111 ループ、してない……?


 ……うう、ん。あ、れ。

 私、どうなったんだっけ。


 えーっと。あっ! そうだ! 魔王にやられたよね、私!?


 と、いうことは……ループ、しちゃったんだ、私。


 目を覚ましたら、見えてくるのはヴィヴァンハウスの天井で、硬いベッドにうんざりして、シスターのうるさい声でいやいや起き上がるんだ。

 でもなんか……ちょっと懐かしい気もする。うんざりするほど繰り返したっていうのにね。変なの。


 ……ダメだ。落ち込んだらダメ。前を向かないと。


 特に次の人生は、一刻の猶予も許されないんだから。ループをしたことで魔王復活の時間を稼いでしまったわけだし、今すぐにでも討伐に向かわなきゃってくらいだ。


 増えすぎの魔力をどうにかするためにドゥニに会いに行かなきゃいけないし、そのためにはまずベル先生との繋がりを作らなきゃ。

 だけど次は真っ先にノアールに会いにいかなきゃなんだっけ。


 考えることはたくさんある。止まってなんかいられ……。


「あ、れ? うっ、止まれ。止まれぇ……」


 ボタボタと涙が溢れてくる。全てが終わるまでもう泣かないって決めたのに。


 でも、だって。

 あんなにがんばったのに。四天王も全員倒してこれからって時に……! それをまた一からやり直しなんだもん。


 またみんな私を忘れてしまっているし、そんな中で今度は本当の一人ぼっちでノアールに会いに行かなきゃならない。

 今回は魔王復活まで時間がないから、十歳になる前には戦いに行かなきゃならなくなる。


 今度こそ完全復活してしまうというのに、私は、私たちは万全じゃないまま最終決戦に臨まなきゃいけなくなるんだ。


 そんな短い期間で、前みたいな絆をみんなと築けるわけがない。

 今回のような、万全な体制なんて絶対に作れない……!


 世界が、魔王にやられちゃう。


「うぅっ、グズッ、うぇ……」


 ……今だけ。今だけ泣かせてほしい。こんなの、泣かなきゃやってられないよ。

 ああもう、涙も鼻水も止まらないし、目がどんどん腫れて……ん? ちょっと待って。


 私、なんで泣けてるの?


 というかここは夢の中? まだヴィヴァンハウスで目覚める前、なのかな。


 それにしてはなにかがおかしい。

 不思議に思って視線を落とすと、見慣れた私の手が目に入る。子どもの手じゃない。


 ぺたぺたと顔や髪を触ったり、服装の確認をしたり……。

 うん。魔王戦の時のままの姿だ。聖剣だってちゃんと背負ってる。


 じゃあやっぱり夢? ほっぺをつねってみる。


「痛い」


 夢じゃ、ない。

 だとするとますます不可解なんだけど?


「そういえば私、体に魔王の腕が貫通してなかった?」


 慌てて自分の体を見下ろしてみるも、怪我なんてないし魔王戦の時の格好のままだ。お腹に穴が空いてなくてよかった。


 私、ループしていないってこと? でもほっぺを抓った痛みはあるから現実で……でも怪我はなくなっている。

 周囲は真っ白な何もない世界。何が起きてるの? 


「ここ、どこ……?」


 もしかしたら強制転移でもさせられたのかな。それなら理解できるけど、こんなにも何もない空間なんてこの世界にあるの? 怪我がないという説明もできない。


 謎すぎる。やめてよ、ちょっと希望を抱いちゃうじゃん。


 ループしてないんじゃないか、って。……そんなわけない。あんな痛みと苦しみ、嘘だったなんてあるはずない。


 私は絶対にあの時に死んだはず。まさか、ループせずにそのまま死んだ? 死んだ後の経験はないからわからないけど……。


 ふと、気を失う前に見た、凄惨な光景が脳裏に過る。

 ノアールが現れて、四天王たちが無残な姿となって、そして……血まみれのサイードがいて。


 あれはきっと、暗黒騎士がやったんだよね。


 サイードは、どんな思いだったのだろう。崇拝するノアールの手にかけられたのだから、光栄だとでも思ったのかな。それとも……信じていたのに裏切られたと絶望したのかな。


 ……考えたって仕方ない。同情だってしてやらない。

 それより考えなきゃいけないことは山ほどあるんだから。


 思い出せ、思い出せぇ。最後の記憶、最後の記憶ぅ。


「……あ、ローズ」


 そうだ、最後によくわからない謎の声が脳内で響いて、その声が呼んでいたんだ。


 私も聞いたことのない名前を。


「誰なの、ローズ」

「私よ」

「っ!?」


 ただの独り言に返事が急に聞こえてきて、心臓が飛び出んばかりに驚く。

 慌ててあたりを見回すも、変わらず世界は真っ白のままで、そこには私しかいない。


 幻聴? にしてはあまりにもはっきり聞こえてきたけど。


「誰かいるの? その……ローズ、さん?」

「待って、姿を見せるから」


 やっぱり幻聴じゃない! っていうか、姿を見せるって言った?

 辺りをキョロキョロ見回していると、少し離れた位置で淡いピンク色の風のようなものが渦を巻いているのが見えた。

 数秒後、収まった風の中からさっきの風と同じ淡いピンク色に輝く長い髪を揺らした女性が現れた。


 なんだろう、人間離れした雰囲気を感じる。

 えっ、神様的な何かだったりする? 本気で私、死んじゃった?


「驚かせてごめんなさい。私がローズよ」

「ローズ、さん。様? えっと、あの。貴女は……?」


 状況が理解出来なさすぎて言葉が変になる。敬語を使うべき? せめて淑女の態度を見せるべきかな!?

 一人で混乱していると、ローズさんはクスクスと笑った。


「楽に話してくれていいのよ? それに、呼び捨てでいいわ。私は人から敬われるような存在じゃないもの」

「で、でも」

「ね、お願い。友達みたいに気軽に接してくれると嬉しいわ」

「そう、ですか? じゃあ、えっと。ローズ……」

「ええ! ありがとう!」


 私が名前を呼び捨てにして呼ぶと、ローズは嬉しそうに微笑んだ。

 さっきまではなんとなく神聖さを感じでいたけど、ちょっと可愛いって思っちゃう。


「まず、気になっていると思うから自己紹介を簡単にするわね。私は……簡単に言うと亡霊?」

「亡霊!?」

「怖くないわよ? それにここは別に死後の世界ってわけでもない。現実の……えーっと、現実とは少しだけ別次元の、空間の狭間? みたいな?」

「意味わかんないよ!」


 り、理解が追い付かない。


「ああ、だめね。順を追って説明しないと。時間はまだあるから、とりあえず座ってもらえる?」


 時間はまだある? ああ、もうなんにもわかんない。

 ローズの言うように、順番に説明してもらわないとだめそうだ。


 そうなれば開き直って聞きに徹するしかないね。

 何もなかったはずの空間に突然テーブルと椅子、それからティーセットが現れたけどぜーんぶ今は気にしないことにしよう。


「お茶、もらっていい?」

「もちろんよっ! お菓子も好きなだけ食べてね。といっても想像で生み出しているだけだからただの再現でしかないのだけれど」


 ローズはなぜかご機嫌な様子で指をぱちんと鳴らすと、テーブルの上にお菓子も急に現れた。


 あー、幻みたいな? 実際は食べてるわけじゃないって感じね? なんとなく把握。


 けど美味しそうだし、気持ちを落ち着かせるためにもありがたくいただきます。


 さぁ、ゆっくり話を聞かせてもらおうじゃないの。

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