ヒールクの街

小さな出会い


 レーベスの街を後にし、ヒークルの街を目指して旅を再開したアリイとセリーヌ。


 その旅路に大きな障害などは無く、順風満帆な旅路と言えるものであった。


 本来ならば大量に背負わなけれならない荷物も、アリイの魔術によって簡単に収まる。


 あとはただただ歩くだけ。聖都からレーベスの街に行く時のように、盗賊に襲われることもない。


 が、そんな順調な旅の中にも少しばかりのアクシデントは発生する。


 アリイとセリーヌは、そんなアクシデントに対処していた。


「これを持ち上げれば良いのですか?置く場所はどこにいたしましょうか」

「そ、それはあそこに置いていただければ........」

「分かりました。よいしょっと」


 村を幾つか経由し、そろそろヒークルの街が見えてくるであろう頃。


 アリイとセリーヌは、脱輪してしまった行商人の馬車の撤去を手伝っていた。


 どれだけ丁寧にメンテナンスしていようとも、物と言うのはいつかは壊れる運命にある。


 この行商人とその護衛を任されていた冒険者パーティーは、ただ運がなかっただけだ。


 セリーヌは可愛らしい掛け声とともに、馬から切り離された馬車を一人で持ち上げる。


 中には商品も入っているとの事だったので、できる限り揺らさないように丁寧に持ち上げた。


「すげぇ........聖女様の噂は耳にしていたが、歴代最強と言われるだけはあるな........」

「力自慢のルーベルトですら、ビクともしなかったのにあんなに軽々と持ち上げられるなんて........」


 もちろん、馬車は壊れているとはいえと人一人が軽々と持ち上げられるものでは無い。しかし、それをいとも容易くできてしまうのが、セリーヌと言う存在である。


 護衛の為に依頼を受けていた2人の冒険者は、奇跡を見ているかのように目を見開いてその様子をじっと見ていた。


「よいしょ。ここでいいですかね。それにしても、これでは街に行けないのではないでしょうか?」

「フハハ。軸からポッキリ折れている。随分と丁寧に、大切に使われた形跡があるものの、物も月日には敵わぬようだな」

「すいません。聖女様。アリイ様。私のような一介の行商人のために、お手を煩わせてしまって」

「構いませんよ。これもきっと、神のお導きですから」


 この国で最も偉大なる聖女に雑務をさせてしまった事が気がかりで、申し訳なさそうに頭を下げる行商人。


 セリーヌは聖女らしいセリフを適当に並べると、しゃがみ込んで馬車を調べるアリイに話しかけた。


「何をしているのですか?」

「む?これも何かの縁だ。少しばかり手助けしてやろうと思ってな。それに、これほどまでに大切に扱われた物を、ここで放棄するのは心が痛むだろう。愛着が湧いたものと言うのは、中々捨てられないものだ」

「直せるのですか?」

「フハハ。我を誰だと思っている。我は──────」


 魔王だぞ。


 アリイはそう言いそうになって慌てて口を噤む。


 確かにアリイは魔王である。しかし、この世界では人類を救う英雄にして勇者なのだ。


 間違っても、宿敵の名を名乗ってはならない。


 アリイは数秒の沈黙の後、言うべき言葉を放つ。


「────勇者なのだぞ?」

「........そうですね。勇者様ですね」


(今、絶対“魔王”って言おうとしてた。絶対言おうとしてたよこの人)


