強くなる為に


 その日の狩りを無事に終え、そこそこの収益を確保したことに喜ぶセリーヌとセリーヌがサメの魅力にハマりつつあることを確信し喜ぶアリイは翌日も冒険者ギルドを訪れていた。


 予定ではあと三日程はこの街に滞在するつもりである。多少の仕事をやって、聖女と勇者は人を救うんですよというアピールをしておかなければならない。


 アリイとしては“別にいらないんじゃ”と思ってしまうが、セリーヌはこういうのところで小さな努力を欠かさなかった。


 その理由が、保身の為でなければアリイもう純粋に感心していた事だろう。


「お、勇者様、聖女様今日も来てるんだな」

「む?おぉ、少年ではないか。少女も久しいな」

「お久しぶりです勇者様、聖女様。すいません、どうやらこのバカが昨日もご迷惑をおかけした様でして........」

「いえいえ。気にしていませんよ。元気なことは良いことですから」

「元気が良すぎるのも考えものですよ。全く........昔からこんな感じだから一緒にいる私が大変で仕方がありません」


 ワイワイと会話を始めるセリーヌとカナン。


 女の会話というのは基本的に長い。それを知っているアリイは、しばらく暇になりそうだなと思うとルーベルトに話しかけた。


「昨日はどのような依頼を受けたのだ?」

「ブラウンウルフの討伐だよ。下級魔物の中では弱い方かな。俺としてはもっと強いヤツと戦いたいんだけどさ。カナンが絶対に許してくれないんだよ」


 少し不満そうな顔をしながらも、どこか納得している様子のルーベルト。


 アリイはそんなルーベルトの始めてみる表情に、興味を引かれた。


「ほう。そういう割に、あまり不満がなさそうに見えるな」

「俺の父さんは冒険者で、よく俺にこう言ってたんだ。“身の丈にあった敵を選べ。相手が強いなら逃げろ”ってね。人は死んだらそれまでだから、死ぬような真似だけは絶対にするなって口うるさく言われたよ」

「中々いいことを言う父ではないか。その教えが、今の少年を形作っているのだな」

「そう言えるかもね。でも、父さんは最後の最後で無茶して死んだよ。村を襲ってきた魔物から俺達を逃がすためにね」


 ルーベルトはそう言うと、父の形見であるナイフに手を置く。


 ルーベルトの父は家族を守るために死んだ。魔物に致命的な一撃を与え、村を守り朽ち果てたのだ。


 今も尚、ルーベルトの父は英雄として村にその剣が突き刺さっている。


 そしてルーベルトは、そんな英雄とされた父に、英雄に憧れたのだ。


「それは済まないことを聞いた。悪かった」

「気にしてないさ。父さんは偉大だった。それだけの話だよ。それに、悲しむ時期はもう過ぎてる。なぁ、勇者様。俺は馬鹿だから聖女様や勇者様が言っていたことがよく分からない。俺には何が足りないんだ?強さか?それとも別の何かか?」

「フハハ。考え、分からなければ答えを聞く。それもまた正しき姿だが、時として自分の中で答えを見つけ出さなくてはならない時もあるのだよ少年。我の口から、その答えを伝えることは無い。悩み、自分なりの答えを出すのだ」


