孤独人は目を瞑ると逢える君に良い悪戯をしたい

レイ

第1話 いってらっしゃい

 四月六日 午後八時二分


 「………んぐっ。」


 二十歳の大学生、古賀大河は胸の痛みと同時に仮眠から目を覚ました。


 肩あたりまで伸びた長いくせ毛を太めのヘアゴムでしっかりと結び、近くのスーパーへ値下げされた弁当を買いに向かう。


 俺は大学生だが、持病の悪化により、大学に通うのが難しくなったため、今は休学している。


 スーパーに辿り着くと、今日は月の始め恒例のポイントが倍になる日らしく、店内はポップな音楽が流れ、いつもより賑やかになっていた。


 今の自分の身の回りの環境とは正反対の環境に、ほんの少しだけ嫉妬し、買い物を終わらせ、帰宅した。


 家でスマホを開くと、友達やちょっとだけ話した事のある知り合いと繋がっているSNSの投稿には、彼女、友達、家族、兄弟との写真があがっている。


 「俺もこんな風に生きれたらなぁ…。」

 

 俺は友人の幸せを喜ぶと同時に、自分のスマホの画面に向けて羨望の眼差しを送った。


 俺は結ばれた長い髪を解き、もう一度仮眠を取ろうとベッドに横になり、目を瞑る。


 すると、胸に「どかっ」という衝撃があった。


 「……くっ…なんだ?いつもの動悸か?

それにしては心臓に圧迫感がないし、なんか鼻の先もムズムズするぞ?」


 俺は目を開けた。


 「…なっ!!!!」


 そこにはベージュ色のくせ毛ボブヘアの女の子が俺の上に乗り、目の焦点が合わないほど近距離で鼻先と鼻先をくっ付けていたのだ。


 「お兄ちゃん!お・は・よ!」


 妹のいない俺は、目の前の女の子がそう言ったのに対し、今まで生きてきた中で一番驚いた。


 周りを見渡すといつもの自分の部屋ではなく、全く知らない部屋のベッドで寝ていた事に気づく。


 日付も変わり、四月七日の午前六時半になっていた。


 「あの、すみません。ここって…どこですか?」


 俺は目の前の女の子に尋ねる。


 「げ、お兄ちゃん様はまだ寝ぼけてるの?それともふざけてるの? そんな事言ってないで一緒に朝ご飯食べよ!」


 そう言われ、妹らしき女の子の後をとりあえずついていく。


 すると、次第にコーヒーの匂いや、焼けたパンのいい匂いがしてきた。


 その先には、朝食を作り終え、台所の片付けをしている母らしき人物と、朝食の前でスーツ姿で新聞を読んでいる父らしき人物がいた。


 母「あら、引っ越し後もいつも通り綾が大河の事を起こしに行ってくれたのね。おはよう。」

 

 父「おぉ、おはよう。」

 

 綾(妹)「おかーさーん、お兄ちゃんまだ寝ぼけてて何するか分かんないから包丁だけは絶対渡さないでねー。…あっ、フリじゃないよ!」

 

 まさに、俺の考える「理想の世界」だった。


 俺は生まれて初めて「おはよう。」と言われたような感じがしたと同時に、これは「夢」だと分かる「夢」だと理解した。


 男性諸君なら分かると思うが、「夢」だと分かる「夢」で男がしている事はかなり下品だ。


 だが、俺はこの状況でそんな考えはまったく浮かばなかった、まったくだ。


 リビングにある椅子に座り、テーブルに置かれたしっかりとバランスの取れた朝食を家族みんなで囲う。


 テーブルの上には父の名刺があり、そこには「古賀」と記してあった。


 どうやら俺の元いた世界の家族の名前と、この世界の家族の名前は同じだが、父と母の顔も違うし、元の世界では俺に妹などいない。

 

 「それじゃあ!いただきまぁーす!」


 綾の号令と同時に家族みんなでご飯を食べる。


 「うーん!やっぱ…おかーさんの作る料理は…美味しい…なぁ〜。」


 「こらっ。口の中に食べ物を入れてる時は喋らないの。」


 綾は口いっぱいに母の料理を頬張り、可愛い笑顔と同時に自身の八重歯をチラッと見せた。


 俺はいつ覚めるか分からないこの「夢」とこの家族との朝食の時間をしっかり味わおうと思い、箸を進めた。


 数十分後、食事が終わり、朝食の時間の会話の中で俺が今置かれてる状況と、これからしなければならない事が幾つか分かった。


 それは、[元の世界の記憶が残ったまま、この世界で行動することができる事]と[高校二年生から転校生として新たに学校生活を送る事]だ。


 そしてまず最初にやらないといけない事は[中学三年生になる妹を新しい中学校へ送り届けた後、俺自身が通う新しい高校に向かう事]だ。


 俺は学校へ行く準備が整い、座りながら靴を履いていた。


 すると、綾が俺の隣に座り、俺の左手に両手を絡ませるようにくっ付いてきた。


 「夢」の世界とはいっても恥ずかしいものは恥ずかしく、俺は顔を赤らめた。


 「あれ?お兄ちゃんもしかして熱ある?!」


 「ちっ、違う!ただ、新しい高校に行く事に少し緊張してるだけだ。」


 そう言った俺は靴を履き終え、立ち上がった。


 「いってらっしゃい。気をつけていくんだよ。」


 「いってらっしゃい。」


 俺はまた、生まれて初めての言葉を体験したような気がした。


 俺は玄関を開け、顔の赤さとうっすら溜まった涙を春の日差しで誤魔化した。


 そして何故か異常に距離の近い妹と初めての登校をする。










-------------


 「孤独人は目を瞑ると逢える君に良い悪戯をしたい」を読んでいただき、ありがとうございます。


 第二話は、古賀大河がすでに高校一年生の一年間で友達のグループができてしまっている高校に行きます。


 更新され次第、もしよかったら読んでみてください。


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