第2話  「ルームメイトと金髪兄妹」



『闇 妖精の剣 ナイアルラ』

 コウキに与えられた剣の仮名はそれだった。


 グェンわく、精霊剣とはかけ離れた見た目と引き込まれるような漆黒が精霊ではなく魔の妖精のようだという点が剣名。

 御伽話に存在するナイアルラトホテップが謎めいた存在であり、顔無しや無貌むぼうを指すことから刃の無い謎多き点と重ねて語呂良くナイアルラとしたそうだ。


 思春期に知識を詰めるとこういうネーミングセンスになるのかも知れない。なんて皮肉を思いながらも14歳であるコウキは胸の高鳴りを覚えていた。


「はぁ、長かったな」


 あの後は一躍注目の的になったと勘違いしたが、すぐに次の番号へ移行すると切り替えるように周囲は呼ばれた生徒へと注目した。コウキ自身も実際そんなもんだろうと思う。


 そんなこんな現在は5時間費やした選定式を経て、ノアールの寮でリラックス中だった。ベッドに寝転び憂鬱な一日を回想する。エピソードとしての記憶や知識の一部は全て消え去っており、コウキ自身思い出す日が一日しか無いという点は、尊さと寂しさが入り混じる複雑なものだ。


 思い出せる1日を大切にしなければならないし、思い出せない14年に虚無感を抱く。


「実家から通う学校じゃなくて本当によかったな」


 呟いて天井の木の節の数を計算する。

 一つ、二つ、あれは木目だろうか。


 カウントする気も起きない程度には面白みのない時間潰しだ。


「おーい、おい、おいおいおい」


 えも言えぬ感情に想いを馳せていると端から声がする。

 気のせいだとひと蹴りするには煩い声に眉を寄せて、体に走った衝撃を無視できずにコウキは起き上がった。


「何だよロイ、ベッド蹴るのやめてくれ」

「ずっと呼んでるんだが!なぁーにが“本当によかったな”だよ。オマエ、絵に描いたような14歳だな!」

「同じ歳だし俺は君が苦手だ!今日くらいは話しかけないでくれ!」


「それは良いが同じルームメイトのよしみだろ!誰も居ないような雰囲気で辛気臭くなってんなよ!話しかけた時くらい返事しろバカがよ!」

「だから話しかけるなって言ってるだろ!」


 不毛なやり取りを繰り広げる。

 相手はルームメイトのロイ=スリアだ。

 金髪癖毛気味の男。青の左目に涙黒子。それだけだ。


「なんかボクの説明雑じゃない!?もっと切長の、とか色ボケ、とか翡翠の、とか色々あるじゃん。何故だ!!」

「君をネームドキャラクターにしたくない程度にはテンションが合わないんだろうよ、うるさい上に馬鹿だろ?」

「オマエもバカだろ!!悩んでも意味のない事に時間費やしてるんだから!!」

「俺も流石にキレるぞ、記憶なくなってから言え。初対面から記憶のことイジってくるデリカシーの無さは今日の無視で見逃してやるって話だろ」


「えっ?もうキレてるだろ……オマエ馬鹿なのか?」

「ああああああああああああああッ!!」


 寮部屋に響く喧騒。

 物を投げたり、羽交締めしたり。

 時には関節技を決めたりしながら休憩時間は過ぎていった。心を落ち着かせる場所もないコウキは苛立ちも覚えながら、無意識に精神は安定していく。


 廊下に響く喧騒がおよそ20分続いた後、ぐちゃぐちゃになった室内の床に二人は大の字で寝転がっていた。


「……オマエ、力強」

「ロイこそ、粘着質な性格だな」

「何でボクが褒めてるのに貶すんだ。そこは辛抱強いとか言え!」

「……やっぱうるさいな」


 息の上がる胸をゆっくりと落ち着かせる二人は、天井を向いたまま会話を続ける。寮の階段を登った際に体力には自信があると思っていたコウキだが、実は貧弱なのか……或いはロイが思った以上にタフなのか。14年の記憶がなくては確かめる術もない。


