80 やっぱり平和っていいよ 


 ふと気づくと、私は森の中に立っていた。どうやら転移が成功したらしい。


「いや、どこよ」


 転移先がどこなのかも聞いておけばよかった。あの意地悪フクロウ仮面が正直に教えてくれるかどうかはわからないけどさ。


 でもまぁ、あの場所から出られたのなら自力でどうにでもなる。まずは今の場所を調べないとね。

 そう思って浮遊魔法を使おうと思った時だ。


「ルー、ジュ……?」


 少し離れた場所で聞き覚えのある声が聞こえて振り向く。


 ……ああ。久しぶりだなぁ。


 色素の薄い茶髪に、右目の下にある特徴的な二つ並んだ泣きボクロ。

キラキラと輝く、明るい水色の瞳が今は零れ落ちそうなほど見開かれていた。


 両親譲りの整った顔がくしゃりと歪んだかと思うと、全速力でこちらに向かって走ってくる。

 私は両手を広げて言ってやった。


「っ、ただいま! リビオ!」


 言い終わるや否や、リビオは私を抱きしめた。

 強い力でぎゅうぎゅうと。


 そうなるのがわかっていたから瞬時に自分の体に物理防御の魔法を薄くかけておいたよ。そうじゃなきゃ今、私はリビオによって潰されていただろう。英断。


 それに……振りほどきたくなかったし。


「……ジュ、ルージュ」

「うん。私だよ、リビオ。約束、守ったよ」

「っ、うん……うんっ!」


 もー、グスグス泣いて、いつまでたっても子どもなんだから。


「もう、もう絶対に離さないからなっ」


 泣きながらそんなことを言われてしまい、私は困ったように笑う。

 これは魔道具で口止めされていなくてもいつかは戻るってこと、なかなか言えないなぁ。


 罪悪感がやばいけど、私はぎゅっと抱き締め返してリビオの背中を撫でた。


「心配かけてごめんね。本当に、ごめ……っ」


 あれ。なんだろう、リビオにつられちゃったかな。

 じんと目と鼻の奥が痛んで、涙が滲んでしまう。


「ルージュぅぅぅぅ」


 そんな私に気づいたのか、リビオはさらに私を強く抱きしめてきた。

 魔法がなければ内臓が口から飛び出ていたかもしれない。


 そんな馬鹿なことを考えてクスッと笑ってしまったけれど、それからしばらくは二人して泣きながらただ抱きしめ合った。


 だって私も、リビオに会えて嬉しかったから。


 さて、少し落ち着いたところでここがどこなのか、なぜリビオがいたのかなどの状況確認だ。

 リビオは私と手を繋いだまま歩きながら話してくれた。そこまで強く握らなくても、とは思ったけど……リビオにトラウマを植え付けてしまった負い目もある。甘んじて受け止めよう。


「最近、魔物の被害が多くてさ……。今はゴブリンの巣を一掃してきたところで、帰り道だ」

「えっ、一人で!?」

「うん。あっ、返り血とかは綺麗にしてきたけど、匂うかな? 大丈夫?」

「今更だし、そこじゃない」

「うぅ、ごめん。でも離れるのだけはいやだ! 我慢して!」

「いや、匂いはどうでもよくて……」


 ま、なんてことないといった様子だし、怪我もなく無事にこなしてきたのだろう。

 リビオ、どんどん強くなっていくなぁ。うん、頼もしい。


 ちなみに、この森はエルファレス家のある町の隣町付近の森だそう。よかった、思っていたよりずっと近い。


 もしかして転移先は極力屋敷の近く、それでいて目立たない森の中にしてくれたのだろうか。もしくは家族の近くに……?

 そんな気を回す? あのフクロウ仮面が?

 ……どっちにしたって感謝なんてしてやらないけど。


「帰ったらみんな、しばらくルージュを離してくれないよ」

「覚悟してる」


 リビオと二人、クスッと笑いながら歩く帰り道。

 まるで、昨日も一昨日もずっと一緒にいたかのような、不思議な気分だった。


 ◇


 エルファレス家に戻った時は、予想通りすごい騒ぎになってしまった。


 まず門扉を通ったところで庭師さんが気づき、執事さんが気づき、大慌てで知らせに走り。

 ドアを開けて玄関ホールに入ったところでママとオリドが出迎えに来てくれて。

 少し遅れて魔塔にいたベル先生が文字通り駆けこんできて、そこからはみんなで号泣しながらのハグ祭り。

 リビオなんて一通り泣いたっていうのにまた同じように泣いてて、涙を流しながら笑っちゃった。


 ハグ祭りが落ち着いた頃、ママやオリド、一人一人と向き合って話をした。

 二人とも何も聞かず、ただ無事でよかったと、会いたかったと言ってくれたのが余計に胸にぐっときたよ。


 それから、ベル先生とも。


「信じていたけれど、よく帰ってきたね、ルージュ。さすがは僕の娘だ」

「ベル先生……うん。任せてよ。話したいこと、たくさんあるんだ」

「そうだね。でも今日は全部後回しにしないかい? ルージュをこれでもかと甘やかしたい」


 みんなもそうだろう? とベル先生がママやオリドとリビオ、それから使用人の皆さんに声をかけると、みんなが揃って笑顔で頷いた。

 エルファレス家での私の姉、メイドのアニエスがハンカチで涙を拭いながら微笑んでいるのを見て、また泣きそうになっちゃったのは内緒だ。


 だから私は誤魔化すように笑う。


「もうお腹もぺこぺこ! 疲れてへとへとだし、皆さん私をお世話してください!」


 私の冗談に屋敷内は笑いで包まれた。

 えへへ、へ? あれ? 皆さんなんだか張り切りだしたよ? あれ、冗談……。


「よし、ルージュは僕が抱き上げて移動してあげよう」

「ずるい! 俺だってできる!」

「ちょっと待って。リビオはまずお風呂と着替えでしょ。父様、ルージュもきっとさっぱりしたいはずです。お風呂から出たら、僕が抱き上げて食堂まで連れて行くからね」

「あらあら、それならお風呂は私と入りましょうか、ルージュ」


 ひょいっとベル先生に抱き上げられたかと思ったらすぐにリビオが抗議の声を上げ、オリドがしれっとそれを遮り、流れるようにママとお風呂に入ることが決まってしまった。

 その後も家族間で私の取り合いが続いていて、以前だったら呆れているところだけど今の私には嬉しくて仕方がない。


 この幸せな時間も、期限付きではある。

 今後はさらなる困難が待ち受けているし、正直なところこんな風に平和にわいわいやってる場合ではないのかもしれない。


 きっとそれはみんなもわかってる。

 それでも、今くらいは喜びを噛みしめたっていいよね。


 英気を養うのも大事なことなのだから。


────────────────────

これにて一章はおしまいになります。

二章は4月3日(木)からスタート予定ですので、しばらくお待ちください。


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