30

 数分歩いて病院のエントランスをくぐる。


 受付で看護師にゴウの部屋番号をたずねた。


 最上階の五階。個室のフロアだという。


「面会はできるんですか?」


「立石さんのお友達でしたら、できるだけ話しかけてあげてください」


 部屋に入ると白いベッドがまんなかにひとつ。


 枕元には使い古された心電図計。コードの先では、ゴウが表情をなくして眠っている。


「あっ」


 ゴウの横にミヅカさんの姿があった。パイプイスに座っている。見舞い客はほかにいない。


 ミヅカさんがうつろな瞳でこちらを見た。まぶたが腫れて、鼻も真っ赤だ。おそらく泣いていたのだろう。ぼくは声をかけられなかった。


 そのまましばらくドアのところに立っていた。眠るゴウと、イスに座るミヅカさんを、なにもせずにただ眺める。


 静寂がうるさいくらいに耳に響く。ひどくばつが悪かった。ぼくの孤独が強調される。いたたまれなくなったぼくは、黙ってその場を去ろうとした。


「ねえ、メイヤくん」


 視界の外でミヅカさんが口を開いた。


「さっき先生がきて言ったの。原因がわからないから、手のほどこしようがないんだって。もしかしたらゴウくん、このまま死んじゃうかもしれない。なんだか、だんだん悪くなってきてるみたい……」


 ぼくはわずかにミヅカさんに顔を向けた。


 医者もお手あげの原因不明の昏睡状態。だが、ゴウがこんなふうになってしまった原因も、症状が悪化している理由も、ぼくのなかでははっきりしてる。


 とり憑いた触手の悪魔が少しずつゴウの生命エネルギーを吸って成長してるのだ。


「ねえ、どうしたらいいのかな? ずっと話しかけてるのに、ぜんぜん反応しないんだよ。私、もう……」


 ミヅカさんはそこまで言うと、ぽろぽろと涙を流した。


 視界の端にわずかに映る、好きな女の子の泣き顔。水っぽい鼻水や透明な糸を引くよだれも一緒に流れている。せっかくの美人がだいなしだった。


 ぼくはあわてて目をふせた。


 ミヅカさんは声をあげて泣き始める。


 ぼくはその場を動けずにいた。


 ゴウがこんな状態になったせいでミヅカさんは泣いているのだ。


 本当はもっとしゃんとしたいはずなのに、それができない。弱虫のぼくなんかのまえで、彼女は自分の中身やみっともない弱音を吐いてる。


 心が揺れた。たしかにゴウは自業自得だ。だが、今、ミヅカさんを苦しめ、悲しませている原因はぼくにある。ぼくの幼い自分勝手な感情が、ゴウにとり憑く悪魔を放っておいたのだ。

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