「……オマエさ」

「なんだ、もうひと勝負するか」

「いや、いい。なんか今の方が良い顔してるぜ」

「……感謝はしない。俺はそれなりに苦しかった」


 まぁそれもそうだよな、とロイが呟く。普段よりも低い声にふざけるのをやめたコウキは、息の上がる肺を深呼吸で収めていく。その最中、話を切り出したのはロイだった。


「ボクはさ、家族がもういないんだ」

「………………」

「だからごめん、オマエを挨拶の前に揶揄ったのはボクのエゴだ」

「俺は」

「いや、いい。普通に思っちゃったんだよ。記憶がなくても家族は生きてる。ボクは全員殺されているのに、こいつはクヨクヨしてるって」


 人の悲しみは人それぞれなのに。とロイが言葉を紡ぐ。


「すまねえ」

「……まぁ、チャラにしてやらない事もない。その代わりロイの話少し聞かせてくれ」

「何で上からなんだよ!」


 ロイが起き上がってコウキに怒鳴る。彼も同じく起き上がると、あぐらをかいて正面で向き合う。コウキが合わせた目だけで“過去を話してくれ”と伝えると、我慢できなくなったロイが頭を雑にかきながら話し始めた。


「簡単な話だよ。ボクはここから遠い街の出身で田舎貴族だった」

「見えないな」

「余計なお世話だ!――でも幼少期のある日、街は魔獣に全てやられた。家族も目の前で殺されて残ったのはたったの5人。そのうちの一人も隣の村に逃げる際、死んだっけな。あの時は必死であまり記憶がないけど」

「魔獣……」


 ロイはごく自然だった。

 簡単に言葉にできないような惨状を自己紹介のように話してみせる。その光景がコウキにはどこか共感し難い感情を彷彿とさせる。しかし、ロイは芯のある声で話を続けた。


「でもボクは誓ったんだ。数万人の中で生き残った命だ。最後まで守ってくれた家族のために、満身創痍の自分を拾ってくれた王の騎士になる。この身尽きるまで生きて国に貢献するってね」

「……そんなに強くあれる理由は何なんだ?」

「そりゃ、全ては天上に至るためだ。ボクは上を目指し続ける。多くの命がこの足を支えてくれる限り」


 そうか、とコウキは相槌を打つ。

 しかし共感とは程遠い距離で話すロイに、自分自身が浮遊しているような感覚に苛まれた。

 ただ疑問だけが募る。


 人はそんなにも美しく潔癖なのだろうか。


 そして、最もらしいような言葉――、天上とは何か。


「壮絶な過去も乗り越える天上って何なんだろうな……俺にはロイの気持ちの多くを理解することができない。俺は多分、弱いからだ」

「ボクだってそうは言っても強く無いさ。ただ、弱いままでいるよりは報われたっていいだろうと言う話さ」


 それに、とロイは続けた。


「天上についても、記憶が無いことや家族が殺されたこともそうだけど、過去は過去だろ?全部背負って、これからの目標さえ決めれば何だって良いんだ」

「目標――?」

「今笑えてこれからも笑う。生きて国に恩返しする事がボクの目標だ」

「かっこいいなそれ、最高だ」


 コウキは実際にその言葉の方がしっくりくると思った。きっと多くの人が“天上に至る”と言うのは信仰や心の在処に似ているのだろう。健やかに生きる上で辛い時も上を向けるような、そんな魔法の言葉かもしれない。

 だが大切なのは今とこれからだ。


「……俺にも――」

「あッッッ!!!!」

「――ッ!? 何だよ急に」

「そろそろオリエンテーションの時間だ!!」


 突然焦り始めるロイ。

 邪魔してきたり、喧嘩したり、暴露話をしたりと何とも忙しい時間ではあったが、想像以上に時間は過ぎていたらしい。時計の針は7時を過ぎていた。


「そういや、4つの色階級クラスが合同で食事会や催し物をするってやつだよな」

「そうなんだよ! 基本的にタイプごとに分かれた寮とカリキュラムだからこういう合同イベントくらいしか接触がない、参加しとかないと!!出会いの場ってヤツさ」

「出会いて。黒色階級ノアールクラスにも女子はいるだろ」

「おいおいノアールなんて階級の中でも特徴が陰湿だろ!?彼女にするのは白、潔白な白色階級ブロンクラス一択ってもんよ!!」


 何か俺と話してる時より活気があるな、なんて事をコウキが思うと「こうしてはいられない!」とロイが立ち上がって引き出しを漁り始める。


 ものすごい速度で整髪料や香水で身支度をしている。時短効率を図るレディースに見せてやりたいほど早い準備だった。


「いくぜ」

「そんな低い声出せるんだな」


キラリとはにかむロイがグッと親指を立てて部屋のドアまで歩いて行く。良い男は背中で語ると言うが、さっきの喧嘩でブレザーの後ろ身頃が裂けていることは指摘すると長くなるので無視しよう。

