シメシメ


 第三階層でトラップを踏んでしまったアリイだったが、所詮出てくる魔物はオーク。


 既に両手では数え切れないほどのオークを殺してきた異世界の魔王に、オーク達が束になろうとも敵うはずもなく塵となって消えてゆく。


 そして、全ての素材を回収し終えたアリイはセリーヌの元へと戻ってきた。


(フハハ!!遊んでおる。遊んでおるぞ!!)


 セリーヌの元に戻ってくると、三匹のサメとセリーヌの姿が見える。


 そこでは、サメとセリーヌが楽しそうに遊んでいた。


 人懐っこいサメ達は、セリーヌに撫でられると一気に心を開き、ヒレをパタパタとさせながら純粋に喜ぶ。


 そこまで大きくなく、可愛らしい姿をしているだけあってセリーヌも徐々にサメの魅力を理解していた。


「ゴフー!!」

「水魔法が使えるんですね。サメさんは凄いです」

「ゴフー!!」


 もしここに、アリイのいた世界から来た者がいれば、その目を疑うだろう。そして、きっとセリーヌを恐れるはずだ。


 アリイの世界ではサメは絶望の象徴。ありとあらゆるものを食い千切り、幾多の生命を奪ってきた化け物なのだ。


 そんな化け物と仲良く遊ぶ少女を見て、恐れないはずもない。


 しかし、この世界ではサメと言う種族はあまり知られておらず、更にはアリイよりもこの世界の魔王の方が存在が知られているため恐怖の対象とはなり得ない。


 一切の偏見もなく、サメと触れ合えばその魅力に引き込まれるのもやむ無しだ。


 特に、自分に懐いて危害を加えないとなれば。


 アリイは内心ものすごくテンションが上がりつつも、ここで自分が一気に魅力を伝えて相手を引かせてしまってはいけないと細心の注意を払う。


 魅力の一端は教えたのだ。後は、徐々に徐々にその沼に入り込んでゆっくりと沈み切るのを待つのである。


「フハハ。随分と楽しそうだな」

「思っていたよりも可愛いです。第一印象は凄まじく衝撃的でしたが、こうしてみると可愛いものですね」

「そうであろう。そうであろう。我の友達は可愛いのだ。仕事で疲れた時は、いつも癒してもらっていたな」

「仕事ですか........魔王の仕事とはどのようなものなのですか?」


 セリーヌはそう聞きながらも、サメを撫でる手を止めることは無い。


 アリイは、この調子でもう少しサメと触れ合わせる時間を作るかと思うと自分の過去の話を少しだけすることにした。


 どうせこの場ではセリーヌ以外に人は居ないのだ。多少愚痴の混ざる話をしたとしても、異世界に置いてきた家臣達に話が伝わることは無い。


「魔王の仕事は多岐に渡る。予算やら税の管理や道の整備に街の発展。状況に応じて戦場へ赴き暴れ、更には兵士達の様子を見て改善案を考える。とにかくやる事が沢山であったな」

「私とは大違いですね。私なんて聖女のフリして愛想を振りまくだけでいいんですから」

「フハハ。それもそれで大変だとは思うがな。我も一国の王であり、人気商売な所はある。そのため、打算込みで街の人々と付き合ったりはするからな。あまり下手に出すぎると問題だし、だからと言って偉ぶる訳にも行かん。その塩梅が難しいくて大変だった記憶があるぞ」

「孤児院でのお話も、そのような打算があったのですか?」

「ん?あれは我の趣味だ。後は罪滅ぼしみたいな部分もある。そういう点で言えば打算があったとも言えるな」


 孤児になる子供には多くの理由があるが、その中には戦争によって親を失った子供もいる。


 アリイが治める国なのだから、戦争で親を亡くした責任はアリイにあると言えるだろう。


 アリイは、その罪滅しも兼ねて、孤児院の面倒を見ていたのだ。それでも、趣味の方が度合いで言えば強いが。


(つくづく、私の思い浮かべる魔王とは違いますね。人格者過ぎませんかこの人。リンちゃんが魔王軍に襲われた時もかなり怒っていましたし、本当に優しい方なんですよね........)


