異世界魔王、ダンジョンに潜る


 暗殺者がこの街に入り込み、セリーヌを狙う可能性があるとう話を聞いたアリイ達だが、現状何か出来ることも無い。


 見つけ出して態々絡みに行くほど、セリーヌもアリイも暇ではなかった。


 そんな訳で宿でその日を過ごした翌日。早速二人はダンジョンがある場所へと足を運ぶ。


 冒険者ギルドに立ち寄ると、間違いなく聖女としての面倒事が待っているのが分かっていたのでセリーヌは先にダンジョンに潜ることにしたのだ。


 アリイは“流石に顔を出すぐらいはした方がいいんじゃないか”とは思いつつも、結局のところ冒険者ギルドには顔を出すことになるので何も言わない。


 セリーヌがそう判断したのなら、従うまでである。


「ダンジョンに入る前にも検査があるのだな」

「ダンジョンから冒険者が帰ってこなかった時の確認などに使いますからね。それと、ダンジョンを攻略されてしまう可能性もあるのでこうした検問は必要なのですよ」

「ダンジョンが攻略されるとどうなるのだ?」

「そのダンジョンが消えます。以前言った通り、ダンジョンとは資源庫です。その資源庫を無くされてはたまりませんから、余程の理由がない限りは勝手にダンジョンを攻略するのは禁じられていますよ。故意だろうが不可抗力だろうが、攻略した場合か例外無く重い罪が課せられる事になるでしょう」


 ダンジョンとは一種の資源。そんな資源を消されてしまえば、国としても街としても困ってしまう。


 その為、冒険者ギルドではダンジョンの攻略を固く禁じている。


 もちろん例外はあるが、人が管理するダンジョンは全て攻略禁止だ。


 アリイも上の立場なら同じことを言うだろう。資源というのは、それだけ貴重なものである。


(逆に言えば、ダンジョンを攻略をすれば国の資源を減らし弱体化させる事が出来る。ダンジョンに頼りすぎた統治は、時として自らの首を絞めそうだな)


 アリイはそう思いながら、魔力の塊であるゲートを潜る。


「ほぉ........確かに別世界だな。つい先程まで街の中にいたというのに、門を潜れば森の中。面白いではないか」

「私も初めてダンジョンに入った時は驚きましたよ。話に聞くのと実際に見るのとでは大きく違いますね」


 ダンジョンに入って最初に出迎えたのは、緑溢れる森の中。


 ダンジョンがまるで侵入者を歓迎するかのように、出入口の周辺だけ綺麗に木々が取り除かれている。


 アリイは初めて体験するダンジョンの世界に、感動を覚えた。


 自分の知らない世界には、こんなにも面白い仕組みがあるのかと。


 是非ともその謎を解き明かして、自分の知識欲を満たしてみたい。そんな衝動に駆られてしまうが、寄り道は人類の滅びを招く。


 これから先、またダンジョンに潜る機会もあるだろうし、ダンジョンを研究する人の話が聞けるかもしれない。


 アリイは、取り敢えず興味本位で調べることは諦めることにした。


 何より、セリーヌが怖い。


 異世界の魔王はたった一人の少女に怒られる方が嫌であった。


「さて、早速魔物を倒してみましょうか。このダンジョンに出てくる魔物ならば、たとえ存在そのものを消滅させても素材が残ってくれます。素材のことを考えて魔物を倒す必要がないので、普通の狩りよりも楽ですよ」

「それも聞いたな。一体どんな原理でそんな風になっているのか気になるが、先ずは実際に見て見なければ始まらない。行くとしよう」


 ダンジョンの感動もそこそこに、アリイとセリーヌは森の中へと入っていく。


 ダンジョンは侵入者を排除したがる。少し歩けば、あっという間に魔物が向こうからやってきた。


「グギギ!!」

「グギャ!!」


 緑色の小人。ゴブリン。


 少し前にアリイがフルボッコにしたゴブリンが、勇敢にも異界の魔王の前に立ち塞がる。


「ゴブリンだな。しかし、知能が低い。あの話すゴブリンとは大違いだ」

「魔王から力を授けられたと言っていましたからね。魔王の力を分け与えられたゴブリンと、ダンジョンに出てくるただのゴブリンでは格が違いますよ。まぁ、どこまで行っても所詮はゴブリンなんですけど」

