第27話 決戦の構え
森へと一歩二歩と踏み入れて行けば嫌でもわかる事がある。
「なんかさぁ、ヤ~に静かじゃない? ホラー感満載って感じ」
「仕方が無いわ。恐らくこの森の動物は食いつくされた後。よしんば生き残りが居てもお腹の足しにならない小動物くらいでしょうね」
いわゆる生き物の気配を感じられない。
いや、正確に言えばたった一つだけ。恐らくあのドラゴンと思わしき威圧感だけは離れていても感じられるが、それだけだ。
休眠状態からの復活で、この森の動物はほぼ居なくなったというルシオロの意見が嫌でも現実である事を示している。
一晩でこのありさまなら、放って置けば国そのものから生き物の気配が無くなるのだろう。
そしてゆくゆくは他の国、そしてまた……。そういう風になって行くと考えれば、何がなんでもここで食い止めなければならない。
チラリとルシオロの背中を見る。
俺は彼女の素性をまるで知らない。
何故あの封印された短剣を狙っていたのか、とか。それを使ってどうするつもりだったのか、とか。
俺達の間に信用は無い。だが、共通の敵を討たなければ未来が無いという信頼出来る目的がある。
互いに生存欲を手放して無い。だからこうして手を組んだ選択を後悔はしていない。
棚見はこの女を気に入ったらしいけど。俺はドラゴンを討った先に本当に関係が存在するのか疑問に思っている。……そんな疑問を感じる程度の余裕を取り戻せたのもルシオロのおかげではあるが。
「……坊や、私を背中から撃ちたいとか考えるのは全てが終わってからにしなさい」
「別に、そこまでは……。あなたを信用していないのは変わらないが、その時までに何か起きたら困るとは思ってる」
「あら? 心配してくれてたの? でも、坊やよりは修羅場は潜ってきたつもりの身。むしろあなたこそ心配だわ」
「善処はする、さ……」
和気あいあいとは程遠い雰囲気だが、それが身を引き締めてくれているのも確かな話だ。
適度に解れない程度の緊張が集中力を増すという。だったら今の状態がベストな結果を生み出せるはず。
「あぁ! そんな二人してバチバチしちゃってさ。もっとこうピクニックって感じだしてもいいんじゃな~い? ほら、この森って雰囲気はヤだけど空気は割と美味しいじゃん。もっとポジティブにさ、もしかしたらドラゴンもグースカしちゃってて簡単にザスっといけるかもじゃん。うん、いけるっしょ!」
「無茶言うなよ……」
「愉快な子ね。ヤコー、坊やはその勇猛さが羨ましくて拗ねているのよ。もっと寄り添ってあげれば仲良くチャンスかもしれないわ」
「おい何言って!」
「あ~、なるほど! 香月くんってば、オレが一人でワイワイしてるもんだからヤキモチ妬いちゃったんだ? も~、きゃわじゃん!」
「どいつも勝手言いやがって……! 勘ぐるな」
「…………今ので坊やがいい感じに解れたわね」
「何か言ったルシ姉さん?」
「いいえ。さあ、恐らくもうすぐよ。おしゃべりも程々にしなさい」
人を巻き込んだ癖に勝手終わらせて。身勝手な女だな。やはり信用にはおけない。
(今のはわざと? それとも素なのかしら? どちらにしても、本当に油断ならないのはこの子かもしらない)
先頭を歩く棚見の雰囲気はいつもと然程変わらない。こいつが緊張する事ってあるのだろうか?
