第2話 八年前のあの日

オスルンド国は精霊と共に栄えてきた国だった。

精霊王がこの地に加護を与えたことでたくさんの精霊が住んでいる。


そして、精霊は気に入った人間に力を貸すことがある。

精霊に力を借りる精霊術が使える者は敬われ、

王族や貴族としてこの地を守るようになった。

そのため、この国の貴族は精霊術が使えることが当たり前となっている。


筆頭公爵家のデュノア公爵家の裏庭には精霊が好む泉がある。

デュノア公爵家は精霊に愛されるものが生まれやすく、

屋敷にはたくさんの精霊が住んでいた。






順番だよって言っているのに横から違う精霊が私の髪の中をくぐりぬけた。

背中まである白金の髪を出たり入ったりして楽しんでいる。

それを咎めるように他の精霊たちがぶつかっていく。


「あぁ、もう。ちゃんと順番だって言ってるのに」


叱ると光が一瞬だけ暗く見える。

落ち込んでいるのかなと思うとおかしくて笑ってしまった。



「アリア、今日も精霊と遊んでいるのか?」


「ええ、みんなが遊んでって言うの」


「楽しいのはわかるけど、少し休憩しよう」


「うん」


いつものように精霊たちと遊んでいたら、リオ兄様がトレイでお茶を運んできてくれた。

休憩用に置いてあるテーブルの上に焼き菓子を並べているのが見える。

お茶の時間になっても私が屋敷に戻らなかったから、

わざわざここまで来てくれたらしい。


「リオ兄様はお勉強終わったの?」


「ああ、終わったから大丈夫。

 今日の分はもうないから、ゆっくりできる」


「良かった!じゃあ、お茶を飲んだら一緒に遊びましょう?」


「いいよ」


リオ兄様はもうすぐ学園という場所に通わなくてはいけない。

そのため、今まで以上に家庭教師がつけられていた。

私にもついているけれど、それよりもずっと難しいことを学んでいる。

公爵家の嫡男だから王族と同じようにできなくてはいけないのだとか。


私は公爵家には住んでいるけれど、本当は伯爵家の長女だ。

ここに来たのは二歳の時だから覚えていない。

一つ下の妹マーガレットが産まれた後でお母様が病んでしまい、

私を育てられなくなったお父様が伯父様に預けたらしい。


今はお母様も回復して何も問題はないはずなのに、

九歳になるまで伯爵家に帰ったことはない。


いずれ伯爵家に帰されるのかもしれないけれど、

伯父様は私に公爵令嬢としての教育を受けさせてくれている。


「ねぇ、学園ってお勉強が厳しいの?」


「厳しいかどうかは人によるんじゃないかな。

 俺は学園で学ぶことは終わっているし、

 精霊術も剣術も公爵家で学ぶ以上のものはないと思う」


「じゃあ、どうして学園に行かなくちゃいけないの?

 リオ兄様には必要ないでしょう。

 絶対に十五歳になったら通わなくてはいけないの?」


「そうだな。まぁ、社交だとか婚約者を探すためだ」


「婚約者!……リオ兄様も?」


思いもしなかったことだけど、リオ兄様はこの公爵家を継ぐ人間だ。

精霊に愛されている白銀の髪に澄んだ泉のような青い目。

優しいリオ兄様はきっと誰からも愛されて……私なんかいらなくなる?


「ど、どうしたんだ!?」


「リオ兄様が結婚したらもう一緒にいられない?」


「ええ?……そうだな、アリア以外と結婚したらもう一緒にはいられないな」


「そんなの嫌だわ。ずっと一緒にいたいのに」


一度泣いてしまったら、後から後から涙が零れ落ちた。

こんなわがままを言っても困らせるだけだってわかっているのに。

また泣き虫だって言われてしまうかもしれない。

だけど、リオ兄様と一緒にいられなくなると思ったら涙が止まらなかった。


「アリア、俺と一緒にいたい?」


「うん、一緒にいたい」


「じゃあ、俺と結婚する?」


「リオ兄様と結婚?」


意味が分からなくて首をかしげたら、リオ兄様は私の近くまで来てひざまずいた。


「アリアとは本当の兄妹じゃない。従兄弟だ。

 いつかアリアは伯爵家に帰ってしまうだろう。

 だけど、俺と結婚したらずっと一緒にいてあげられる」


「リオ兄様と結婚したら一緒にいてもいいの?」


「ああ。だけど、その場合は他の男とは一緒にいられない。

 死ぬまでそばにいるのが俺でいいのか?」


「リオ兄様がいい!」


「じゃあ、リオネル・デュノアはアリアンヌ・バルテルスに約束する。

 俺は永遠にアリアだけを愛する。ここで精霊に誓おう」


リオ兄様が精霊に誓ったから、周りにいた精霊たちが喜んで騒ぎ出す。


「私も精霊に誓うわ。私が愛するのはリオ兄様だけよ」


「ありがとう」


抱きしめてくれるのはいつものことだけど、そのまま額に口づけられる。

二人とも精霊に誓ったからか、一瞬だけ身体を熱が通り過ぎて左手の甲に集まる。

そこには一輪の花が小さく光っていた。


「これは何?」


「あぁ、精霊が誓いを聞いて祝福をくれたんだ。

 俺たちの心が変わらないかぎりこの花は消えない」


「そうなの?綺麗ね」


何が違うのか、私の花は青色で兄様のは紫色だった。

もしかしてお互いの目の色なんだろうか。


「じゃあ、父上たちに報告に行こうか。

 俺が学園に入ったら他家から婚約の申し込みが来ると思う。

 その前にアリアと婚約を調えておきたい」


「うん」


お茶の途中だったけれど、リオ兄様に手を引かれて屋敷へと戻る。

伯父様はこの時間は執務室にいるはず。

二人で執務室へ向かうと、誰かが言い合いしているのが聞こえた。


「そんな急な話は認めないぞ!」


「兄上に認められなくてもこちらはかまわない!」


「ずっとアリアを放置していたくせに何を言いだすんだ!」

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