事故物件の事前内見

あめはしつつじ

事故物件の事前内見

 ガチャン。

 私の背中で、鍵の閉まる音がした。

「びっくりした? びっくりした?」

 ふざける映子に脳天唐竹割り。

「痛った〜」

 頭をおさえる右手にしっぺ。

「痛っ」

 おでこにデコピン。

「痛い」

「あんたが悪い」

「はっちゃん、めっちゃびびってんじゃん」

「びびってない」

「びびびってない?」

「びびび、ってない。今のところは」

 私たち二人は、内見に来ている。

 春先、シーズンということもあってか、不動産屋は人手不足らしい。鍵と地図と資料を渡されて、あとはご自由に。

 映子は、

「内見に不動産屋が来ない件。こりゃいけん」

 などと不動産屋で言っていた。

 確かに内見までセルフサービスというのは、世知辛い世の中になったものである。

「前の人は死んでいません」

「えー、死んで、いないなんて、やっぱり事故物件じゃないですかー」

 と映子がふざけて鍵を返そうとしたのを回想する。

「前の人は死んでいません。そもそも、入居された方がまだ、一人もいませんから」

 ならなぜ、この部屋はこんなにも安いのか? 入居者が死んでいなくても、例えば、工事中に人が死んでいたり、お墓の上にアパートを建てたり、幽霊が出たりすることもあるだろう。いや、そもそも、幽霊なんて、非科学的な存在がいるわけ、

「地縛霊ってさー、なんでその建物、部屋から出られないか、知ってるー?」

 映子がトイレの蓋を開け閉めしながら、私に問う。

「いや、そもそも、幽霊なんて、」

「恨みのパワーってさ、距離の二乗に反比例するのよ。幽霊が実体化するにはさ、そのパワーがいるわけ、恨みの場所と距離が離れると、消えちゃうんだよ」

「なに? その謎理論、そんなことがあるわけ」

『す』 

「えっ、なに?」

 映子の声とは、別の声がする。

「あれ? はっちゃん、びびびった?」

「びびびってない!」

 私は幽霊なんか信じていない。断じていない。けれど、何かが聞こえたり、何かに触れたりすることが、子供の頃から、何度もあった。

「映子ちゃん、だめだよー、その祠の石、返そうよー。ちょっと動かしただけで、変な声が聞こえるんよー」

「えー、一メートル位しか動かしてないじゃん。仕方ないなー、ほっ」

「こら」

 と映子が祠の石を投げて返そうとしたのを回想する。

 あれ? 回想、多くない? スタジオに返そう。

『ろ、す』

 聞こえる。

『こ、ろ、す』

 殺す。聞こえる、聞こえる聞こえる。

「びびびってきた、びびびってきた、びびびってきた!」

「びびったー」

「びびってないで! 映子、塩、塩化ナトリウム」

「トーリウムは〜、ランターノイド〜♪」

「トリウムはっ、アクチノイド! てか、それなに?」

「演歌なトリウム」

「どーこまでもー 続くー道ー。松山千春は演歌じゃなくて、フォークソング!」

 ガチャン。

 鍵の開く音がする。

『殺す』

 はっきりと声がする。

 私は恐怖でうずくまる。

「うち、このままでええんかな、プロトアクチニウムになった方が、」

「ふざけないで! やめて! 殺さないで!」

 キー、扉の開く音、見ると、なんだ、私たちに鍵を渡した、不動産屋さんだ。

 私は、ほっとした。

 不動産屋さんが、一歩、部屋に入ってきた瞬間。

『不動産屋、殺す!』




「逃げて!」

『逃げて!』

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