第4話 初勝利

「おらぁああ!!!」


 化け猪に向かって両手を突き出す棚見。


 それに合わせるかのように、弾丸を彷彿とさせる突進を繰り出す化け猪。

 両者がぶつかった時、辺りに衝撃が風となって吹き荒れた。


「うぉっ!?」


 思わず尻もちをついてしまう俺。

 今の衝撃は何だ!? まるで交通事故でも起きたかのような……。


 そんな俺の驚きなどお構いなしに棚見と化け猪の攻防が続く。


「がぁあああ!!」


 化け猪の牙を両手で握り込んで足を踏ん張る棚見。


「ぐ、ぬぅ……っ!!」


 その牙を必死に押し返そうとするが、徐々に後退していく棚見。

 体格の差は歴然だ。このままでは力負けしてそのままあの牙に貫かれてしまうだろう。


「お、おい!」


 思わずそう声をかけてしまった俺だったが、それがまずかったのか化け猪の標的がこちらへと移ってしまったようだ。

 ギョロリとした目で俺を見据えると、ゆっくりとこちらに視線を向き始めた。のだが……。


「おいおいデートの途中で他の男を見るのはマナー違反だぜ? しっかりオレの相手してくれよっなぁあ!」


 棚見が化け猪の牙を両手で掴んだまま、その下顎に膝蹴りを叩き込んでいた。


「おぉっとぉ! まだまだデートはこれからだぜレディー!」


 怯んだ化け猪から距離を取ると、今度は両手を地面につけた状態での突進を繰り出す棚見。

 それをモロに食らった化け猪は堪らず後ろに下がる。

 だがすぐに起き上がり、怒りの形相で再び棚見へと突進していく。


(だがまずい! 時間稼ぎなんて言ったのは勝てないとわかっていたからだ、このまま棚見の奴――)


 ――死んでしまう!


(だがどうする? 打つ手なんて無いんだ、お互い何の能力を持ってるかなんて知らされてない以上打開策なんて思いつかないっ!)


 だったら逃げるか。あいつもその為に時間を作ってくれてるはずだ。


「ぁあ!? や、るじゃねぇかよ……へへ」


 化け猪の直撃を何とか紙一重で避けるも、無事では済まなかったようだ。

 それでも強がりの台詞を吐いていた。


(なんでそこまでする? 今日会ったばかりの俺を放っておけば、お前なら逃げられたはずだろ!)


 訳が分からなかった。


 友達でも無ければクラスメイトですら無い。

 同じ学年の赤の他人なんて、路端の石ころみたいなもんだろ。


 それが何で、どうして命を張ってまで俺を助けようとする?


 そんな疑問を他所に、棚見はまた化け猪の突進を避けた。

 だが限界が近いのか動きが鈍っているようにも見える。


(おい! もういいだろ!!)


「まだまだ楽しもうぜ。……なんだ、香月くんまだ居たんだ。デートの邪魔は野暮だろ? 見ない振りして立ち去るのがマナーだぜ。よーく覚えとくとどっかで役に立つかもよ?」


 チラリとこちらを見ながら軽口を叩く棚見。


 ……あいつの言う通り、逃げるのが賢い選択だろう。俺に何が出来る訳でも無い。


「っ!? いっつぅ……。へへ、いややっぱまだまだだぜ!」


 傷ついていきながらも、それでも顔に笑みを浮かべたまま。むしろより歯をむき出しにするその姿が強がり以外には見えない。


(やっぱりここは逃げるべきだ。あいつもそれを望んでるんだし……)


 あの男が俺の事をどう思っているのかは知らないが、俺にとっては赤の他人でしかないんだ。

 だったら賢い選択をするべきだ。



『どうして同じ学校に進んでくれなかったの? もしかして、私の事――』



 逃げる、べき……。


 視線を下げた俺の目に映ったのは、手に握られたボロボロの剣だった。


 これをあいつに渡せば……。


(いやだめだ。こんなボロボロじゃ使い物にならない、さっきの熊だって――いや!?)