 セリーヌはアリイに注意したい気持ちを抑え、勇者という言葉を強調しておく。


 アリイがこの世界に来てまだ二ヶ月弱。適応力がいくら高いからと言っても、長年使ってきた名前を言いそうになってしまうのは仕方がない。


「な、直していただけるのですか?」

「フハハ。直してやるとも。ここで出会ったのも何かの縁だしな。それに、勇者の仕事は人助けだ。これが我の仕事よ」

「ありがとうございます!!」


 心の底から嬉しそうに頭を下げる行商人。


 その顔は、中の商品が売れなくなってしまう損失を回避出来た喜びと言うよりは、大事に使っていた馬車を捨てずに済むと言う安堵に見えた。


 きっと彼は商人に向いていない。だが、彼は人として大切な心を持っている。


 アリイはそんな行商人の在り方に感心したから、手を貸すのだ。


 これが、金に目がくらんだ亡者ならば、きっとこの場で別れを告げていただろう。


「今日はここで野宿ですかね。予定が少し狂いました」

「フハハ。予定通り進む旅などあるわけないだろう?波乱に満ちた旅はごめんだが、このぐらいの寄り道ぐらいあった方が楽しいでは無いか」

「そう思うのはアリイ様ぐらいですよ。私は、安定を求めますから。それにしても、馬車を直せるのですね」

「世界が違えど、道をゆく技術はそう対して変わらんらしい。多少は違うだろうが、動かせる程度には直せるぞ」

「誰かから教わったのですか?」

「........ある者に助言されてな。“王たるもの、全てに精通し全てに対して知識を深めなければならない”と。当時は戦争も比較的落ち着いていて、仕事も少なかったからその助言に従って色々と試していたのだ。そのお陰で、兵士たちの苦労は身に染みて感じたな」


 アリイはそう言いながら、亜空間から加工された木の棒を取り出すと馬車を弄って直していく。


 魔術を使いながら器用に木の形を変え、車輪にあった大きさに削っていた。


「側近の方ですか?」

「いや、もう会うこともない者の話だ」


 もう会うことのない者。それはつまり、既に天へと旅立った者であるということ。


 セリーヌは自分の失言に気がつくと素直に頭を下げる。いくら相手が異世界の魔王だからと言っても、故人に触れてしまうのは厳禁だ。


「........失礼しました」

「もう過ぎた事だ。我は気にしていない。と言うか、謝れるだけの心はあるのだな。我はそっちの方に驚いておるぞ」

「アリイ様は私をなんだと思っているのですか。私だって、天へと召された人の話聞けば多少気を使いますよ。私はアレですか?空気の読めない社会不適合者とでも言いたいのですか?」

「フハハ。割と思ってる」

「ぶっ飛ばしますよ」


 グッと握りこぶしを作り、アリイに見せつけるセリーヌ。


 そんなセリーヌを見て、アリイは静かに笑う。


「フハっ........そんな殺意の無い拳で我は殺せんよ。さて、我の方はまだ時間がかかる。セリーヌはお主に憧れの視線を向ける少年少女と野宿の準備でもしてくるといい。物資は出しておこう」

「はぁ。そんな憧れを向けられるほど、できた人間では無いのですがね」

「フハハ!!全くだ。こんな人間に憧れたら最後。ロクな人間に育ちはしないと言うのにな」

「買いますよ?その喧嘩」

「そういうところだぞ?セリーヌよ」

「うっ........」


 ニヤニヤとしながらセリーヌを煽るアリイ。


 セリーヌはこれ以上の会話は疲れると判断して、アリイがこっそり出した物資を受け取ると野宿の準備に入る。


 そんな背中を見つめていたアリイは、壊れた馬車に視線を戻すと誰にも聞こえない小さな声で遠く離れた場所にいるであろう者に話しかけた。


「一瞬、貴様とセリーヌが重なって見えたわ。姿も違えば中身も違う。性格はセリーヌの方が悪いし、身長だって小さいはずなのだがな」


 その言葉に誰かが言葉を返すことは無い。誰かが聞いている訳でもない。


 ただの独り言。


 しかし、アリイは誰かに話しかけ続ける。


「いつの日か、我もそちらへと行く。その時は、この世界での話でもしてやろう。魔王たる我が1人の少女にいいように使われる。そんな、荒唐無稽な旅の話をな」


 アリイはそう言うと、馬車を直し続けるのだった。

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