第31話 貿易都市ヒフガ⑥

「クラウジウ(ありがとう)」

 ニールがしんみりと答えた

「これからもよろしくな」

 この惑星で、会話が成り立つのはニールとディラだけなのである。異星人の僕にとっては奇跡だった。


 奥に刀身の長い刀が置いてある。中には日本刀のように刀文はもんが現れているものがあった。刀文は”簾”を連想させた。これは山の砂鉄から作った刀のようである。無造作にこんなところに置かれる刀ではない気がする。触れたい衝動が止まらない。

 手に取ると、店主がはなしかけてきた。ニールが購入の手続きをしていて、通訳できないので、魔力を消費して非接触受信通訳を試してみる


「さすがはウメサン様。その刀を最初に御手に取られるとはお目が高い」

「そんなにすごい刀なのか?」

 咄嗟に日本語で答えた。店主は言葉を理解はできていないのだろうが、構わず続ける

「最近の戦士は武器の良し悪しをご自分で判断できないようで、有名な鍛冶場で鍛えられたものや、他人が褒めたものしか選びません。この刀は凡庸な戦士には良さがわからないでしょう。

 手前はこの刀を最初に手に取る方を観察しておりました。また、刀自身も主人を選ぶといいます。あなた程の腕前の方ならば、お互いの見えない大きな力で引き合ったのでしょう。あなた様を拝見して、必ずこの刀を選ぶと思っていました。そして手前の武器商人の目もまだまだ曇っていないことを確信しました」

 刀を念入りに見ると、店外のどよめきが起こるのが分かった


「異国の鍛冶場で鍛えた刀です。刀匠は他の店では買い取ってくれなかったといっていました」

 歴史に関する書籍は好きで、若干ではあるが刀の知識はあった。

 ニールが驚かせるためか、不意に腕を組んできたので通訳を頼んだ

「ご主人はこの刀の凄さが分かるのだな」

「はい、あなた様がブンゲよりも断然強いことも今、分かりました。

 どうでしょう、この刀を譲る代わりに、ひとつ手前どもの依頼を受けて頂けないでしょうか」

「依頼?」

「手前共の店で、絵に心得のある者を雇っております。その者にウメサン様とニール様の絵を描かせて店に飾らせて頂きたいのですが、お受け頂けないでしょうか」

「やる、喜んで受ける」

 即座にニールが答えた。僕に相談はなかった


「クラウジウ(ありがとう)」

 店主は答えた。店主が少年の面影の色濃い小僧を呼ぶと、躊躇なく絵を見せてくれた。短時間で描いたとは思えない画像が目に飛び込み、視線は釘付けになる。

 脇差しをつけ、杖を掲げるニールが描かれている。色は黒だけなのだが、ニールの杖は鮮明に青に見える。僕は先程の刀を構えている。絵の自分に凄まじい殺気を感じる。この画家は武器屋で働かせるのは勿体ない素晴らしい腕前だ。そして、店主はかなり早い段階でこの刀の所有者が僕になることを予想していたのだろう。


 ニールはしたたかで、この天才画家に明日取りに来るのでデッサンをもう1枚描くことを交渉していた。よく考えればニールは精神系の魔法を得意としている。人の能力を読み取る力も長けているのかもしれない。


 こうして僕は、異国の名刀を入手することができた

「あの刀匠もあなた様に迷わず選んで頂いて苦労が報われますね。もっとも、この刀はあと5本仕入れていて、ウメサン様ご使用の刀ならば10倍の価格でも売れますからね。手前も笑いが止まりませんが」

 質実剛健にも見えるが相当な商売上手だ。腹の内は今ひとつ見えないが、頭の良い人間は好きである。たとえ謀られたとしても楽しい余興だったといつか笑えればそれでいい。


<つづく>

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