 コウキも立ち上がり、後に続きながら部屋を出る。


 講堂へと集合するみたいだが、一体何をするのか楽しみではあった。


「この学園は中心に講堂や学食、グラウンド含む共同施設ビルがあってその四角に色階級クラスごとの教室や寮があるんだよな」

「どうしたオマエ。そんな当然のこと言い出して」


「いいや。講堂も学食も浴場なんかも寮のビルの中に併設されているのに何故共同スペースが別であるのかなって」

「そりゃもちろん、出会いのためサ!!」

「君に話した俺が間違ってた」


 教育の一環としてタイプ毎に干渉し合う事が目的なのだろうが、であれば寮を階級別で分ける必要があったのか疑問だ。


 しかし考えても意味はないし、乱共鳴の理論を基にした場合同じ階級同士での寮生活も疑問ではあるが、まぁ深い理由もないだろうと結論付けた。


「御託はいいんだよ!!とりあえず今はおっぱ――、いや女子との接触が肝心で」

「そのまま大人にならないようにな」

「今のはミス!!」


 ぷんすか足音を立てて歩くハラスメント予備軍ロイを見ながら、二人で共同施設ビルの講堂へと向かっていく。道のりはやや長い。と言うのも道中で様々な連絡通路を経て現地に辿り着くからだ。


 メンターと呼ばれる進んでも進まない通路があったり、クラストと言う時間ごとに景色が変わる窓がお出迎えする事で、今いる場所が分からなくなるのがこの学園の常識らしい。


「この空間歩いてるのに進んでないぜ?メンターって通路は強い意志が無いと同じ道が続くらしい!!オマエ本当にやる気あるのか!?」

「これは防犯目的なんだろう。俺の意思よりも女目的の邪な気持ちしかないロイのせいで目的地にいけないんだよ」

「何言ってんだ!ボクは清廉潔白だぞ!」

「あ、女子」

「えッッッッ!?どこに乳が!!!」

「嘘だ」


 ムキィィィ!!と唸るロイ。

 これは重症だとコウキは頭を抱えた。


 少し馬鹿な程度であれば楽しい上に引き立て役にでもなってくれるものを、ここまでいきすぎては他の友達作りも難しいのではと考える。非常に幸先悪い。


「あー、歩きすぎてメンター抜けたっぽいな」

「たしかに、なんかボクらの建物の雰囲気と違うぞ」

「ギリギリ間に合ったのかな。廊下に人がいないし」


 ノアール寮のテイストがグレーベースだとするなら、今いる建物はアンティークのカラーリングだった。それは入学式にも見た外観や内装と酷似しているためどうやら無事に共同施設ビルへ入ったらしい。この先の階段を登って最初の扉が講堂だ。


 無駄に大きな天井と扉の前に立ち、ついに目的地に着いた二人は横並びでドアノブに手をかけた。ゆっくりと押しながら開くと、木漏れ日のような光がどんどんと大きくなっていく。


 ――オリエンテーションの会場に到着。


 おぉ、と最初に感嘆したのは珍しくコウキだった。


 気が遠くなるほど広い木張りの講堂に無数の円形テーブル。クロスは白くて上には豪華絢爛な食事や蝋燭が散りばめられる。天井はどう言う原理か、宙に浮くシャンデリアが沢山点在していた。奥の舞台上では大袈裟なバンドが管楽器のセッションを繰り広げており、端的に言うなら煌びやかなパーティ会場のそれだった。


 生徒は各々が階級ごとに好きなように固まって談笑していて賑やかだ。中にはダンスをする人間や歌を歌う者もいて華やかな空間。スペースは4つに分けられ、其々シャンデリアの色が階級の目印……黒色階級(ノアールクラス)のコウキたちは入り口からすぐ右の位置だった。


「凄いな。思ったより凄い」

「ボクはこういうの慣れてるけど、女子が、女子がッ!!」


 滝のような涙を流すロイをよそに、空いてるスペースまでのんびり歩くコウキ。

 入り口から1番奥が床の高さが上がる舞台とすると、舞台手前には教員らしき人達の席がある。


 その他は空間の左奥が白色ブロン右奥が青色ブル左手前が赤色ルージュとなっていた。交差する中心の部分は円形の大きなステージがセットされそこにはマイクが一つだけ存在していた。