「フハハ。辛辣だな。我らの前に恐れ多くも立ち塞がった蛮勇だぞ?」

「蛮勇と言っている時点でダメじゃないですか。ほら、サッサと倒して次に行きますよ。冒険者ギルドが“もうやめてくれ”と言うぐらい魔物を狩るつもりですから」


 セリーヌはそう言うと、一歩下がってアリイにゴブリンを倒させようとする。


 異界の魔王たるアリイが、ゴブリンの始末を任されるのだ。


 自分を魔王と知りながら、こんなにも態度を変えず面倒くさそうにしている者も珍しい。


 ましてや、何も知らない子供でもない者が、アリイを顎で使うのだ。


(側近が見たら発狂しそうだな)


 アリイはそう思いながら、軽くデコピンで魔力の塊を弾く。


 素材のことは気にしなくていいと言われているので、思いっきり心臓部に魔力を打ち込んだ。


 パァン!!


 威力が高すぎたのか、心臓部どころか全身が弾け飛ぶゴブリン。


 その隣で仲間が死ぬさまを見ていたゴブリンも、同じように全身を弾き飛ばされる。


 そして、僅かに残った手足は塵となって消えていき、残されたのはゴブリンの牙と魔石だけであった。


「なるほど。これは便利だな。魔石がある部分をしっかりと撃ち抜いて破壊したにも関わらず、素材として魔石が残っている。これがダンジョンか」

「不思議でしょう?私も昔、どのような原理で動いているのか気になって魔力の流れを追っていたのですが、全く見ることができませんでした。もしかしたら、ダンジョンは本当に神が作った存在なのかもしれませんね」

「フハハ。確かに魔力の流れが追えなかったな。我らの目を持ってしても分からないとなると、本当に上位の存在が作ったようにも思える。が、もし上位の存在が作ったのならば我らが理解する日は来ないだろうな。文字通り、次元が違う」

「いいお金稼ぎになるので文句はありませんがね。と言うか、もうダンジョンだけでいいんじゃないですかね?そしたら、素材を気にして魔物を殺すなんてこともしなくていいのに」

「こればかりはセリーヌに同意だな。ぶっちゃけ、素材を気にしながら魔物を殺すのは面倒だ」


 アリイはそう言いながら、初めてダンジョンで取った素材を拾い上げて眺める。


 魔石は牙は間違いなく本物だ。どうやって、この場所に素材だけを残したのか不思議でならない。


 そさて何より、便利で楽である。


 世界そのものがこんな仕組みなら、気を使わなくてもいいのにとアリイは考えてしまった。


「ちなみに、外の魔物をダンジョンの中に入れて殺すとどうなるのだ?」

「普通に死ぬだけで地理となって消えることもありません。時間が経てば、誰も見てないところでダンジョンに吸収されるらしいですが」

「フハハ。流石に外の魔物を殺しても素材を落とすという事は無いのか。それは残念だな」

「実際に私がやりましたからね。牙と魔石だけを残すなら、ダンジョンの中で殺した方が解体とかしなくて楽なんじゃ........!!と。当時は天啓が舞い降りたと思ったのですがね」


 はぁ、と肩を落としながらため息をつくセリーヌ。


 まさか本当に試すとは、思っていた以上に行動力があるんだな。


 アリイはセリーヌの行動力に驚きながら、あることに気がつく。


 ダンジョンに潜る際には、検問を通る必要がある。


 そして、生きた魔物を門番に見せれば間違いなく止められてしまうだろう。と言うか、止めない門番が居たらそいつは職務怠慢で首を切られるべきだ。


 では、どのようにしてダンジョンの中に持ち込んだのか?


 おそらく、魔法を使って門番の目を掻い潜ったのだ。


 生きた魔物を街に持ち込むという大罪を、セリーヌは侵しているのである。


(とんでもない聖女だな)


 アリイは口には出さずに静かに素材を空間にしまうのであった。




 後書き。

 大問題児聖女ちゃん。

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