「恋愛ごっこ」が可愛く変身したら本当の恋愛になった!
登夢
第1話 憧れの先輩に片思いの相談をしてみた!
私は
「吉岡先輩、ちょっと大事な相談があるのですが、聞いてくれますか?」
「プライベートなことか?」
「はい、まあ、そうですが、良いですか?」
「良いけど、今日は仕事が早く終わりそうだから、久しぶりにビールでも飲みながら話を聞こう。もちろん僕の奢りだから気にしないでいい。6時にビルの出口で待ち合わせることにしようか?」
◆ ◆ ◆
先輩の名前は
入社後の約半年の研修を終えて研究開発部に配属されたとき、吉岡先輩に挨拶に行った。恩師の百瀬教授がこの会社を勧めて推薦してくれた。そして当研究室の大学院を卒業した先輩の吉岡君に面倒を見てくれるように頼んでおいたから、入社したら必ず挨拶に行くようにと言われていた。
百瀬教授には在学中に父を亡くして困っていたところ、奨学金の手続きをして励ましていただいて大変お世話になった。お陰様で無事卒業できてこの会社へ就職もできた。
◆ ◆ ◆
6時前からしばらくの間、ビルの出口から少し離れたところで吉岡先輩が出てくるのを待っている。相談事をするのに先輩を待たせるわけにはいかない。もう薄暗くなっているので黒のリクルートスタイルの私は全く目立たないと思う。
リクルートスーツを着ているのは社内で目立ちたくないからと衣料費がそれほどかからないからだ。全くの私服だと毎日違った服で出勤しなければならない。でもこれならデザインの少し違ったスーツを数着持っていれば十分だ。でも毎年新調しているし、毎日着替えてもいる。
コンタクトレンズは試してみたが、あまり使い心地が好きではないので視野が広い大きめの黒縁の眼鏡をかけている。いつも髪を後ろに束ねているだけだが、ヘアサロンには行ってカットだけしてもらっている。化粧も薄め控えめにしている。奨学金も返済しなければならないので無駄使いはしないようにしている。
はたから見てもずいぶん地味に見えると思う。同期会以外は誘われることもない。ただ、吉岡先輩だけは入社以来、ことあるごとに相談にのってくれるし、ときどきはこうして飲みに連れて行ってもくれる。
先輩、先輩と言って付きまとっていてもいやがらずにつきあってくれるし、話しも聞いてくれる。言ってみれば会社における私の後見人で守護神だ。社内でも私たち二人は先輩と後輩の間柄ということも知られている。
ただ、私は吉岡先輩に挨拶に行って初めて会った時から、一目で好きになり、この素敵なかっこいい先輩に憧れている。それからずっと先輩の彼女になりたいと思っているけど、先輩には全くその気がない。
きっと年の離れた妹のように思って、もう義務感で面倒を見てくれているに違いない。こちらがこんなに思っているのに少し寂しい。
先輩が出てきたので、すぐに駆け寄っていく。
「駅前のビアホールへ行かないか? そこで軽く食べて飲みながら話を聞こうか?」
私は頷いて先輩の後ろを黙ってついて行く。こうして二人で歩いているところを見られても、年齢も結構離れているし、残念ながら付き合っているなんて誰も思わないだろう。
10分くらいでビアホールに着いた。ここへは何回か先輩に連れてきてもらっている。うちの会社の人もよく来ているところだが、先輩は誰に見られてもかまわないと思っているみたい。
案の定、広報部の山本リーダーが先輩に声をかけている。山本さんは先輩の文系の同期入社と聞いている。
「吉岡さん、後輩のめんどうですか?」
「ああ、相談に乗ってあげるんだ」
空いている席に着くと、生ビール二杯とつまみになるピザ、ソーセージ、ミックスサラダを注文してくれる。
「ありがとうございます。相談にのっていただく上にごちそうになって」
「気にしないで、上野さんよりずっと多く給料をもらっているから」
「そんなに有名なんですか? 私と先輩」
「ああ、ずいぶん前にロビーで長く話していたことがあっただろう」
「ええ、委託研究先のことで相談した時ですね」
「それを彼が見ていて、随分親しげに話していたけど付き合っているのか? と聞かれたことがある」
「どう答えたのですか?」
「大学の後輩で、恩師から面倒を見てやってくれと頼まれているから仕事の相談にのってあげていると答えた」
やっぱりそういうことなんだ。残念ながら恋愛対象になんて全くなっていない。
「まあ、そのとおりですが……」
「ところで相談って何?」
「思い切って言います。私、先輩の隣のグループのかっこいい新谷さんが好きになってしまいました」
「仕事一筋ではなかったのか?」
それを聞いて、先輩は驚いて私の顔をじっと覗き込んだ。
私はこうして地味にしているけど、目は二重瞼だし、鼻も低くないし、口も小さめだ。確かに美人ではないが、そんなに見られないような顔でもなく、十人並みくらいとは思っている。
身長もそんなに低くはなく先輩と歩いても少し上目遣いをするぐらいだし、太り過ぎないように暴飲暴食にも気を付けている。それにバストも小さくはなく、そこそこはあると自負している。
「そうなのですが、このごろは仕事にも慣れてきて、週末にショッピングに出かけると、カップルの姿が目について」
「男性に目が向くようになった?」
「はい、少し寂しいこともあって、時々廊下で会うので素敵な人だなと思うようになって。こんな気持ちは初めてなので、どうして良いか分からなくて?」
「今さら初恋でもないと思うけど、そういうことは、同性の友人にでも相談するものじゃないのか?」
「相談する人がいないこともないですが、男性である先輩に聞いた方が手っ取り早いかなと思って」
「それなら直接、新谷君に付き合ってほしいと言えば良いじゃないか」
「それができるくらいなら先輩に相談なんかしません。同性だから何か良い知恵がないかと思って」
「百瀬先生から上野さんの面倒を見てやってくれと頼まれてはいるけど、それは会社での仕事がらみのことで、私生活や増して恋の仲立ちまでは含まれていないと思うけどね。それに」
「それに?」
「新庄君には付き合っている彼女がいるよ。誰だとは言わないが、商品開発部の女子社員だそうだ」
「僕と彼とは仕事上の付き合いがあって、以前飲んだ時に、彼女ができたとそっと教えてくれた。だだし、秘密にしておいてほしいと言われている。だから、これは内緒の話だ」
「そうなのですか。それじゃあ、あきらめるしかないですね」
「いや、チャレンジしてみる手はあるかもしれない。だめもとで」
「だめもとですか? 他人ごとだからそう言えるのです。もう彼女がいるのなら私なんかとてもだめです」
「もっと自信をもったらどうかな。またチャンスはあるさ、僕よりずっと若いんだから」
「そういう先輩はどうなんですか? そんなにかっこいいのに彼女いないんですか?」
気になっていたので、確認の意味で思い切って聞いてみた。これまでお世話になっていて、相談にものってもらっていたけど、ずっと彼女がいるようには思えなかった。でも社内では工藤さんと新谷さんのように付き合っていても分からないようにしているケースもある。
「かっこいい? そう言ってくれるのは上野さんぐらいだ。ああ、今はいない。もう面倒になってね」
「ということは、いたことがある?」
「ああ、まあね」
「よかったら話してくれませんか? なぜ面倒になったのか? 今後の参考になりますから」
「うーん、そうだな、上野さんだから話そうか、参考になるかもしれないし、でも他言は無用にしてほしい」
「もちろんです。絶対に誰にも話しませんから」
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