「オマエ、これ食ってみなよくっそんまいぞ!」

「早速どこから持ってきたんだよロイ」


 テーブルまで行くとよく分からないデカ肉を頬張りながら喋るロイが来た。入り口からこの円卓までが最短距離だったはずだが、どうやって他の卓にある肉を入手したのか定かでない。


「まにあっへよはっはあ!(間に合ってよかったな!)」

「そうだなーうんうん」


 とんでもない食い意地を軽く流しながら、コウキ自身も目の前にある食べ物をつまむ。……肝のローストだろうか。舌が痺れるスパイシーな味付けと舌触りの良い滑らかな食感が素晴らしく……目が飛び出そうになっていた。


 そう言えば何も食べてないしこりゃ凄い!なんてことを思いながら二人は無我夢中で食事を頬張っていた。あれも、これも、それも、どれも美味しい。こんな食事は久々だった。


「うまい、うますぎる!」

「あやはひえ!ふごふぁふひえへ!(解読不能)」


 食事を楽しむ人、会話を楽しむ人、音楽を楽しむ人、空気を楽しむ人、舞踏を楽しむ人、情景を楽しむ人、余韻を楽しむ人、それぞれが自由な環境で伸び伸びとしたオリエンテーションは開催された。

 14歳の少年はこの学校に入ってよかったと心から思った。


 その時。


「汚ねえなオイ」

「ふごァ!」


 頬張っていたロイの口から長い鳥の骨が吹っ飛んだ。


 円卓から通路の絨毯まで飛び、祭りは止まないが周囲5メートルの視線はロイたちに向く。

 どうやら後ろから誰かに殴られたらしい。けほけほと咳をするロイが袖で口を拭って状況を把握している。


「次は床を汚しやがったな、拾いに行けよ」

「あん?」


 眉間に皺を寄せたロイが振り向く。

 その仕草に合わせてコウキも声の元を辿った。


 そこには赤い短髪をオールバックにした背の高い男が一人。長い手足と程よい筋肉、両耳にピアス。紅蓮の瞳に怪訝な表情は猛々しさに溢れた生徒だった。


「あん?じゃねぇよ。豚かテメーは」

「誰だオマエ」

「家畜顔負けのチビに自己紹介するつもりはねぇよ」

「そうかい。一発入れたんなら二発行かせてもらうぞ。ボクの分と、粗末にされた鳥の分だな」

「豚に届くリーチなんてあんのか?オイ」


 睨み合う二人を見ながらコウキは冷静に考えた。


 まず、この場で問題を起こすのはまずい。

 止めるのは確実だが、止められなかった場合の行方を考察する。


 ロイの身長は165センチ。

 相手は180を超えていて不利だ。

 武器無くしてはあのウェイトに勝つことは難しいだろう。素直に部が悪い為、やはり波風立てないで終わらせるのが最も正しいはずだ。


「なぁ、君。不快にさせてすまなかった」

「オマエ、こんな奴に頭下げんな!!」


「ちょっと静かにしててくれロイ。……ここの食事が素直に美味しくてついがっついてしまった。マナー違反なのは確かにそうだ。だから謝る。ごめん」

「あ?」

「ここの多くがそうかもしれないんだけど俺たちは新入生なんだ。こう言う場所は初めてで分からないことが多い。間違いは今後しないようにする。だから今回は見逃してくれないか」


 二人の間に入り、頭を下げるコウキに向かってじっと見つめる赤髪の男。


 男は少し黙ったあと、コウキに告げた。


「テメーよ、オレに話しかけてんのか?」

「え」


 男は本当に疑問に思ったかのような口調で続ける。


「誰が話していいと言ったんだ?」

「えっと……」


 その表情は次第に怒りに変わり、剥き出しの闘志がコウキを捉えた。


「オレの前で許可なく言葉を使うな、奴隷」

「――、」

「オマエッ!!」


「そこまでだ」


 ガタン、と椅子が倒れるような音がした。

 鳴り止まない楽器の演奏がその瞬間だけ止まった錯覚の後、声と共に現れたのはグェン=レミコンサスだ。あまり距離もなかった三人の間に突如として現れ銀の髪が優しくびく。しかしその目は鷹のように暴漢を捉えていた。


