇじゃん。


『おい!聞こえてるんだからな!!ボクは魂の修復をしつつ、キミの相手をして、更に魂の均衡を保ってるんだぞ!!それで使えないは言い過ぎだろ!』


 プンスカと聞こえそうなほどの怒りだ。

 女の子だったら可愛いんだろうが、男のプンスカには一切萌えないな。


「というか均衡を保ってるってどういうことだ?」


『キミとボクが完全に融合しないようにしてるって話だよ。まったく、まったく!』


「えっ、なに俺たちってそんな絶妙なバランスで成り立ってんの?」


『そうだよ。なんて説明したらいいのかな。あーダメだ眠くなってきて頭が回らん。そこら辺の説明はまた時間がある時にするよ。そうだ、寝る前に一つ伝えとく』


 最後の力を振り絞ったかのような声だった。


『——さっさとこの場を離れたほうがいい』


 そういうとオベロンの声は聞こえなくなった。


「おいコラ! お前には色々と質問したいことが山ほどあるんだぞ! おい! それに離れた方がいいってどういう」


 先ほどのオベロンの言葉の意味はすぐに判明する。

 圧迫感だった。

 何か巨大なものの気配。

 初めて巨大蜘蛛と出会った時とは比べものにならない『なにか』が洞窟内にいる。そう本能で理解した。

 

「なんだこれ。上の方か?」


 オベロンとの融合によるせいか。魔力感知の範囲が広がっている。

 遥か上層に何かがいる。それも大勢だ。

 それが凄い速さで駆け下りてくるのを感じる。あと数分もすれば、ここにたどり着くペースだ。


 ただ移動した方がいいと言われても困る。オベロンから聞いた話だと、俺とオベロンが転移したのは洞窟の最下層。

 つまりはオベロンが封印されていた場所、地の底なのだ。そこから移動なんてできるわけがない。


「次から次へとなんなんだよ! まだ色々と解決してないんだっつの!!」


 オベロンには聞きたいことは山積みだ。

 成り行きで信頼して融合させられたがお互いのことを知らなすぎるし、そもそもオベロンが封印されていた理由すら聞いていない。

 それなのに手を貸して封印を解いたのは実はまずかったんじゃないかと。疑うこともせずに騙されただけの可能性もあるんじゃないかと。

 この状況も彼が仕組んだ可能性もあるんじゃないかと考えてしまう。


「その辺も絶対あとで喋ってもらうからな!!」


 突然の事態の悪化に思考して対応が遅れる。

 それが俺の弱点だ。

 一瞬魔力感知から意識が逸れただけだったはずなのに『それら』はすでに俺を取り囲んでいた。



「へー、アンタが封印されていた奴か」


 炎のような力強い声がした。


「これはこれはなんというか」


 水のような冷たい声がした。


「吹けば飛びそうだねぇ」


 風のような軽い声がした。


「弱そうだ」


 土のように堅い声がした。


 そして———。


「動くなよ小童」


 空に浮かぶ少女が声を発した。

 周囲を囲む女とは一線を画すほどの力の塊。声音一つだ。

 頭からつま先までを駆け抜けた得体の知れない感覚が駆け抜ける。


(なんだ、この女……)


 黒い少女だった。

 まるでオベロンが女になったかのような美しい見た目をした少女。

 ただそこに宿るものは決して図れるものではなかった。

 そのレベルにある存在ではなかった。

 今まで出会った怪物なんて赤子に思えるほどの理不尽さ。


「妾は今非常に機嫌が悪くてな。変なことをされると殺してしまうかもしれん。だから、正直に答えてほしいんじゃが——」


 動いたら死ぬ。金縛りにあったかのように硬直する。

 その少女は明確な殺意を持って口を開いた。


「妾の夫はどこに行った?」

 

 

 

 

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