108 リビオ・エルファレスの決意


 魔王は、思っていた以上に恐ろしい存在だと思う。

 でも今の俺はそんな恐怖よりも怒りでいっぱいだった。


 だって! あいつ! ルージュを殺そうとした!!

 絶対に許さない。魔王だからもともと倒すつもりではあったけど、より明確に倒したい理由ができたぞ。


 あの時。

 ルージュがすごい勢いで落ちてくるのを見た時、心臓が止まるかと思った。


「リビオ! 受け止めろ! こっちはなんとかするっ」


 父さんが叫んでくれたおかげで、やっと俺の体は動いた。


 魔道具のブーツのおかげで、ルージュが地面に激突する前に受け止められて本当によかったけど。

 その間、魔王がルージュに向かって攻撃を繰り出し続けるのを見てまた背筋が凍った。


 魔王のことを父さんが止めてくれていなかったらどうなっていたか……! いや、もしものことは考えるな。

 俺はルージュを助けることに集中できて、ちゃんと間に合ったんだからそれでいい!


「ルージュ! ルージュ、大丈夫か!?」


 気を失っているルージュを見て嫌な予感がしたけど、顔色も悪くないしケガもないのを確認してようやく冷静になれ

た。

 よかった、気を失っただけで。怖い思いさせたのも許せないけど!


 それにしても魔王はどうしてルージュを狙うんだよ。まだ成人前の女の子を狙うなんてすっげぇクズじゃん!


 ちらっとルージュが背負っている剣を見る。

 落下してくる時、何か背負ってるなとは思っていたけど……ルージュにはとても扱えないだろう剣だ。だってこれ、成人男性が持つようなサイズだもん。


 それでもこれを持ってるってことは……たぶん、暗黒騎士を倒すために必要な剣、なんだろうな。


 怒りがこみ上げてくる。どうしてルージュばっかり……!

 どうしてルージュがこんな、辛いもん抱えなきゃなんないんだよ。


 でも、ループを終わらせるために必要なことなんだよな。わかってる、けど……!


 自分になにもできないのがほんっとにむかつく。……いや、さっさと終わらせるためにも、俺は絶対に魔王を倒す。

 それで、全部終わったらルージュにもう一度プロポーズするんだ。改めて家族になって、一生側にいるよって言ってあげなきゃ。


 だから、余計にすべての元凶となった魔王が許せない。

 たとえなんか理由があったとしても……許さない。


 ほどなくして、仲間たちが参戦してきた。

 一緒にやってきた者たちの大半が魔王の威圧にビビッて動けずにいるけど、強いやつらはすでに連携しながら魔王を取り囲んでいる。


「リビオ! 助かったよ」

「父さん! どうしてこんなことに……なんでルージュが狙われるんだよ」

「……おそらくだが、魔王は完全復活のための時間を稼ごうとしたんじゃないかと思う。そのためにルージュを殺し、ループさせようとしたんだろう」

「なっ」


 それ以上の声が出てこなかった。怒りで目の前が真っ赤になる。

 ループならルージュは死なない。けどそういうことじゃないだろ……!?


 そんなことのためにルージュはこれまで、ずっと一人でループさせられてたんだって改めて実感してしまった。


 落ち着け。でも、ルージュの長い長いループ人生の中で今回やっと家族ができて、幸せそうに笑って、心強い仲間を集めることができたんだよな?

 宿敵の手も借りてるけど、ようやくここまでたどり着いたんだ。


 二度とルージュをループなんかさせない。辛い思いも、死なせたりなんかもしないっ!!


「父さん。俺、行ってくる」

「……ああ。リビオは随分と男前になったなぁ」


 ルージュを父さんに任せて立ち上がる。父さんが感慨深そうに俺を見てくるから、少しだけ冷静さを取り戻せた気がするよ。ありがとう。


 闘気を纏い、足に集中させる。

 一気に踏み込んで、魔王の下に跳んだ。


 威圧? 魔圧だったか?

 そんなものはなんにも怖くない。


「魔王ギオラビオル! お前は俺たちが倒す!!」


 使い慣れた剣を握りしめる。

 移動の勢いを利用して渾身の力を込めた。


 けど、魔王は俺の一撃を片手で難なく受け止めてしまった。くっそ、余裕かよ!


 でもなぜか俺は笑ってた。ゾクゾクする。なんだろう、この感覚。

 まるで、ギルド長と初めて模擬戦をして超えられない壁を前にした時のような高揚感だ。


 それでも俺は諦めずに鍛錬を続けて、去年やっと互角に戦えるまでになった。

 ギルド長は自分が年だからなんて言ってたけど、あれは負け惜しみだ。絶対。


 たぶん俺は、超えるのが難しい壁や強敵であればあるほど燃えるタイプなんだ。


 でもそれを魔王にまで感じるなんて。


 不謹慎だよな? ワクワクするだなんてさ。

 でもそう思ってしまう。


 なんでだろう。同じ壁でも暗黒騎士には感じなかったのに。


 ——オーリーなんて知らないぞ?


 っ!? な、なんだ、今のは。


 ——……オーリーって名前じゃないからな。

 ——ごめん、ごめん。オーリーは私がつけた彼の愛称だったわ。

 ——なんだよ、聞いたことがないと思った!

 ——それで、君の本当の名前はなんていうの?


 覚えのない記憶のようなものが頭の中に流れてくる。


 なんだよ、これ……幻覚魔法か? でも周囲を見る限り、俺と同じように何かを見て良そうな奴はいない。


 ——俺の名前は……。


 ええい、やめろっ! 意味わかんないことを思い出そうとするな!


 ……思い出す? いや違うだろ。こんなの、記憶になんかないぞ。絶対に。

 さっきからなんか変だ。俺、どうかしてしちゃったのかな。


 けど、なんだろう。余計に魔王を倒したいって気持ちが強くなった気がする。

 これ以上ないってほど倒したいと思っていたはずなのに、さらに上があったみたいな変な感覚。


 ——倒せ。あいつを倒してくれ。私が力を貸す。


 誰だ……?

 いや、よくわかんないけど、これはいいことだ。たぶん。俺の勘がそう言ってる。


「覚悟しろよ、魔王! 今の俺はものすごく調子がいいんだからなっ!!」


 力が湧き上がってくるのを感じる。何かを味方につけたような、万能感があった。

 実際、これまでよりもずっと五感が研ぎ澄まされて、速さも力も反応速度も格段に上がった。なんだこれぇ!?


 あとでドッと疲労が押し寄せてきたりして。だってこんな無茶な体の使い方してたら、絶対にまずい。


 でも……まぁいっか。魔王を倒せるのなら、なんでも。

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