出会い系大恋愛時代

赤い悪魔

 小売業界の長期休暇は遅れてやってくる。お盆は繁忙期であるため毎日のように出勤し、世間の休暇が終わった九月の頭頃から長期休暇に入る。僕も例外では無かったが、八月に経験した敗北の傷は深く、折角の十連休も『緑の光線』のような鬱屈とした気持ちで蟄居生活を送っていた。僕の蟄居生活の目的は先の恋愛の敗因を改めて考え直し、突き止めることであった。マミちゃんとのメッセージのやり取りを一から読み返し、浮かれていた自分を恥じながらも問題点を冷静に分析していった。


 僕の会話の一番の問題点はマミちゃんをどのような形で口説くのかの方向性が全く定まっていないことであった。マミちゃんをモノにしたい一心で、インターネットで見た遊び人の口説き方を付け焼刃的に利用し過ぎたのだ。そんな紋切り型の口説き文句になんの価値があるというのだ。訳知り顔で恋愛を語るインチキ野郎の台詞に頼らずとも、僕には偉人達の愛の箴言が蓄積されているではないか。彼らを信じて僕の精神的魅力を遺憾無く発揮すれば、アメフト男の肉体を凌駕出来ていたかもしれない。歌人の谷岡亜紀は「文明がひとつ滅びる物語しつつ おまえの翅脱がせゆく」という詩で俗な行為をする前に高尚な話をすることで、その俗さを中和させられる男の粋さと余裕を称えているが、僕が目指すべきはこのような男なのである。『ビフォア・サンライズ』では無く、『コメット』であり『アニー・ホール』なのである。どちらで描かれた恋も上手く行ってはいないのであるが。


 そして僕の第二の問題点は余りに女性慣れしていないことによる肉体的な決定力の無さであった。あの時マミちゃんの手を握っておけば、あの時マミちゃんを抱きしめておけば、あの時マミちゃんに口づけをしていれば。思い返せばそんな瞬間だらけであった。いくら精神こそが僕の一番の魅力であるとはいえ、肉体的コミュニケーションを軽視し過ぎたのである。恐らくこちらの方がよりクリティカルな敗因であろう。凡百の安くさい恋愛小説や恋愛映画のヒロインも肉体的イニシアチブを取られることで恋に落ちている。これらの物語の殆どは女性が理想の恋愛を描いたものである為、肉体的接触が恋の着火剤になることは疑いようも無い事実である。先に挙げた詩とは異なり、僕の恋愛対象である女性からの意見なのだから間違いない。また近年の恋愛小説だけでなく、『浮雲』でも三番目の女は飲み屋で口づけをされたことで、富岡に心惹かれるようになっている。古来より肉体的接触は恋の着火剤なのである。共学出身のアメフト男は恐らく自然にこの術を身に着けており、適切なボディータッチを以ってマミちゃんを籠絡したのであろう。対する僕は年上の痴女以外との肉体接触経験が無い為、女性への触れ方が分からず着火のタイミングを逃してしまったのである。先ずは場数を踏んで肉体的接触に関する不文律を会得しなければならない。女性への触れ方はヘルダーを読んでも学ぶ事は出来ない。こればかりは一に好色、二に好色。三四が・・・だ。実践あるのみなのである。


 相手から笑顔を引き出し、精神的に満足させながら、最後の所で決定力を欠く。そんなロベルト・フィルミーノのような恋愛はマミちゃんで最後だ。僕は必ずや好色に好色を重ね最後の決定力も手に入れてみせる。知性で完璧に恋愛を組み立て、最後は肉体的接触できっちりと決める。次からの僕の恋愛はウェイン・ルーニーだ。

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