第11話開戦前夜

かつての水星駐留軍司令官の、現在の水星革命軍総司令官の執務室には、アンドレイとボリスの二人が残された。さきほどまで各艦群司令をあつめて作戦会議が行われていた。水星革命軍には一個艦隊四個艦群が存在し、それぞれの司令官はボリスを含めた地球人二人と水星人二人であった。実戦部隊から地球人を除外するというのはボリスの強い希望である。ただでさえ不利な状況の中、味方の叛逆は避けたかった。兵卒の補充は、ヴィクトルの命で訓練していた二千人の鉱山労働者でことたりる。また地球人の艦群司令は更迭せずに第五艦群を創設して、そこに第一艦群の部隊を移すというかたちをとった。それらの事務的な確認の後、迎撃場所や作戦行動について具体的な話し合いをおこない解散した。特に大過なく終わり、ボリスもアンドレイも一息ついているところだった。

ボリスは、彼の秘蔵の七十年もののウィスキーをアンドレイとともに飲むためにこっそりもちこんでいた。

「いいですか、大佐、こんないい酒を分けてくだって。大佐の給料何か月分ですか」

「なに、これで最後かもしれないからな。それにいままでお前におごった分を考えれば、安いものさ」

 洒落にならない冗談だが、ボリスはにやりとする。そしてグラスをあおった。のどにやけるような感覚が残る。

「討伐軍を迎撃するのは、水星第十三宙域ですか。太陽にかなり近い場所ですね」

「敵の補給線を最大限引き延ばすのさ。それくらいしか嫌がらせのしようがないからな」

 そういうとボリスはくっくと愉快そうに笑った。アンドレイもつられて笑う。他者から見れば、圧倒的な兵力差の前に空元気を出しているだけにみえるだろう。しかしボリスは地球人と戦うのは気が重いものの、怖気づいてはいなかった。

「しかし、虚報をながすという私の策は失敗したみたいですね」

「ああ、良い策だったのだが、地球側にも切れ者はいる。イラリオン・ブロークとかな」

「お知合いですか」

 アンドレイの好奇心が鎌首をもたげた。

「ああ、士官大学校の同期だ。今は第三艦隊で参謀長だ。頭脳明晰でつねに首席だった。しかし……」

「しかし?」

「どうにも人ともめるやつでな。能力が高すぎて、周りの人間が愚かにみえるのだろう。いっていることは正しいのだが、言い方が容赦なさすぎて挑発していると誤解を受けるのだ」

ボリスは学友というには疎遠すぎる同期の顔を思い出す。いかなる科目でもペーパーテストで結果が決まるものにおいて彼は他人に引けを取らなかった。ただ学校の勉強に特化しているのではなく、現実の問題を洞察する能力を学校の勉強にも生かすことができるタイプであった。

「我らが参謀どのと一緒だな。彼も多くの人間から誤解を受けている」

「アヴェーン少佐のことですか?あの人は見たまんま冷血漢だとおもうのですが」

 アンドレイは首をひねる。

「彼にも愛情や熱意はある。ただ幼少期の経験からか生まれついてか、発露するのが苦手なだけだ」

 アンドレイは納得しかねているようだった。ボリスもなんらかの証拠があるわけではないが確信していた。

「まあ、俺がそうあってほしいと願っているだけかもしれないが」

 そう独語に近いつぶやきをこぼすと、グラスを机に置いた。出撃は明日に迫っている。酒量を間違えては任務に差しさわりがあるだろう。ボリスは叛逆者などという肩書をぶら下げておきながら真面目な自分に苦笑する。執務室の大きな窓の外をみると水星ではめったに見られない夕暮れ時である。八十八日間の過重労働を終えて、太陽が沈もうとしていた。そして気の早い星々がうっすらと空に投影されはじめている。長い夜の訪れはすぐそこであった。

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