◇◇◇
どんどんと濃ゆくなってくる気配が肌に痛いくらいだ。
そういうものを感じるくらい、自分に身に危険が迫っているのだろう。
この場合自分から迫っているんだろうが。
「……居たわ」
静かに短く呟くルシオロ。
森の奥の開けた場所には奴がいた。
この森から命を感じさせなくなった元凶であるドラゴンだ。
その黒い体を全て地に伏せ、その大きな翼は折りたたまれている。
静かに寝息を立てているそいつ。人によっては可愛い気を感じるのかもしれないが俺にとってはそうじゃない。
「それじゃあ、私と坊やは先に洞窟に行っているわ。合図の方は、分かっているわね?」
「これが光ったらだっけ? 大丈夫、ほら覚えてた」
そう言って、棚見は首にかかったペンダントを手に持って見せた。
今回の作戦において合図を出す上で、ルシオロが棚見に授けたものだ。
一見するとただのペンダントに見えるが、ルシオロが遠くから特定の魔力の波長を発すると、それ感知して光る仕掛けらしい。
俺とルシオロは先に岩山の穴の中へ隠れて、決戦の準備をする必要がある。それが終わり次第、第一の作戦を開始する事になる。
これはその作戦開始を、ドラゴンの傍で待機する棚見へと告げる為のものだ。
「くれぐれも大きな音は立てないこと。こちらが移動中、または準備中に目が覚めたら迷わず洞窟へ走りなさい。場所はそのペンダントが教えてくれるから」
「ほいほ~い。ま、オレに任せちゃってよ。そういうんで負けた事は無いからさ」
「……どういうんだよ?」
相も変わらず訳の分からない事を言うが、この場はもうこいつ一人に任せるしかない。
威勢は良いが、こればっかりはどうなるか。
「香月くんも心配性だねえ。大丈夫だってば」
見透かしたかのような事を言って。
「時間よ。それじゃあ行きましょう、坊や。……また後で」
「またね~」
遠ざかる俺たちに向かって、ルシオロの魔力が込もった短剣を持つ手を振る様がチラリと見える。
本当に大丈夫だろうか?
「あとはあなたが覚悟を決める番ね」
「そんなもの……」
「その言葉、一応期待して受け取ってあげる」
俺達の会話をそれきりで、黙々と岩山へと歩いて行った。
◇◇◇
森の最奥へたどり着くと、大きな岩肌が見えた。そして大きく開いた穴も。
そこを潜り抜けるとまず大きな道が続いており、その先に開けた空間が存在した。
だがこの洞窟の巨大さも、あくまでも人間基準。
だからこそ、ドラゴンの巨体を封じるには適した場所とも言える。
当然、俺達にも逃げ場はないが。
「これを四隅に設置するわ。向こうに置いてきて」
ルシオロが懐の袋から取り出したのは、四つの小さい像だ。
蛇を模ったそれを、一体何に使うというのか?
「これは竜種特有の魔力に反応して抑え込んでくれるもの。私の故郷では蛇は竜と相対するものとされていて……まあ形は気にしないで」
確かに今は気にしている場合ではないか。
二つ受け取り、それをルシオロが向かった所とは反対の隅に置く。
準備とはこれでいいのか? 互いに中央に戻った時、俺は訪ねた。
「四隅に置くことで陣を形成するのよ。その中でのみ効果を発揮するけれど……でも気休め程度に考えておきなさい。これから対峙するのは伝承の中に存在したドラゴンだもの。祖先が封印という手段を取るしかなかった程のね」
無いよりはマシ、か……。
相手が伝説上の化け物ならばそう考えてしまうのだろう。期待のし過ぎで絶望したくないからこその気休め。
だが今はその気休めに頼る時だ。
「そして最後にこれ」
再び袋から取り出したのは小さな瓶だった。
その蓋を開けると、中に入っていたピンク色の液体を喉へと流し込んでいった。
「相変わらずの酷い味だこと」
一瞬嫌な顔を見せるルシオロ。
「それは?」
「一時的に魔法の力を高めるもの、とでも言えば分かりやすいでしょう。味は酷いし、切れた後は一日程体調を崩すから普段はあまり使わないけれど」
「これも気休めなのか?」
「ええ、無いよりマシだもの。でも奴が来たらあなたを守ってあげる程の余裕は無いから、分かってるわね?」
「ああ。俺も、自分にやれる事をする」
指輪の中の武器を確認する。これらはいざという時に棚見に渡そう。
ボロボロになった武器は俺がまた使える状態にして、その繰り返しの果てに相手を疲れさせれば……。
巻き込まれないような立ち位置を考えて行動しないと。
「さて、そろそろ――合図を出すわ」
「ああ、頼む……!」
ルシオロが手のひらに力を込める。一瞬光ったのはペンダントに魔力が届いた証だろう。
初手で決められれば御の字だが……。
途端、大きな振動が起きた。
この洞窟まで届くような揺らぎを、肌が痛い程に伝わってくる。
第一の作戦は――恐らく失敗だ。
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