第30話 突き出た怒り

「ここまでやっても確実じゃない。けれどね……!」


 ルシオロの周囲にオーラのようなものが溢れ、やがてそれがいくつかの巨大な氷柱となる。

 左手を奴に翳せば一直線に飛んでいく。

 視力が効かなくなったであろう奴も、その全てを叩き落とすことができなくなっていた。


 無論、そのままではあのウロコに弾かれるだろうが……。


「ガアゥウウウ!?」


 氷柱は軌道を変えて、ウロコの剥がれた皮膚に向かって突き刺さる。

 肉の食い込む生々しい音が聞こえたかと思ったら、突き刺さった周辺から奴が凍り始める。


 相当な苦痛だろう。ウロコは一部剥がされ、その体内では毒が回り、そして肉体と細胞を凍り付かされたのだ。

 その上に魔力まである程度封じ込められている。


 それでも地の利も無い状態で奴はまだ立ち上がっている。膝を折る気配が見えない。


「アレに反撃の隙を与えてはならない。時間が経てば再生されてしまうわ」


「よっし! やっとスカッと来そうな感じのアレになったし、オレのカッコイイとこ見ててよ!」


「馬鹿、お前の手はまだ震えたまんまなんだからじっとしてろ」


「でもさ……!」


 抗議の声を上げる棚見の気持も分かるが、今はもうまともに剣も握れなくなっているはずだ。

 いくら奴がダメージを負っているといっても、こんな状態で素直に攻めさせてくれるとも思えない。

 幸いにもウロコの剥がれた箇所は多い。どんな攻撃でも効く今なら短剣だって通るはずだ。


 今の棚見に持たせてもまともに切りつけられない、だからと言って投げナイフとして使っても手が震えて標準はつけられない。


 俺が近づいてケリを着けるしかない。


「援護してくれ、突っ込んで終わりにする!」


「言われなくても、後はあなたに託すわ。ただ気を付けなさい、奴も死に物狂いで抵抗してくるはずよ」


「ああ、分かってる。……来い!」


 俺はドラゴンに向かって走る。目が見えなくてもあの野郎なら気配を感じ取れるはず。

 だからこそルシオロの援護射撃だ。それによって俺への注意が逸れた隙をついて、一気に距離を詰める。

 そして短剣を逆手に構えて飛びかかる!


「ガァアアアアア!!」


 だが当然ドラゴンは俺を近づけまいと暴れまわる。

 その巨体と力に任せた攻撃は当たればひとたまりも無いだろう。


(終わらせてやる。こんな奴にいつまでも構うわけにはいかないんだよ!)


 俺は明日を見たい。期待を裏切る嘘つきになりたくはない。

 そのためには、こんな化け物なんて――。


「グガァアアアアア!!」


 ドラゴンが俺に向かって爪を振り下ろす。

 俺はそれを紙一重で躱して、そのまま奴の腕に張り付くように飛びかかる!


(このまま突き刺して……!)


 だがそれは甘い考えだったとすぐに思い知らされた。


「……っ!?」


 俺の体が持ち上がったのだ。いや、持ち上げられたのだ。


(ッ!? 翼か!)


 奴はまだ比較的無事な方の背中の片翼をはためかせた。

 先ほどまでの力強さこそないが、近づいて俺一人を吹き飛ばす風くらいは起こせたようだ。


(ぬかった……! こんなところでッ)


「香月くん!?」


 空中に投げ出された俺の手からは短剣が離れ、それがよりにもよって奴の足元へと吸い込まれるように落ちていく。

 そして……最悪の事態が起こった。



「噓、でしょ……?」


「……ぁ、ああ……!」



 奴は一歩前へと力強く踏み出すことで、短剣を粉々に踏み潰してしまったのだ。

 希望が終わり、絶望に苛まれてまともに言葉を発することも出来ない。


 地面へと叩きつけられた俺は全身に渡るダメージにより、起き上がれない。


 眼前にはドラゴン、このままで数秒とせずに餌食になる。


「ッ……! このォ!!」


「やめなさいヤコー!」


「止めたって!」


 遠くで言い争いの声が聞こえる。


 そうだ、俺がやられたら次はあの二人。そして傷が癒えたら他の人間まで。


(終わり……? ここで終わるのか、俺は? だってよやっと……やっと……)



『私達の関係ってさ、恋人で無くてもいいと思うんだよね? 好きって事には変わりないんだから』


 やっと……。


『以心伝心の仲って言うか。お互い別の相手と付き合っても分かり合える二人って、ものすごく素敵じゃない?』


 やっと人を……。


『その制服何? だって、約束したじゃん! 一緒の学校に行くって。……噓つき』


 っ……!


『噓つき!!』



 体から力が抜けていく。

 結局つまらない陰キャの末路なんていうのは、粋がったってつまらないままって事か……。


 一人で、一人で生きていかなきゃって……?

 出来なかったな、俺。


『……きくーん! 香月くーん!』


 頭の中で声が聞こえた気がした、それも……俺の名前を呼びながら。


 やっと――そうだ人を……!



「香月くん!!」



 背後から声が聞こえて来た、それも――俺の名前を呼びながら……!



「っ……!」


 頭が冴えていくような、そんな不思議な感覚に気持ちよく心が澄んでいく。


 視線が晴れて、その先にはあの見ているだけで腹が立ってくるようなドラゴン。


 奴が近づいてくる。耳障りな足音を立てながら。


 体の奥からふつふつと湧き上がってくるものがあった。それは――。


(なんでここ終わりなんだよ……。っざけんな……!)


 悔しさと苛立ち。今という現実にひたすらムカついてくる。


 舐めやがってッ!!


 倒れ伏す右手に力が入る。気づけば何かを握り込んできた。

 それは……石。よく見ると蛇の像の砕けた破片だった。手頃な大きさのそれが俺の手の中で光だし、その姿を変えていく。



「あれは――短剣!?」



 体が頭で考えるよりも先に足に力を入れていた。

 肉体のダメージを超えて苛立ちが俺を怒らせる。


 背中が震え、足が振るえ……。

 それでも力を入れた眼球が奴を視界に入れて睨みつける。


 奴はもう目と鼻の先。その口を広げ、俺という獲物に向かって牙を剥く。


「ガァア!!」


「逃げて香月くん!!」



 何様のつもりだ? たかがトカゲの畜生風情がッ!!



「グガァアアアア!!!」


「ほざくんじゃねぇ……、――このクソったれがアアアッ!!!」



 奴が突き出し広げる、その忌々しくも鼻につんざく汚らしい口内に向かって――俺は右手を思い切っきり突き入れた。

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