第7話 衝動 side哲夫
嫁がテーブルに広げた不貞行為を裏づける写真の数々。そこにうつるのは歪んだ男女の笑顔だった。それでも愛しくて愛しくて、僕は彼女の横顔を指でなぞる。
「沙智……会いたい」
僕が彼女を初めて見たのは今から8年程前。保育園に長男のお迎えに行ったときだった。彼女の話は嫁から聞いてはいたのだが、こんなにキレイな人だとは思いもよらなかった。華奢なからだにフワリと長い髪、憂いのある大きな瞳。すれ違いざまに、軽く微笑みながら会釈されたその姿が忘れられなかった。
「ただいまぁ〜」
家に帰るとエプロン姿の嫁がにこやかに迎えてくれた。
「おかえりなさい。パパお仕事お疲れさま。お迎えまで行ってくれてありがとう」
「帰りが早いときくらい構わないよ。ママも疲れてるだろうし」
もちろん夫婦仲は良好だ。不倫なんて考えたこともなかった。キレイな栗原さんの存在を知ったとてその気持ちは変わるはずもなかった。
そうあの日までは。
時は経ち、長男は小学校5年生のサッカー大好き少年に育った。僕も嫁も可愛い子供のサッカーの試合が楽しみでふたりで応援に行くことも多かった。
5月下旬。突然決まった隣町の小学校との練習試合。嫁はパートを休めず僕はひとり応援の準備をした。
「ねぇパパ。明日の応援なんだけど良かったら栗原さんも乗せていってくれない?車の調子が悪いらしくてね。ちょうど休みで応援に行けるって喜んでらしたのよ。顔知ってるでしょ」
「あ〜わかったよ。迎えに行くから家の場所聞いておいて」
内心かなり動揺した。今まで意識してしまうあまり、ほぼ挨拶以外会話を交わしたこともなかったからだ。
当日息子達は学校に集合し、コーチと先生の車で移動。僕は栗原さんをアパートの駐車場にお迎えにいき、ふたりで市民グラウンドへ車を走らせた。
「おはようございます。では行きましょうか」
「お世話になって申し訳ありません。助かります」
「いえいえついでですから、お構いなく」
栗原さんの香水がますます僕の鼓動をはやめていた。
「今日はさすがにみなさん応援来れなかったみたいですね。でもひとりじゃなくて良かった」
僕だけに向けられたその笑顔はとても可愛く、白いTシャツにGパン姿が眩しかった。
練習試合が始まり会話はほとんど交わせなかった。汗まみれになり必死に走る子供達。それを見守る彼女もじっとりと汗をかいていた。しかし試合の途中から強い突風が吹きはじめ突然の雷雨。練習試合は一旦中止となった。サッカー部のコーチ浅野さんがわざわざ声をかけに来てくれた。
「せっかく応援に来ていただいたのに申し訳ありません。練習が終わり次第学校まで送っていきますので、子供達のことはお任せください」
どうやら再開のめどがたたない為、隣町の体育館で合同練習に切り替えられるようだ。後ろ髪を引かれつつ子供達に手を振り、僕達は先に帰ることにした。
「残念ですけど、久しぶりに子供の試合が見れて本当に嬉しかったです。ありがとうございました。恥ずかしながらひとり親なのでなかなか休みもとれなくて」
雨にうたれながら栗原さんそう話してくれた。
「あっ。車の中にタオルがあったと思いますので急いで車に乗り込みましょう」
とはいえ市民グラウンドの駐車場は広く車にたどりつく頃には、ふたりともひどく雨にうたれてしまった。雨は止むどころか激しさをました。
「もう少し雨が落ち着いたら出発しますね。これタオル使ってください」
雨に濡れ彼女は白いシャツが体にまとわりつき、いやらしく下着が透け体の線を際立たせていた。
「冷たい雨ですね。少し体が冷えてきた」
意識をそらすように、何か話そうとしたけれどうまく言葉が出てこない。
「ほら。牧さんもすごく濡れてるじゃないですか。タオル使ってください……」
冷たい彼女の指先が僕に触れる。濡れた髪と白い肌、真っ赤な唇。僕の中で眠っていた青年のような野獣の欲望が、心の奥で跳ね起きてしまった。
強い雨で視界は悪く、雨音が響く車内。思わず僕は彼女の手を掴んだ。彼女は驚き大きな艷やかな瞳で僕をみた。そして口元を緩ませ恥ずかしそうに微笑んだ。僕はそのまま力強く彼女を抱きしめると、熱い口づけを交わした。彼女の柔らかい髪が僕の頬を撫でる。彼女から漏れる吐息がますます僕を誘惑する。欲しがる僕に彼女は耳元で囁いた。
「また今度にしませんか。ここでは恥ずかしい」
あの日から僕達の関係は一線を超えてしまったのだ。お互いの心の隙間を埋め合うように僕は彼女の虜になった。
もちろん家族のことは愛している。しかしそれとは別の感覚で僕と栗原さんは結ばれてしまったのだ。そして現実の自分の姿を見失い彼女との未来を望んでいたのだ。
嫁に彼女との不倫関係がバレるなんて全く予想していなかった。まさかこんなことになるなんて。愛している家族を裏切ってきたツケがまわってきたのだ。
こんな私が家族と一緒にいる資格があるわけがない。嫁をあんなふうに壊してしまったのは私なのだから。私はおもむろにスマホを取りだし、彼女に不倫がバレたことを伝える為電話をかけた。
「もしもし沙智さん、本当に申し訳ない。僕達の関係が嫁にバレてしまったんだ」
驚きからかしばらく沈黙が続く。その後彼女はわかりましたと呟き電話を切った。これからどうすることが正解なのか、どこに歩いてゆけばいいのか。
いや。もう本当の自分に嘘はつけない。どんなに憎まれても、どんな罪を受けようと彼女との愛を守るしかないのだとそう思った。
気がつけば彼女のことをこんなにも愛してしまっていたのだから。
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第7話を読んでいただきありがとうございます。
皆さんのおかげで、自己初のトータル1000PV超えました!感謝しかありません。
明日も15時更新予定です。
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