「ガミア=イシュタル君」

「なんだ教頭」

「喧嘩は良くないよ」

「これが喧嘩に見えるかよ。制裁であり教育だ」

「おかしいね、その二つは横並びにするべきじゃない」


 至って冷静かつ穏やかに会話をしながらも、目だけは捉えてやまないグェンが話を続けていく。先程まで前傾姿勢だったガミアが踵に重心を置いていることを判断したグェンが「それに」と口を紡ぎ、


「今時、人種差別なんて美しくない」

「黙れよ色ボケ教師が」

「穏やかじゃないね」


 コウキとロイはただ圧倒されているだけだった。

 突如現れて背中を向けている教頭に微塵の隙もないのだ。後ろに目があると言うだけでも説明がつかない、いつ動き出すか分からないような不穏な空気に噤む事しかできなかった。


「とまぁ、これだけ剣気を放っていても反抗できるだけ君は優秀な新入生なんだろうね。私は嬉しいよ」

「…………」


 今新入生って言ったか?

 14歳?このビジュで?等と思いながらもコウキとロイは硬直したままだ。

 他ごとを考えていても、早くこの瞬間が終わってくれと強く願った。


 対するガミアもそろそろ限界だった。

 圧倒的な戦力差。目の当たりにするとここまで違うのかと、純粋な力不足を呪う。コイツにはまだ勝てない。いいや、これからも勝つ未来が見えない。思考はどんどんとシンプルになり、緊張は限界へと到達――、ついに固唾を飲んだ。


「よし、いい子だ」


 ガミアの動きを皮切りにグェンが剣気を解く。

 3人は途端に脂汗がどわっと噴き出す感覚に苛まれ、滴る汗に嫌悪の念を抱く。


「3人とも仲良くするんだ。ペナルティは与えないでおくけど、代わりに見ているからね。次はないと思うんだ」

「――、」


 グェンが歩きながらステージの方へ去っていくとガミアも舌打ちを残してその場を去る。取り残されたコウキとロイは、本物を見た時の余韻に浸るのがやっとだった。


 こうしてオリエンテーションは開始した。



××××××××××××××××××××



「このオリエンテーションの目的は学園紹介と1学年の生徒交流が主になっています。今年からは例年通りのカリキュラムを変更し、試験的なアプローチを施します。今回はその一環と考えて下さい」


 中心のステージで流暢に話すのは先程喧嘩の仲介に入ったグェン教頭。

 その後ろには初めて見る顔の女性が立っていた。容姿は背が低く白銀髪の大人。学生服を着ていないが、服装によっては少女に見える容姿をしている。


「まず学園紹介を致します。この学園は14歳から5年で卒業です。内容は色階級つまり属性タイプ毎のクラス制度をとっており、光タイプの恩恵は白色のクラス等に分かれて独自のカリキュラムをこなしてもらいます」


 至って普通の学園説明が行われ、コウキは一人で聞いているうちに自分自身が眠たい事に気づいたようだ。数十分前の出来事が嘘のように緊張感のない姿だが、それを凌駕してくるのがロイという存在だ。


「んごがががひほんえ!!(解読不能)」


 あんなことがあったにも関わらず、話さえ聞かずに下品に食事をとっていた。

 なんか悪化してないか、なんてことをコウキは思う。

 勿論ロイ以外の全員がご清聴中である。


「そしてこの学園の目的は無論……王の騎士になる事です。他の職業も認めていますが、安定した地位と名誉の中で剣技に集中し天上へ至る可能性が最も高いのは王の騎士。ただそれだけと言っても過言ではありません」


 ヴァーリア王国は独立国家だ。

 シビアな問題から生まれた国であり、大陸の中心にあるため至る所で小さな争いを600年以上続けている。所謂隣国ほとんどが敵。防衛のために新人育成するのは当然の事だろう。


「我が国が敵国から何百年と大地を守り続けられたのはこの加護、そして剣技と魔術によるものです。我々の役目は、未来ある若者に伝統を引き継ぐ事。これしかありません」


 そこで、とグェンは会話を繋げた。


「より生徒を正当に評価するのが“ランク制度”です。これは魔術の構築式に刻まれた総合評価カードを一人一人に生徒手帳として配布し、忠義の石が管理評価していく仕組みです」


