水樹と雨宮

Nale

運命というほどではないけど

第1話


 桜が咲いていつのまにか散り落ちて、新しい環境で何か変わると思っていたけれどそんなことはなくて。

 つまりまあ、うん。高校生になったからと言って今までの15年間とは全く異なる世界が広がっているなんてことはないわけで。


 「それでねー……って、ちょいちょい雨宮聞いてる?」

 「聞いてる聞いてる」


 授業と授業の隙間時間に数名の友達もどきと、内容が全く入ってこない話をする。何故もどきかというと、多分私が心の底から友達だとは思っていないからだろう。

 というか友達ってなんなのだろうか。ふわっとした言葉で定義なんてのがあるのかわからないし、答えを持ち合わせている人なんていないではないだろうか。

 答えっぽいなにかがあるとしたら、友達と思った瞬間から友達になっている、だろうか。うーん、あんまりしっくりとこない。

 外面だけは取り繕いながらこんなことを思う私は、きっと薄情な人間なのだろう。

 でも仕方ない。いつからこうなってしまったのかはわからないけど、私は今までこうやって生きてきたのだから。

 それを直すには多大な労力が必要で、きっと疲れる。つまり言葉にしてしまうとそう、面倒ってやつだ。

 それに別に悪いことじゃないと思う。他人が何を考えているかなんてわかりはしないのだから、いっそのこと外面だけ良くして程よい距離感を保って生きていくのが賢い生き方ってやつではなかろうか。知らないけど。


 「あっ、私飲み物買ってくるけどなんかいる?」

 「あーじゃあ私コーラ!」

 「緑茶!」

 「ミルクティー!」


 おいおい遠慮ってものがないのかいこの子達は。まっ、いいけどね。

 しかし2本の手だけで足りるかな?まあ大丈夫か、いざとなったら脇にでも挟めば問題なしだ。

 どっこらせと大袈裟に椅子から立ち上がり、財布を手にして教室を出て行こうとした時、ちょうど同じタイミングで入ろうとしてきた女の子とぶつかってしまった。


 「あっ、ごめん!」

 「……別に」


 相手は特に気にしていない、というよりさっさとこの場から去りたいように見えた。

 その証拠に私の横をするりと抜けると何事もなかったかのように教室の端の席に向かっていく。  


 ああそうだ、あの子私のクラスメイトだ。

 すごく綺麗な子で、可愛いというより美人って言葉が似合うと思う。実際、みんなが彼女のことをクールな美人だと話題にしていたことがあった気がする。

 名前は確か……あれなんだっけ?佐藤?田中?うん、絶対忘れてる。

 それも仕方ない、接点なんて今の一瞬の邂逅くらいだからだ。

 私の席は後ろの方だから視界に収まることはあったけれど、あの子が誰かと話しているのを見たことがないし、なんなら授業中にいないときもそこそこあった気がする。


 ──まっ、いいか。

 すぐに思考をすることをやめて自販機がある一階に向かっていく。

 こういう、他人に対して興味を深く持たないところがよくないところなんだろうなぁなんて、他人事みたいに思いながら。

 



 大してちゃんと聞いていない授業が終わり、友達もどきたちからの帰りの誘いをやんわりと断って教室を出る。

 改めて思うと友達もどきって響きは良くない気がする。うん、これからは友達(仮)としよう。

 放課後の喧騒を感じながらなんとなく振り返ると、教室の一番端にあの子の席が視界に入る。主人をなくした木製の椅子は哀愁すら感じて、風で膨らんだカーテンが覆い被さる。

 昼休み頃まではいた気がするけど、いつの間にいなくなったのだろう。思い返すと放課後までにあの子が教室に残っているのをあまり見たことがないかもしれない。

 多分、今までその存在をほとんど認知していなかったせいで逆に気になるのだろう。学校生活数ヶ月目にして授業をしっかり受けないとはなかなかの不良のようだ。

 ……まっ、どうでもいいか。

 急に冷たいものが心に沁みて思考を止める。

 さっさと帰ろう。

 

 私たち一年生の校舎は4階にあるせいで少し大変だ。

 母親によると私は少し抜けてるところがあるらしいので、転ばないように手すりを擦りながら階段を下る。

 

 「それにしてもあっつー」


 夏はどうしてこう暑いのか。いや、暑いから夏なのか?どちらにしても暑いのは苦手だ。さっさと冬になって欲しいと思うが、寒くなったらなったで早く夏になれと私の場合はわがままを言いそうだ。

 うん、なるならやっぱり春か秋がいい。

 

 少しして2階に差し掛かったとき、ポケットに違和感を感じた。何事かと思った瞬間急に重量が減り、ようやく財布が落下したのだと認識できた。

 どうやら手すりの外に落ちたらしく、そのまま1階の階段裏に隠れてしまったようだ。

 ため息を吐いて階段を再び下る。母親が言うようにどうやら私は抜けてるらしい。

 そうして一階に着き財布が落ちてるであろう場所を見ると、無い。


 「あれ?ここに落ちたような……あ」

 「あ」

 

 少し進んで狭い空間を見渡すと、そこには私の財布を持ったあの子……あの不良少女がいた。


 「いや、その、別に取ろうしてたわけじゃ」

 「ああいや、わかってるわかってる。急に上から物が落ちてきたら気になるもんね……それで、えっと……ここで何してるかって、聞いても?」

 「……ただのサボり」


 なんともまあ清々しい答え。

 昼頃から今までサボっているのなら家に帰ってもいいのではないかと思うのだが、変なところで真面目なのか、それとも家に帰りたくないのか。

 いやまぁ私には何の関係もないことで、余計な詮索をしたりあれこれ考えを巡らせるのは無意味なことだろう。


 「その……はい、どうぞ」

 「あ、うんありがと」


 淡々とした会話だ。

 きっとこの財布を受け取って別れたら、この子とは特別何も生まれないだろう。

 今まで通り何の接点もないまま時が流れ、気がついた時には今日の出来事も忘れている。

 ただのクラスメイトとして最後まで名前を覚えることなく卒業して、記憶の片隅にすら残らない。

 人間関係を構築するには少なくとも一方の関心が無ければ成立しない。この子はそういう関心を持つことはないだろうし、持たれないように生きているような気がする。


 そんな彼女の生き方が、ちょっとだけ羨ましい。


 私と彼女は違う。

 希薄な表面だけの関係を構築して、自分を消費して疲労する。かと言って独りになるのも嫌だから来るもの拒まずの姿勢を貫くけれど、面倒なことには変わらないわがままな私。

 本当の友達を作るためには自己を曝け出さないといけないけれど、そうしたら自分が傷つくかもしれない。私はきっと、臆病なのだ。


 「ねえ、あなた名前は?」


 だから私は彼女に歩み寄ろうと思った。

 独りが嫌なくせに人付き合いが面倒な私と、他人に関心を示さない彼女。きっと彼女は私に心を開くことはないし、私の心を開こうともしてこない。

 彼女は私を傷つけない。けど私が彼女の隣にいても、彼女は私を遠ざけたりはしないだろう。


 「……水樹だけど」


 薄暗く少しひんやりとした空間が、やけに特別に感じられた。



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