第6話 特技が役に立つ

「では、お布団を敷きましたのでごゆっくりお寛ぎ下さい」


 元が一人部屋だったので、床に布団を敷くとかなりスペースに余裕がなくなった。

 とは言っても荷物なんてものもないから、あんまり影響もない。

 そうだ荷物、結局学校に置いてきたままになってるな。


 こっちで役立つものなんて入ってないから別にいいけど、鞄にしろ愛着はあったから寂しい気持ちはある。


「あ、お姉さん。オレ達ご飯食べたいんだけど~、安く食べられるところ知らない?」


 飯か……。確かに腹は減ってる。

 日中に心身ともに疲れていたはずの体、宿に来て落ち着きを取り戻した途端にそういったものがドっと押し寄せてきている。


 とはいえ金に余裕は無い、ここの宿代も考えると大した物は食えそうにないな。


「でしたら当宿の一階で食堂を開いております。宿泊された方しかご利用できませんが、お安く提供させて頂いております」


「そなの? じゃあ後で覗いてみるね、今日はありがとう」


「いえ。ではこれにて失礼させていただきます」


 若い店員が部屋を出て行く。


 色々とあったが、後の事は腹の中に物を入れてから考えるべきか。

 食欲を満たせる。そう考えると、他の欲求も出てくるものだ。


(風呂に入りたいな……。宿代に入ってたし、それでリフレッシュしたい)


 疲れた体を湯船に沈めたい。多分、普段より気持ち良くなれる自信がある。

 こういうことを考える程度の余裕は出て来た、先のことはまずそれから考えよう。


「香月くん、どっちに寝る? ベッド? それとも布団?」


「布団でいい」


 俺は床の上に畳んでおいた布団の上に胡坐を掻いて座った。

 ベッドの方が落ち着くのもあるけど、棚見もいるからな。


 この部屋一人で使うには十分な広さだとはいえ、こうして胡坐掻いてるだけでも若干の圧迫感のようなものを感じる。


「……まあそういうならオレがベッド使うけど。でもいいん? こっちの方がフカフカだべ?」


「俺はいい。俺以上に今日動き回ったんだから、そっちが使えばいいだろ」


 それが合理的っていうもんだ。肉体労働という点では俺はこの男程の働きをしていない。

 後から恨まれたくもないし、ここはベッドを譲って疲労を回復してもらおう。


「マジ!? へへ、まさかそこまでオレの事考えてくれてるなんて……やっさしい~!」


 一体何がおかしいのか、奴は目を細め、その特徴的な八重歯を見せながら笑顔を作っていた。

 いちいち喜ぶようなことか? やっぱりこいつはわからないな。


「じゃ、香月くんの優しみを嚙みしめたところで! 飯食いに行こうぜ~」


「っ!? 急に腕引っ張るな! 靴ぐらい履かせろ!!」


「アハハ! いいじゃんいいじゃ~ん!」


「うわっこけ!?」


「あっ」


「……こ、この野郎……!」


「ご、ゴメンて」


 ◇◇◇


 金を握りしめて一階にある食堂の扉を通った俺達。


 ちょうど夕食にはいい時間帯だけあってか、それなりに人が集まっていた。


「いらっしゃい」


 カウンターに立つ、いかにも食堂のおばちゃんといった風体の女性が声をかけてくる。


「どうも~」


 棚見が軽く返事をして、そのままカウンターへと歩いて行ったので俺もそれについていく。

 そうして席に着くと置かれているメニュー表に目をやる俺達。


 思えば何の違和感もなく受け入れていたが、俺達こっちの文字を普通に読んでいるな。あの連中が俺達に魔法でも掛けたのだろうか?

 最初に声が聞こえた時、あの時既に翻訳魔法的なものに掛かっていた可能性がある。


 だったらついでに金も……ってこんな事は考えても仕方ないか。


 やっぱ何から何まで手のひらの上って感じがして、いい気分にはならないな。


「で、何食べる? オレやっぱ肉かな~」


「一番安いスープの大盛りとパン。肉は欲しいけど、今は節約を優先したい」


「あ~やっぱそっか。じゃあオレもそれで」


 棚見が残念そうな声をあげるが、こればかりは仕方がない。

 今回はたまたま売るものがあったからいいが、金策を考えなければならない身の上なのは変わりがない。


 そう思って注文をしようとした時だ、棚見の隣の席から男の声が聞こえてきた。


「なぁ嬢ちゃん」


「……ん? あ、オレの事?」


「話聞くつもりなんてなかったんだけどな、金がねぇってんなら……どうよ、お酌してくれたら奢ってやってもいいぜ?」


 酒に酔って顔を赤らめた男が棚見を女だと勘違いして話しかけてきた。

 お嬢ちゃんって、男の恰好してんのに気づかないもんかね。……好きでそういう服着てるとでも思ってるのかもしれないが。


 こいつも女と間違えられて流石に怒るだろうな。酔っ払いに絡まれてご愁傷様だとは思うが、せめて俺が二人分注文してやるか。


「ん、いいよ」


「え? た、たな」


「まあま、任せときなって! ……じゃ、お兄さん。グラス持ってくれる?」


「おうよ!」


 いいのかよ。

 男の手元にあった酒瓶を持つと、掲げられたグラスにそっと注ぎ始めた。


「お兄さんお疲れ? まあ色々忙しいかもだけどさ、とりあえずこの一杯。これでスゥっと忘れなよ。ほぅら」


 声色さっきと違くないか? 酒を注ぐ手つきも品があるように見える。


「おっとっと。……いやあ、嬉しいこと言ってくれるねぇ。労ってくれる奴ってのもいないもんだが、お嬢ちゃんに出会ってこうして貰えるなら心の垢も流せるってもんよ」


「あらら、そうなの? ならこの縁に乾杯、だね」


「ああ。……ぅう……かぁあ! ふぅ、安酒でも美人に入れて貰えりゃあ美味いもんだねぇ!」


「あは、いい飲みっぷり。……もう一杯ど?」


「お、いいのかい? ……よし、約束通り奢ってやる! おばちゃん、高い肉料理大盛りで食わせてやって!」


「ふふ、ありがとお兄さん。じゃあもう一度グラスお願い」


 随分とご機嫌になった男は声を上げて注文。

 ……こんなに上手くいくもんか? でも上手くいってるんだから現実は受け止めるべきか。


 しかしやたら酒飲みの扱いに慣れてるな。もしかしたら今時の陽キャってのはこれがデフォルトなのかも。……それともこいつだけ?


「香月くんもこういうの覚えとく? また良い思い出来るかもよ~」


「俺の顔と喋りじゃ一生無理だと思う」


「え~? オレ、いいと思うけどなぁ」


 こいつの感性も良くわからんな。

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