後輩ちゃん振れるほどモテないでしょ?

アメノヒセカイ

1話 その夏。

それは夏。

蝉の鳴き声が耳に響いて痛い。

僕はできるだけ木を避けて教室へ向かおうとするが。


「うわっ」


アスファルトで干からびていたはずのアブラゼミが慌てるように天を目指す。


「先輩、なにを驚いているのですか?」


そこにいたのは顔ひとつ分小柄な後輩。


「急に飛んできて。死んだと思ってたのに」

「それは驚きますね! いることを想定してないのに。私もびっくりしちゃいました」


その少女はペロッと舌を出す。

成菜なりな飛萌ひもえ。僕が所属していたサッカー部のマネージャーで、試合で活躍の場がない僕とは何かと話す機会が多かった。


試合にでない部員は選手というよりマネージャー補佐なのだ。


「久しぶりだね。今日も部活?」

「もちろんです。先輩は勉強ですか。補習の時間にしては早いですよね?」

「朝早く来て一人の教室でのんびり本なんか読んで。だんだんいつものメンバーがやって来て騒がしくなっていくのが好きで」

「ほうほう。先輩、人間好きですよね」

「哲学的だ。そうそう、飛萌さんも朝早いよね。こんなに早く準備してるんだ」


飛萌さんはくるりと回って背を向ける。


「たくさん準備をしたので。もっと早く来た方が正解でしたね」

「部活、やる気すごいんだね」

「私が今日早いのは先輩のせいです。先輩がいなくなっちゃったから忙しいんですよ」


僕はマネージャーの手伝いをよくしていた。下心がないといえば嘘になるが、それでもみんなを支えたかった。

今はこんなにも忙しいのか。そっか。



「先輩、また」


飛萌さんは元気に駆けていった。

あの笑顔を見ると頑張りたいって思える。


それから下駄箱へ。


……。

え、あ、これか?

緖芝おしば泉翔いづと、間違いなく僕の名前だが。


これは? いや、これは? は?

手紙?


手に取るとそこにはピンク色のシールが貼ってあった。

差出人は不明。


「この字、綺麗だな」


ボールペンで力強く丁寧に書かれた文章。

人生初めての、ラブレター?

間違いない、もしかしたらからかわれているかもだが。

それでも嬉しくなってしまうのは仕方がないことだ。


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