第12話 校舎裏の波乱 後

「お前、篠原と金輪際関わるな」


 田中にそう言われた俺はあまり驚かなかった。

 なんとなくそんな気がしてたから。

 

「断る」

「命令だって言ったろ。大人しく従えば痛い目に遭わずに済むぞ? つーか前にも言ったけど、お前身の程を弁えろよ。篠原も雛森もお前が関わっていい女じゃねぇ。ったく、篠原はなんでこんな奴なんかと……」


 田中は何度も篠原を遊びに誘っているが全て断られていた。

 自分は断れたのに、自分が見下している相手は承諾された。

 その事実はプライドの高い田中にとって屈辱そのもの。

 まぁ、だから何だって話だけど。


「早く頷けよ」


 田中が距離を縮めて威圧してくる。


 それでも俺の答えは変わらない。


「断る」

「自分の身がどうなってもいいんだな?……お前、篠原と一体どういう関係なんだ?」


 ただのクラスメイトだ、少し前までならきっとそう答えていただろう。

 でも今は違う。

 あの時……篠原が俺の事を友達だと言ってくれた時、俺も篠原の事を友達だと思っているんだと自覚した。

 自覚した以上その心に嘘はつけないし、つきたくない。


「俺は篠原の友達だ」

「友達? 篠原とお前がか? キモい勘違いしてんじゃねぇよ!」

「勘違いしてるのはお前だ田中。そもそも俺と篠原がどんな関係だろうが、部外者のお前にとやかく言われる筋合いはない。それに……」


 俺は田中に現実を突きつける事にした。


 田中がなぜこんな行動を起こしたのか。

 それは篠原に未練があるからだ。

 好きな女が自分以外の男……しかも自分が見下している男と一緒にいるのが気に食わない。

 そんな自分本位で身勝手な醜い嫉妬心が、この愚行を引き起こした元凶。

 しかし、全ては無意味だ。

 なぜなら……


「もし仮に俺が篠原と関わらなくなったとしても、篠原がお前に靡く事は絶対にない。お前の隣に篠原がいる未来は絶対に来ない」

「っ! てめぇ! 殺すッ! ブッ殺す!!!」


 田中の顔が激昂に染まる。

 田中は俺の顔目掛けて大きく拳を振るうが、それは虚しく空を切る結果に終わる。

 そして……


「なっ!?」


 次の瞬間には、田中は地面に組み伏せられていた。

 自分が何をされたかも分かっていないだろう。


 実は俺、こう見えて前世では結構鍛えてたんだよね。

 さすがにあの時ほどの実力は出せないけど、田中が相手ならまぁこんなものだろ。


「な、何だよこれ……身動きが取れねぇ! く、くそ……こ、こんなはずじゃ……は、離せぇ!」


 再び襲いかかってくると分かっているのに離すわけないだろ、と内心呆れる。

 どうやって先生に知らせて事情を説明しようか……と思っていたが、その心配はなさそうだ。


「な、なんで先生がここに……」


 先生が近づいて来るのを見て田中の顔に焦りが浮かぶ。

 いくら人気の少ない校舎裏でも、あんなに怒号すれば周囲に気づかれるのは当然だ。

 気づいた誰かが先生を呼んでくれたのだろう。


「く、クソ。こうなったら……先生、助けてくれ! 早河に暴力を振るわれてるんだ!」


 田中が苦し紛れの嘘を口にするが、そんな嘘が通用するわけもなく。


「田中、くだらん嘘をつくな。お前の怒号は校内中に響いていた。お前は早河を脅迫したあげく暴力を振るった、そうだな?」

「ち、違っ……」

「言い逃れはできん。彼女もそう証言しているからな」


 そして先生の後ろから姿を見せたのは……


「し、篠原」


 どうやら先生を呼んでくれたのは篠原だったようだ。

 篠原は敵意を含んだ冷たい眼差しで田中を睨みつける。

 田中の顔からは血の気が引いていた。


「田中君。あなた、この期に及んで早河君に罪をなすりつけようとするなんて本当に最低ね」

「そ、それは……」

「言っておくけれど、あなたが何を言おうと私は信じないし、どんな嘘を並べようとその悉くを看破するわ。私は早河君の味方。そして、あなたは私の敵よ」

「あ……」

 

 未練を持った相手にそう言われて、田中は抵抗する気力を失い力なくうなだれる。


「それと、あなたに言いたい事がいくつかあるわ。まず、早河君は何も勘違いなんかしていない。なぜなら私も早河君の事を大切なお友達だと心から思っているからよ。だから、早河君にこんな事をしたあなたを私は絶対に許さない」

「っ」

「そして、早河君の最後のあの言葉は正しいわ」

「え……」


 篠原は止まることも躊躇うことも容赦もなく、ただ淡々と言い放つ。


「仮に早河君が私と関わらなくなっても、私の気持ちがあなたに傾く事は絶対にないわ。だって私、あなたの事が大嫌いだもの」


 それは完全な拒絶。

 見下していた相手にはなす術なく敗北し、未練を持った相手には拒絶された。

 その事実はこの上なく田中を絶望させ、プライドと心を崩壊させるには十分だった。


「あ……あぁぁ……」


 田中はその場にへたり込んだ。


 その後、先生から連絡を受けた田中の両親がやって来た。

 両親が深く頭を下げて謝罪しているのを見て田中は良心の呵責に苛まれて泣き崩れ、田中の心は完全に再起不能となった。

 最終的に停学処分を言い渡された田中だったが、停学明けには暴力沙汰の件は校内中に広まっており、針の筵状態に耐えられなくなってすぐに不登校に。

 その後は引きこもりの生活を送り続け、結局そのままひっそりと退学したのだった。

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