019. コイバナ

「ネルさん。ゼストさんのこと、どう思っているの?」


 椅子に腰掛けるなり、スウィンはいきなり本題を切り出した。


「どう……とは?」


 いきなりの質問にネルは戸惑いを隠せない。


「ごめんなさい。こんな時にこんな話をして。でも、聖都に行けば必ず激しい戦いが起こる。正直、今度は全員が無事でいられる保証はないわ。でも、私は絶対に生き残ってゼストさんを振り向かせてみせるわ」


 やはり、話だった。


 何となく分かっていた。スウィンがゼストに好意を持っていることを。

 もちろんピアはゼストへの好意を隠そうとしないし、ここにはいないゼストの仲間の少女たちも、押し並べてゼストに惚れている。

 それも仕方ないと思う。ゼストは容姿端麗で、女性には優しい紳士だ。それだけでなく強さも折り紙付きで、数々の武功を上げている。しかも貴族で家柄もよく、王の信頼も厚いとなれば、放っておく女性の方が少ないだろう。

 国中の貴族令嬢だけではなく、第二王女も熱を上げているという噂だ。


 私はゼストさんのことをどう思っているんだろう?


 ネルは考えた。

 たしかにネルはゼストと一緒にいると安心する。穏やかで落ち着いた物腰で、話していると心が暖かくなる。

 これが恋なのだろうか?

 かつて自問したことがあるが、未だ答えは出ていない。だが───


「私は……」


「もし違っていたらごめんなさい。気になってるんでしょ、ユーゴのこと」


 そう。数日前、ユーゴが現れてからネルの心は理解不能の感覚に見舞われていたのだ。


「……わかっちゃいますか?」

「それはそうよ。だって、ずっと彼のことを見ているんだもの。まぁ、ムチャクチャだけど悪い人ではないみたいだし。少なくとも、私たちにとっては」 


 苦笑しながら、スウィンはユーゴのことをそう評価した。

 それはネルも同感だ。むしろその事が判ったからこそ、ネルの中をユーゴが占める割合が大きくなった。


「そう…ですね。やることなすこと破天荒で、言動はお世辞にも上品とは言えないですし、悪人相手には平気で暴虐の限りを尽くします。でも、ゼストさんに匹敵する戦闘力と、この世界には存在しないアイテムを操りながらも、あの方は決してご自分のことを語ろうとはしません。幼い頃住んでいた村の男の子たちとも、王宮にいた男性貴族や神殿にいた男性信徒たちとも全く違う、はっきり言って、いままで私が見たことのないタイプの男性です。だからでしょうか、確かに私は、あの方のことが気になっています」


 最近は彼の雇用主だという女性のことを考えると、何故か焦りが生じ、先ほどなどはユーゴが他の女性を目で追っているのを見て、ネルとしてはとても珍しいことだが、イラッとしてしまった。


「旅の道中、ユーゴさんは飄々とした態度を取りながらも、私たちのことを常に気にかけて下さっていました。獣人の村では、こっそり私の危機を救ってくださいました。それを誇ること無く、素知らぬ顔で、です。私を不安にさせたくなかったのでしょう。私はユーゴさんの想いを汲み、知らないふりをしていますけど」


 自分のことは語ろうとしない。

 だがときおり見せる寂しそうな笑みや、憂いを帯びた眼差しは、彼の人生が決して良いことばかりではなかったことを悟らせる。

 そう思った時、ネルは心臓をぎゅっと掴まれたような気がしたのだ。


「別に牽制しようとか思っていたわけじゃないけれど……。ネルさんは私の恋敵ではなかったみたいね。安心したわ」 


 スウィンは立ち上がった。


「変な話をしてごめんなさい。さ、もう寝ましょう」


 そう言ってスッキリした表情で自分のベッドに引っ込んでしまい、すぐに寝息を立てだした。

 対してネルには、睡魔がなかなか訪れなかった。



☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆



 翌朝。早くに宿を引き払った一行は、ミロンドに向かって出立した。


「ユーゴ。昨日言ってた考えって何なんだ?」


 ゼストが問うた。


「その前に、ちょっと地図を見せてくれ」


 ゼストから地図と受け取ったユーゴは聖都と本山の位置を確認すると、【千里眼ワールドゲイザー】を発動した。

 目的地までの直線方向と、その間の地形をざっと眺める。

 ほぼ平地で凹凸の少ない地形。間に一筋川が流れているが谷にはなっておらず、緩い土手があるだけだ。


「まぁ、これなら問題なさそうだ。人目もないしこの辺りで構わないな」 


 そう言って予告なしに、ユーゴの姿が消えた。

 例のユーゴの亜空間、【無限のおシークレットもちゃ箱フロンティア】の中に這入ったのだ。

 ややあって。

 一台の車が現れた。

 トレーラーハウスではない。もっと小さいサイズだ。

 小さいと言っても、普通の乗用車よりも少し大きいくらいだ。

 ランドローバーのようなシンプルかつスタイリッシュなエクステリアだが、剛性は地球上のあらゆる軍用車よりも遥かに上である。

 特筆すべきはタイヤで、そのサイズは乗用車と比べてボディとの対比が大きく、ボディを支えるサスペンションは競輪選手の太腿ほどのゴツいものである。


「これは……馬のいらない馬車だと思えば良い。さぁ、乗ってくれ」


 聞いても理解できないと思ったのか、この車のことについては最早なにも突っ込まず、女性陣は恐る恐る後部座席に乗り込み、ゼストは助手席に座った。

 ユーゴがスタートボタンを押してエンジンを起動すると、スウィンは「ひゃあぁぁぁっ⁉︎」っと悲鳴を上げた。


「な、なに。この音っ⁉︎」


「馬だってくだろ。それと似たようなもんだよ」


「そ、そういうものかしら?」


 どこか釈然としないものの、納得せざるを得ないスウィン。なにせ神代の遺産である。彼女の理解の範疇にない。


「じゃあしっかり捕まっていろよ。行くぞ」


 ユーゴはギアをドライブに入れ、アクセルを踏んだ。

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