 だからこそ、“人類を滅ぼす”という発言に違和感を覚えてしまう。


 理由は聞いた。しかし、それだけでは無い気がする。セリーヌはそう思いつつも、話を続けた。


「内政は私はさっぱりなので分かりませんが、やはり大変なのですか?」

「滅茶苦茶大変だぞ。我が絶対的な権力を持っていたらともかく、我の国は王の力をあえて弱めていたからな。様々な意見が出て、皆ができる限り納得できるような政策をせねばならん。全く、代案も出さずにグチグチと文句を言う老害共を何度殺してやろうかと思ったことか........」


 割と本気でイラッとした顔をしながらブツブツと文句を言うアリイ。


 セリーヌは“こんなアリイを見るのは初めてだ”と、少し新鮮な気持ちになりながらも続きの話を聞く。


「王の権力が弱かったのですか?」

「弱かった。というか、あえて弱くしていた。ぶっちゃけ、楽をしたいなら我の権力を強めた方がいいのだが、それだと我が死んだりこのように消えた時に国が滅ぶ可能性があったからな。権力の席とは誰もが欲しがるもの。王の地位をあえて弱くする事で、王が消えた時に無駄な争いごとを避けようと考えたのだよ。それでいながら王が最終的な決定権を持つ。ここら辺も、いい塩梅を見極めなければ大変なことになるだろうな」

「王が弱ければ反乱が起きますからね」

「1度だけ反乱が起きたぞ。我がまだ魔王となって間も無い時にな。もちろん、反乱者達は皆殺しにしたが」

「多少のおイタは許されるでしょうが、流石に反乱は許されませんよね。仕方がないです」

「フハハ。そこは“慈悲の心は無かったのですか?”と聞くべきだろう?」

「反乱者に慈悲の心を与えて何になるのですか?その者の心の広さが知れるぐらいでしょう。一度裏切った者は、二度三度と裏切ると相場が決まってますよ。敵が増えるぐらいなら、殺します」


 一瞬、スッと目から光が消えるセリーヌ。


 サメを撫でる手も一瞬止まり、そしてまたサメの頭を優しく撫で出す。


 サメは“この手も悪くない”と思いつつ、大人しくナデナデされるだけであった。


(こういう所が聖女らしくないのだが、まぁ、合理的判断ではあるな。面倒事を後から持ってきそうの者を生かす価値などない)


「アリイ様はそこら辺の塩梅がお上手だったのですね」

「フハハ。まぁ長年やっていれば自ずと身につくものよ。その隣で我を見ていた側近も、上手くやってくれるだろう」


 アリイと会話するとよく出てくる“側近”の名前。


 その名前を出した時だけ、アリイはどこか自信のありそうな顔をする。


 セリーヌは興味本位でその側近のことを聞いてみた。


「随分と信頼しておられるのですね。その側近という方には」

「フハハ。我が魔王となってから、常に我を支えてくれた変わり者だ。このサメたち以外の数少ない友でもある」

「ならば、早く帰らなければなりませんね」

「フハハ!!最初はそう思っていたのだがな。今帰ると怒られそうで嫌だ。側近が怒ると本当に怖いのだ。もうここまで時間が経つと滅茶苦茶怒られることは確定しておるし、もう少し引き伸ばしたい」


(子供か!!親に叱られるのが怖くて家に帰れない子供か!!)


 セリーヌは口には出さないものの、思わず心の中でツッコミを入れる。


 この自由奔放な魔王すらも震え上がらせる側近とは、一体どんな人なのだろうか。


 セリーヌは、アリイの中では自分もその側近と同じ扱いをされているとは知らずに、側近の話を続ける。


「どのような人なのですか?」

「うむ........そう言われると困るな。柔軟で面白いやつか?とんでもない変わり者であることには違いない。ちなみに、男だ」

「へぇ。なんとなくですが、その方とは仲良くできそうなきがしますよ」

「フハハ。我もそう思うぞ」


“お前も変わり者だからな”。


 アリイはその言葉を飲み込んで、ずっとサメを撫でる手を止めないセリーヌを見てシメシメと思うのであった。





 後書き。

 サメの布教が上手くいきそうで超嬉しそうな魔王様。可愛いか?

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