 成績表のようなものなのだろうか、とコウキは思いながらあくびを止める。

 確かにランク化しておけばできない生徒を可視化できる。

 今は聞いておかなければ損するタイミングであることをロイにも……いや、無駄だろう。


「成績情報を元にAからDまでのランク評価となります。これは色階級と全階級の2種が存在し、どちらもAを目指すことでより一層天上へ至る術を得るのです」


 おそらくコウキで言うと色階級のランクはノワール内の序列、全階級のランクは全校生徒の序列だろう。生徒数が3000人近くいる上に、加護は選ぶことができない。どのあたりに評価を置かれるのか見極める必要がある。


「そしてこのAランクには上のSランクが存在します。これを傍観者カーディナルと称しています。カーディナルはAランク全階級の上から順に10人のみ選出され、リアルタイムで更新されていきます」


 これも気の遠くなる話だ。

 Sランクに到達するまで非常に成果主義。

 その後も茨の道になってくるだろう。

 リアルタイム評価であれば特に10位の人間は常時刃を向けられていていつ落ちてもおかしくないと言うことだ。


「それぞれランク毎に特典はありますが、とまぁそんな前座は置いといて。――今回、この説明に至った理由を紹介します」


 そして会場の空気が変わった。

 グェンが数歩下がり、後ろにいた女性が前に出る。

 マイクの位置を直してマイクチェックしたところで、女性はおっとりした口調で話し始めた。


「私はミル=ツヴァイン。白色階級ブロンクラスで実戦講師をしていまぁす。よろしくね。グェン君から聞いたと思うけど今回のオリエンテーション、生徒交流の方を担当しまぁす」


 にこにこしながら話すミル=ツヴァインの名を聞いてコウキは合点がいった。ミア=ツヴァインに空気感がよく似ている。


 見た目も似ていて胸元や腰回りはミルの方が圧倒的に女性らしい体型をしているが、それ以外の点ではほとんど同じ。母親なのだろうか……と考えていると横槍が入る。


「おいオマエ……」

「――、ロイか。びっくりした」

「なんだあれ」

「俺も聞きたかったところだ。あれはミアの母――」

「何じゃあぁ!あのでかおっぱい!!」

「………………」


 突然来たと思えばステージを指差してくだらないこと言いやがるロイに嫌気がさして基本的に無視でいこうとコウキは思った。ついでに股間を強く膝蹴りして黙らせた。


 その光景を他所にミルは話を続ける。

 衝撃は言葉の後にやってきた。


「実は毎年恒例の交流イベントをやってて、それの審判できてまぁす。それが新入生主席とカーディナルの下剋上げこくじょうなんです。簡単に言うと……斬り合ってもらいまぁす」


 間違いなく、全ての生徒が意味を理解するのに時間を要しただろう。このおっとり口調から漏れると思えないエッジの効いた言葉に、コウキは二度見をした。ついでに二度聞き直しもしたいと思った。


 新入生主席の下剋上イベント。

 間違いなくそう言ったのならそれは入学初日から全校生徒のトップと戦うと言うことで、下剋上の意味が正しいのならば――、


「つまり、初日からカーディナルになれる可能性を与えまぁす」


 新入生一同、驚きの声で溢れかえった。



××××××××××××××××××××



 ――普通に考えれば無理な話だと思う。


 どうしてこんな公開処刑のようなイベントを行うのだろうか。

 誰に徳があるのだろうか。数多生徒の上に君臨する天上に最も近い学生、それらと本日加護を授かっただけの生徒。どれだけ成績が良くても結果は明白だ。やるまでもない。論理的ではない。


 コウキは心の中でボソボソと呟きながらロイと葡萄ジュースを飲んでいた。音楽は止まり、交流会は賑やかな人の声だけが響いている。最早クラス毎の振り分けは意味を成さず、好きな場所に好きな人同士が集まっている。


「何とか言ったらどう、ロイ」

「ゥボクは…….塵になりたぃ……」


 物理的にも真っ白のロイが膝をつき落ち込んでいる。

 演説後の自由時間に300人近くにフラれ、殴る蹴るの暴行を受けた挙句抜剣され半殺しになっだ後だ。


白色ブロン狙いすぎて白くなったか」

「上手いこと言ってんじゃねえよぉ!!ボクの青春、もう……嗚呼」


 そんな彼を放っておいてコウキは時間を待つ。

 今は交流会の下剋上イベントに向けて裏方の先輩たちがテーブルを移動したり等の準備中だ。あと10分程度で始まるらしい。なんだかこういった空気は無関係の自分でも緊張してしまう。


