第22話 恋心と金髪少女
ヨゼフに正体を明かそうとするリリムの姿は不安そうであり、それを隠すように強がっているようにも見える。それが彼女の覚悟であり、想いでもある。
好きな人に隠し事をしたくない。それが本物だと信じて、受け入れてもらうために覚悟を決めている。
見ていて眩しくなる。俺は前世も含めて十数年……、いや、もう少し長い間、そんな気持ちを抱いたことがない。と、いうよりも……。
「どうかしましたか?」
シャルが俺の部屋に入ってくると尋ねてきた。
人が増えたため宿の店主に相談して三部屋を借りることにした。部屋の割り振りでアリアとリリム、シャルとカイリ、俺一人という風になった。
「なんだよ。部屋のノックもなしに入ってきて」
部屋割りからシャルが俺のいる部屋にやってくるのには理由があるはず。だから、面倒事を持ってきていそうなシャルに俺は目を細めた。
「いえ、明日のヨゼフさんへ報告する内容を確認しようと思いまして」
「……必要なのか?」
「あなた、面倒くさがっていませんか?」
「当たり前だろ。確認しても、しなくても、なるようにしかならない。原因は教会下にある謎の施設だった。リリムは関係ない。でも、リリムは魔族でスライム娘。要点はこのぐらいだろ?」
俺はベッドに腰掛けていたが、そのまま後ろに倒れて仰向けになる。
「ええ、それを確認したかったのです。リリムさんがスライム娘と伝えて、ヨゼフさんに彼女が困っていることがあれば助力してもらえるようにお願いするつもりです」
「いいと思うぜ。あの神父は断んないだろ」
天井は部屋の机に置いた魔石灯で橙色に明るくなっている。木の木目もわかるほどには明るい。
「ええ。そうだと思います。ただ……」
言葉を濁したシャルが気になって俺は身体を起こした。彼女はいつものローブを着て、フードは被っていない。表情は明かりのせいで橙色に染まり、影があるように見える。
シャルは色白だ。だから、魔石灯の色に肌が染まったのだろう。紺碧の瞳は明かりを反射して鈍くなっている。
「恋心とはなんだと思いますか?」
「……はい?」
暗い表情なので深刻な話だと思っていたが、想像していたよりも思春期らしい話で驚いた。
「私は昔にハーピィに恋をした人間を殺してしまったことがあります」
思春期のふわふわな話だと思ったら、きちんと重めの話だった。
ハーピィ。半人半鳥の魔族であり、主に女性の頭を持ったモンスターだ。
なので、シャルの話だとハーピィに恋した人間の男性を殺してしまったということなのだろう。
「私はハーピィが人を
つまり、剣でハーピィを殺そうとしたが、男が盾となり、ハーピィは殺せなかった。しかし、ハーピィは男と心中するために自らも剣に刺さり、男を抱きしめた。
異種族間のラブロマンスである。映画化したら売れるかもしれないが、これはシャルが犯した罪のようなものでもある。茶化す気になれない。
「……リリムさんがヨゼフさんに恋をしている話は聞きました。魔族が人間に恋することはあり得ないと昔なら思っていたでしょう」
「今ならわかるってことか?」
「……わかりません。私は恋というもの縁がありませんでしたから。だから、自分の命を落としてまで相手を思うとはどういうことなのか、聞きにきました」
「……」
正直な話、俺にもわからない。何せ、十数年以上も恋愛していない。恋心なんてわかるわけがない。
下心なら理解できるかもしれないが、あくまで男がふしだらに抱く感情だ。それを恋と混同してしまうのは良くない気がする。
「はっきり言うぞ」
「……はい」
「俺にもわからん」
「……」
シャルは俺を睨むように目を細めた。
「でも、リリムは真っ直ぐだ。好きだと思えば相手を知るために行動を起こせる奴だ。ぶっちゃけ見ていて眩しいくらいに恋していると思う」
リリムは真っ直ぐで素直だ。行動も表情も丸わかりなほどにヨゼフへ好意を寄せている。
「恋と愛の違いってわかるか?」
「……知りませんよ」
シャルは眉間にシワを寄せた。
「俺もわからん」
「なんなのですか」
彼女は大きくため息を吐いた。
「愛なんて親から受け取るもんだし、友愛になれば友人と共に描くもんだ。恋愛なんて好きになって相手と愛を育むもんなんじゃねぇの? 知らんけど」
「……愛に色々な形があるのは理解しました。しかし、あなたの物言いはいい加減ですね」
適当な愛の話をするとシャルにしかめっ面で指摘される。
「いい加減だけど、もっと単純に考えていいんじゃねぇかと思ってさ。リリム見てると思ったのよ」
「何をですか?」
「リリムはヨゼフを知りたい。一緒にいたい。話していたい。そのぐらいの簡単な気持ちで想いを寄せているんだ。だから、それが恋心なんだろ?」
これでシャルが納得するのかわからないが、うまくまとまった気がする。
「でも、リリムさんはヨゼフさんがどう思うのか気になりませんか?」
納得しなかったかー。まあ、シャルも知らない気持ちだと言っていたので知りたいのだろう。
「それを気にして、相手を思いやって、愛になるんだろ。それが恋愛なんだろうな。恋から始まり、愛になる。それが恋愛」
まあ、知らんけど。俺もしばらく恋をした記憶がない。だから、適当に言葉遊びしているだけだ。
「相手を思いやって……。ハーピィとその彼もお互いに思いやって死んだのですかね……」
複雑そうに下を向くシャル。
あれれ〜。トラウマをほじくったかな? ちょいと面倒だ。
俺はため息を吐いた後に立ち上がり、シャルへ近づいた。そして、彼女の頭に手を乗せた。
「石頭だな。頭が重たくて下向いてんのか?」
俺がそう言えばシャルは俺のことを睨みつけてくる。
「私は気にしているのですよ。なのに、あなたは何でそんなにバカにできるのですか?」
「あんたのことを思って、あんたと同じ気持ちになれるわけじゃねぇからな。中途半端に理解者になったふりなんか俺にはできねぇよ」
よくある話だ。「うんうん、そうだよね、わかる」なんて相槌を打って、相手を理解したふりをするが、本当のところなんて理解できてない。俺は人のそういった本質が苦手だ。
そもそも、本人でないと理解できないのだ。それを理解したふりなんて俺にはできない。
「あんたが過去にツラい目にあったかもしれないが、俺はその時のあんたを見ていないし、その時の気持ちも話だけでは理解できない」
相手の過去を知りたいとは思う。でも、理解はできない。それが俺にとっての事実。
「だから、あんたは落ち込んでるよりも、そうやって睨んでる方が機嫌が良さそうに見えるよ。俺は今をあんたと過ごしたい」
正直、過去のシャルがどうだったのか。それよりも今のシャルがどうなのか。その方が俺にとっては重要だ。
「……はぁー。バカらしいですね」
シャルは大きくため息を吐くと俺の手を退けてフードを被った。
意外と良い事を言ったつもりだったのだが反応が薄いようだ。
「では、おやすみなさい」
「んあ? おやすみ」
そう言って淡々とシャルは部屋から出て行ってしまった。
「おかしい。結構イケメンなこと言ったつもりだったのに」
異世界主人公だったならシャルルートのフラグが立ったと思ったのだが、どうやらダメなようだ。
というよりも、あの言葉がシャルにはバカらしく聞こえたのだから、フラグもルートもない。俺はシャルに好かれてはいないのだから。
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