 そうだ、さっきの熊を倒したのは偶然じゃない。

 思えば剣を投げた速度は異常に速かった。


 今だってそうだ、ただの男子高校生が化け物とやり合ってる。これは異常だ。


(そうか! これがあいつの目覚めた能力か!!)


 詳細は分からないが、単純な肉体のスペックを上げる。シンプルだが頼りになる。

 本当にそうなのかは知らないが、それに近いものではあるはず。


(だが、もしそうだとしても化け猪に圧されているのはまだ目覚めたばかりだから。せめてまともな武器があれば……)


 見た感じあの化け猪は化け熊より強い。

 それを本能で察知していたからこそ、棚見は時間稼ぎと口にしたんだ。

 こんな剣じゃ相手にならないって。


 せめて武器……まともな武器がありさえすれば――。



 そう思った瞬間だった、俺の手に握れているボロボロの剣が淡い光を放ち始めたのは。



(な、なんだいきなり!? ……いや、これは!)


 さっきまでボロボロだったはずの剣、それが光が収まると、まるで新品かのような刃こぼれの無い鈍い輝きを放っていた。


 これが、俺の……? いや、そんなことを考えてる時間はないッ!


「使えぇええッ!!」


「ッ!?」


 ありったけの声で叫んだ俺は、手に持っていた剣を力一杯に見を振り回して投げた。

 俺の力だから大した飛距離は出なかったが……。


「っ! サンキュー香月くん!」


 棚見は化け猪の牙を両手で掴むと、その頭に蹴りを入れる。


 ――ブォオオオオオ!!?


 ひるむイノシシを余所に、反動で後方へ下がる。

 そのまま背後に落ちた剣を両手でガッチリと握りしめると、腰を落としたまま足に力を入れ――勢いよく飛びかかった。


「おらぁあああああッ!!」


 気合の入った雄叫びと共に横薙ぎの一閃。

 化け猪の牙ごと脳天から股間までを綺麗に切り裂いた。まさしく真っ二つに。


 血をまき散らしながら二つに切り裂かれた肉体は、想像以上に静かに大地へと倒れていった。


「大丈夫かな?」


 剣先でツンツンと化け猪の体を突くも、やはりその見た目通り何の反応も見せない。


「やった……、やったぜ~い! イエイイエイ!! オレ達のカッコイイデビュー戦がカッコよくコンプリートじゃん! ほら香月くんイエーイ!」


 剣を放り投げて両手にピースの形を作りながらこっちに突きつけてくる。

 制服に化け物の血が、べっとりとは言わないものの付着してるのに、それでいてやたら笑顔が眩しいのが不思議と爽やかに見えた。


(そんなに嬉しいことか? ……いや、そんなに嬉しいことなんだろうな)


 ごくわずかな付き合いであるが、打算の見える性格とは思えない。やはり単純に感情を表に出すタイプなのかもしれない。


 もしそうでなかったら俺が間抜けなだけだ。


(そうだな、しばらくはこのままでいいかもしれない。どのみちあんな化け物がいる世の中だってわかったんだ、戦力として必要なのかも)


 少なくとも、俺の能力を完全に把握するまでは……。


 先の事を考えていた時、不意に体に衝撃が走った。


「うお!?」


「へへ。やっぱさ、オレたちってマジイケてるコンビになりそうじゃない? コンビ芸だよ! コンビ芸……ってそれはなんか違うかな?」


 何でこいつは急に抱き着いてきて頭の痛くなる事をほざいてるんだ?

 ていうか暑苦しい!


「ちょ、ちょっとはな」


「離れろなんて寂しいじゃ~ん。今くらい一緒に喜ぶべ? ハッピーだよハッピー!」


「は、ハッピー?」


「そうそ、ハッピーだって! キャハハ!」


 目を細めながら喜びを表すのは結構。で、それで抱きつくのは意味不明!

 離れろ鬱陶しい!!


「離れろってんだ!!!」


「つれないにゃあ。……でもさ、香月くん? やっと普通に話してくれるようになったじゃん」


「………………ッ!?」


「しししっ。さっきはカッコよかったぜ? あんがと!」

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