第5話 インフルエンザで休んだからすぐにお見舞いに行ってみた!

次月の最終土曜日の週の木曜日の昼休みに私は『恋愛ごっこ』3回目の場所と待ち合わせ時間のメールを入れた。


[土曜日午後1時に上野の東京国立博物館の入り口に集合、その後国立西洋美術館へ]


すぐに[了解]の返信が入った。


◆ ◆ ◆

金曜日の朝、出勤して席について、今日の予定を確認していると、先輩からメールが入った。


[風邪をひいたので、今日は欠勤する。すまないが土曜日までに回復の自信がないので、中止にしてほしい]


すぐに返信を入れた。


[了解しました。おだいじにしてください]


チャンス到来。今日の帰りに先輩のマンションにお見舞いに行こう。私を売り込む絶好の機会だ。昼休みにその作戦を考えよう。


風邪がうつらないようにしよう。マスクをしていけば大丈夫だと思うけど、でもうつたらうつったときで、もし先輩が回復していたら、風邪をうつしてごめんと言って、きっとお見舞いに来てくれると思う。どうであれ、これは行かない手はない。


それに先輩がどんなところに住んでいるか確かめておく必要があるし、行けば女性のにおいがするかも分かる。私はそういうにおいというか雰囲気には敏感だ。


夕食に何か作ってあげよう。二子玉川で降りて材料を買って行こう。何がいいか? インスタント食品や冷凍食品を買って行って、チンでは芸がなさ過ぎる。でも男の一人暮らしだから食器や調理器具や調味料がどの程度あるかも分からない。


無難なところで、うどんはどうか、出汁付きを買えばよい。鍋とどんぶりかご飯茶碗くらいはあるだろう。それにうどんはお腹にやさしい。風邪には丁度良い。


一度行ってみて鍋や食器や調味料を確かめておけば、その次に行くときにどんな料理を作れるかの判断材料になる。


それに事前に行くからと相談すると断られる恐れがあるから、駅に着いたら、準備してきたからと言って、マンションへ無理やり押しかけるのがベストだ。住所と部屋番号を知らないから教えてもらわないといけない。私のことが気になっていれば、きっと来ても良いというと思う。それを確かめるよい機会だ。


◆ ◆ ◆

6時半過ぎに二子新地駅に着いた。先輩の携帯に電話を入れる。なかなか出ない。風邪がひどくて寝入っているのかもしれないと心配になる。やってと出てくれた。


「先輩、風邪はいかがですか?」


「朝、頭痛がして熱が38℃もあったので、医者へ行ったらインフルエンザB型と診断された。薬ももらってきたから、もう大丈夫だ。でも申し訳ないけど土曜日は中止でお願いしたい」


「もちろんOKです。ところで今、二子新地の駅を降りたところですが、お見舞いに来ました。お住まいの場所を教えて下さい」


「いいよ。うつるといけないから。大丈夫だから」


「私、インフルエンザの予防注射をしているので大丈夫です。お見舞いに行きますから、行き方を教えて下さい。夕食の準備もしてきましたので」


思っていたとおり、マンションの場所と部屋番号を教えてくれた。5分ほどで着いた。


ドアホンを鳴らす。先輩がドアを開けてくれた。私は会社帰りなので、いつものリクルートスタイルでマスクをしていた。手にレジ袋をぶら下げている。


「入って良いですか?」


良いとも言われないうちに、すぐに靴を脱いで上がった。先輩はパジャマ代わりにジャージの上下を着ていた。


先輩は二子新地駅から徒歩5分の1LDKの賃貸マンションに住んでいた。3階の301号室。玄関を入ると右側に洗面所、全自動乾燥洗濯機、それにトイレとバスタブのバスルーム、中央がリビングダイニング、キッチンには大型の冷凍冷蔵庫を置いてあり、リビングの奥に寝室がある。ベランダからは多摩川が見える。私のアパートよりかなり広い。