 答えを与えるのは大人の役割だが、時として子供が自分でその答えに辿り着かなくてはならない時もある。


 道筋はある程度示してあげたとしても、決してその口から答えを言ってはならないのだ。


 やっぱり教えてくれないかと思ったルーベルトは、腕を組みながら頭を悩ませる。


 が、今答えが出るならそもそも悩んでない。結局、彼は答えに辿り着くことは出来なかった。


「んー........難しいな。こういうの難しい話は苦手だよ。全部カナンが何とかしてくれてたからかなぁ?」

「フハハ。ならば、少女がやってくれていたことを少年もやってみるといい。もしかしたら、見えぬものが見えてくるかもしれんぞ?」

「なるほど!!確かに!!それなら今から依頼を........いや、カナンに怒られそうだし、ちょっとづつでも手伝ってみるよ。カナンには嫌な顔をされそうだけどな」


 ルーベルトはニッと笑うと、そう言う。


 確かにルーベルトは頭は良くないが、最低限の物事を考えるだけの力はあるようだ。


 もう少し成長出来れば、本当に世界の英雄たる日が来るかもしれない。


 アリイはそんな小さな少年の未来を楽しみに思いつつ、どうせ暇なのだからという事で1つ提案をする。


 それは、前の世界にいた時ならば誰もがうやらむ(魔族限定)提案であった。


「フハハ。これも何かの縁だ。我が少しだけ少年を鍛えてやろう」

「本当か?!俺もなんかよく分かんないけど、ゴブリンの頭が吹っ飛ばせるぐらいになるのか?!」

「それは少年の頑張り次第と言えるだろうな。急激に力を得ることなど、禁忌の力に触れない限りはか有り得ぬ。ゆっくりでも着実に歩むことこそ、強さへの近道となるのだ」


 アリイはそう言うと、ルーベルトの背中に手を置いた。


 それから教えるのは、基礎中の基礎。魔力の使い方だ。


 全ての生命に魔力は宿るが、それとどれだけ扱えるのかはその者次第。


 ルーベルトは、肉体の鍛錬は欠かさなかったように見えるが魔力鍛錬に関してはからっきしである。


 アリイは、出会ったその時から見抜いていたのだ。


「少年は、魔力の扱い方があまりにも杜撰すぎる。もっと丁寧に魔力を運用するように心がけろ」

「魔力?まさか、魔法を使えって言うのか?俺も昔試したけど才能がなかったのか使えなかったぞ」

「魔法なんぞ要らん。魔法はあくまでも現象を起こす術であって、それが強さの全てに直結する訳では無いのだ。我がゴブリンの頭をはじき飛ばした時、我は魔法など使ってはおらぬ」

「え?じゃぁ何をしたんだ?」


 目が良すぎるセリーヌにはアリイがデコピンで魔力を飛ばす瞬間を捉えることが出来るが、ルーベルトにもそれを求めるのはあまりにも酷だ。


 セリーヌは、アリイの目から見ても人間かどうかかなり怪しい部分がある。


 ルーベルトがただの魔力飛ばしを魔法だと思ってしまっても仕方がない。


「ただ魔力を弾いただけだ。魔力の扱いに慣れれば、誰でも出来る攻撃方法なのだぞ」

「え、そうなの?魔力を体から切り離した攻撃ってのは、魔法じゃなきゃ無理って聞いたぞ?」

「フハハ。それはそいつらの魔力の扱いが杜撰なだけだ。魔力をしっかりと練り上げる事が出来ていないだけに過ぎない」


 世界は異なれど、法則は似ている。セリーヌの魔力でもアリイと同じことが出来る事は既に確認済みのアリイは、そう断言した。


 常識に囚われてはならない。いつだって時代が動くのは、非常識な考え方を持った者たちの出現なのである。


「体内に存在する魔力を意識しろ。目を瞑って、自然体で体の力を抜き己の中を見つめるのだ」

「お、おう」


 ルーベルトは言われた通り魔力を意識する。


 この世界では魔力は水のように例えられることが多い。サラサラと体内を循環する魔力。


 魔力を練り上げるという事は、その水の粘度を高めることだと言われている。


 セリーヌからその事を聞いていたアリイは、その例えに則ってアドバイスを続けた。


「魔力は水だ。先ずは、その水を限界まで早く動かしてみるといい」

「........うっ、全然できない」

「フハハ。だろうな。分かるか?少年は自分の魔力すらも思うがままに動かせていないのだ。しかも比較的簡単に操れる体内ですらな」

「........これができるようになると、強くなれるのか?」

「魔力を使用する際の威力が上がるし、必要な時必要な分だけ取り出せる。つまり、全体的な効率が良くなるのだ。これだけで、かなり強くなれる。魔力とは己の力にして根源。それを思うがままに操ることを意識してみるといい」

「なるほど........ちょっと最後の方はよく分かんなかったけど、とにかく魔力を思うがままに動かせたらいいんだな?よし!!今日から毎日特訓だ!!」


 元気にそう言うルーベルト。


 アリイは“若いっていいな”と思いながら、セリーヌ達の会話が終わるまでもう少しアドバイスをしてあげるのだった。

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