「おいアン……コウキ」

「よく言えたねキオラ」

「馬鹿にするな。学はある方だ」

「そう言う問題か?」


 彫刻と化したロイを横目にぼーっとしていると、近くから金髪の不機嫌系イケメンが現れた。本日三度目相変わらずの無表情、そして目の奥を覗くかのような鋭い視線が特徴的だ。


 それよりもキオラは隣に女子生徒を連れている。

 何だ案外やるやつなんだなとコウキが思っていると、察しの良さからすぐに訂正がある。


「想像してるのとは違うだろうな」

「まだ何もいってないけど?」


「語るのは何も言葉だけではない。彼女は双子の妹だ」

「キオラ、兄妹いるのか?グェン教頭が出現した時より驚いた」

「心外だな」


 キオラの隣にいた女子生徒は金髪に緑の目という特徴はあるものの、顔のパーツは兄と似ていなかった。


 ざっくり切った前髪に緩くカールした金髪ロング、ハートの髪留めと着崩した制服にチョーカーやガーターベルトを付けたパンキッシュな見た目だ。ボタン一つ開けることの無さそうなキオラとは正反対のファッションをしている。


 何となくキオラの方を見ていると、隣の妹と目が合って会釈をする。


「ういっす!……やっぱ君かぁ、お兄ぃのお友達ってのは!」

「そうです」 「違うな」


「あはは、息ぴったり!あんま兄が人のこと喋ることないんだよね!何か選定式の時、君が闇タイプって分かった途端“どうせその程度だとは思っていたが”とか言い出しちゃってさぁ」

「そういや、同じクラスになったらとか言ってたな」

「あーやっぱ?お兄ぃに限って他人の行く末興味ないと思ってたから楽しくってさ!あはははは!面白いあだめ死ぬ」

「妹にすべての感情持ってかれてるぞキオラ」

「心外だな」


 コウキはこんなに笑われて尚無感情が貫けれるのもまた特異体質だなと思った。

 同時に明るい妹がいることに少し安堵していた。


「あーうけるおなかいたい、あっそうだ!アタシはテイナ!テイナ=フォン=イグニカです!よろしくアオイコウキ君!」

「あぁ、よろしくね。コウキでいいよ。……オホンッ、邂逅のよしみだ。今回の選定で同じ階級になった暁にはライバルとなろう」

「しぬ」

「不躾だ」


 テイナが笑いながら兄の肩をバンバンと叩く。

 尚も真顔で注意するキオラに少々申し訳なさを感じながらも楽しいひとときが繰り広げられていく。

 しばらく談笑したあと、キオラが話を切り出した。


「実は妹のクラスはノアールだ」

「あ、そうなの?キオラはブロンだよね」

「そうだ。つまり僕の管理下に置くことはできない」

「なるほどな……何となく察したよ」

「えっ今のでわかるの?言葉足らずの兄なのに」


 驚いた表情でテイナが聞くと、キオラは「コウキの察しの良さは人並み以上ではある」と評価する。人を褒めることにまた驚くテイナは忙しそうだ。


「確かお家が真面目だし、話し方からするとブロンではなくノアールに行く妹が心配……というか、ちゃんと管理するよう家族から言われてるとかだろう」

「えまって凄いほぼ全問正解……」

「そうだ、だから妹を頼みたい」

「意外だな、頼み事なんてしないのかと思ってた」

「背に腹はかえられん」


 キオラが真面目に呟くと、察したコウキは「まかせろ」とだけ伝えた。キオラが同期ということはテイナも同じ歳。環境が整った家柄だろうから庶民上がりに何ができるかまでは分からないが、気にかけてみることにした。


「キオラ、頼ってくれてありがとう」

「礼を言われることはしていない」

「素直じゃないのが逆に素直だな……」


 そんなこんなで新しい友達ができた。

 こちらもルームメイトを紹介しておこうと、隣で跪いているロイを指差してコウキは二人に伝える。


「紹介するよ、ルームメイトのロイだ」

「………………なんか白いな」


 こればかりは、キオラも驚きであった。


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