リビングには二畳ほどのカーペットが敷いてあり、その上に大きめの座卓を置いてある。座卓の後ろには寝転べる3人掛けのソファー、それから42インチの4Kテレビを置いている。寝室にはセミダブルの大きめのベッド、パソコンとプリンターを置いた机と本棚が置いてある。私と同じで家具は少ない方だ。


「さっぱりしたお部屋ですね。それに思っていた以上に綺麗にお掃除されていますね。先輩らしいです」


「会社の帰りにわざわざ寄ってくれたんだ。ありがとう。大丈夫だから。まあ、座って」


私は部屋を見舞わしながらソファーの端に座った。先輩は離れて反対側に座った。


「女性の痕跡はないですね。彼女のいないのは本当ですね」


「あたり前だ」


「そう思って、夕食を作ってあげようと準備してきました。病気だから消化の良いうどんにします。出汁付きの讃岐うどんと卵、それに桃を買ってきました。キッチンをお借りします。寝室で休んでいてください」


「ありがとう。お言葉に甘えることにしよう」


「一人前作ります。私は家に帰ってからにします。鍋とか食器などはどこですか?」


「キッチンの上下の棚に入っている。どんぶりもあると思う。調味料は冷蔵庫の中にあるから」


私はキッチンの棚や冷蔵庫を開いて何があるか確認した。当初の予定どおりだ。冷蔵庫の中を見る。砂糖、塩、醤油、マヨネーズ、ポン酢、ソースなど、ひとおとりの調味料はある。お米もある。棚の中には、電気釜、フライパン、鍋はある。引き出しにはスプーンやお箸などがあった。食器はというと大きめのどんぶり、ご飯茶碗、お椀、大小のお皿が数枚あった。自炊できるほどのものはそろっていた。その中から必要なものを取り出す。


「月見うどんができました。うどんがのびないうちに召し上ってください」


先輩は眠っていたみたいだった。返事がなかったが、しばらくしてこちらへ来た。


「熱を測ったら37℃だった」


座って座卓の上にうどんのどんぶりを見ている。


「いただきます」


先輩はすぐに平らげてくれた。桃も食べている。


「ありがとう。おいしかったし身体が温まった。来てくれてありがたいけど、インフルエンザがうつらないか心配している」


「予防注射を打っているから大丈夫だと思います。予防注射は毎年必ずしています。父はインフルエンザをこじらせて亡くなったので」


「そうなのか、学生時代に亡くなったとは聞いていたけど」


「肺炎で急に亡くなりました。先輩も無理しないで下さい」


「ああ、気を付けている」


「それに今回は『恋愛ごっこ』の一環です。恋仲の彼氏が病気になったら看病に行くでしょう、その練習だと思ってください」


言い方が私の気持ちと合っていなかった。


「まあ、それなら、そういうことにしよう。でも元カノは僕が病気で寝込んでも看病には来てくれなかったな。早く治してと言われただけだった」


「本当に二人は恋人同士だったのですか?」


「男女の関係にもなったから、間違いないと思っているけど」


「私なら好きな人が病気になったら万難を排して看病に行きますけど、そうでしょう、違いますか?」


こう言うべきだった。


「そういわれると僕も心配になって駆け付けると思うけど、元カノが病気になった時は行かなかった」


「どうしてですか?」


「自宅だから遠慮した」


「それは仕方がないでしょう。ご両親がいるのだから。一人暮らしだったら行っていたでしょう」


「間違いなく行っていたと思う」


私が病気になったら来てくれるかしら、きっと来てくれると思う。


「先輩が別れたいと思って別れたのは正解だったと思います」


「一事が万事だったのかもしれないね。そう言ってもらえてようやく後悔の念が薄れてきて、気が楽になった」


「先輩は人が良いというか、情が厚いですね」


そういうと先輩はほっとしているようだった。今夜はゆっくり休んでほしい。私は後片付けを終えると明日は11時ごろに看病に来ますと言って帰ってきた。

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