006. 旅立ち

「驚かないんだな」


 闇夜に紛れるために羽織っていた黒いコートを脱ぎながら、ゼストは言った。


「まぁ、な。お前が屋根の上に降りたところからな。それより、この世界の人間はみんな、お前みたいに空が飛べるのか?」

「いや。ただの人間───亜人以外のって意味だけど───ボク以外はできないだろうね」

「ふーん。で、話ってなんだ?」

「うん。単刀直入に言う。ユーゴ、君は地球から来たんだよね?」

「そうだ。ってことは、やっぱりお前もそうなんだな。転生者か?」

「うん。ユーゴは転生……ではないのか。召喚? 転移?」

「こっちに喚ばれたわけではないから、召喚じゃねぇな。俺としては転移のつもりなんだが、微妙なときもあるな」


 というのも、自らのチート能力を使用して次元を渡ることはあるが、その場合は身体や装飾品など全て、そっくりそのまま移動している。

 ところが女神ユーラウリアの権能によって異世界へと導かれるときは事情が違う。実を言うと、女神ユーラウリアの許へは渡るのはユーゴの能力では不可能だったのだ。やはり腐っても女神。あの空間は不可侵領域であった。

 ではどうやって女神の領域へ行けているのかというと、そのためにはユーゴが死に、魂が身体から離れる必要があった。つまり、何度も命尽き、その度に若い体で生き返っているようなもので、そういう意味では転生とも言える。

 しかしまだそこまで深く掘り下げて説明するつもりはユーゴにはない。


「へぇ、そうなんだ」

「それで、お前の転生の件は、あの娘たちは知らないんだな。しかも、それを黙っていて欲しいと俺に頼みに来た、と。そういうことか?」

「話が早くて助かる。それで間違いないよ」


 もし秘密でなければ、昼間にカフェで話していただろうから、わざわざ真夜中に一人で訪ねてきたということは、そういうことだなのだ。


「まぁ、その件については了解だ。ところで、俺が地球から来たと見当をつけた理由は何だ? 名前か?」

「タカトウユウゴだからね。それもあるけど、一番の理由はやっぱり服かな。そんな派手なレザージャケット、こっちの世界じゃまず見かけないよ」


 派手扱いされたレザージャケット。ギラギラのシルバースタッズが夥しいほど埋め込まれている。地球での女性の知人達にはことごとく不評だったが、自慢の逸品である。


「これはな、餌だ」

「つまり、ボクはまんまと釣られたわけだ」


 微笑んだゼストは、窓辺に立った。


「それじゃボクはこれで失礼する。明日来てくれることを祈っている」

「あまり期待はするなよ。じゃあな」


 ゼストが飛び立ったのを見送ったあと、ユーゴはふとある感想を漏らす。


「凄えな。生身で空を自在に飛ぶなんて芸当、俺でも不可能だぞ」


 いかなる能力を用いているかは判然としないが、転生者たるや斯くあるべしという様だった。


「あ。そういえば訊き忘れたな」


 ユーゴには一つ不可解なことがあった。何故ゼストはユーゴの居場所が判ったのかという事をだ。

 尾行は無かったはずだ。ゼスト一行が宿に向かってそのまま建物に入るのを、ユーゴはデニス邸へと歩きながらだから。

 …まぁいいか。ゼストも転生者。何らかの能力を用いたのだろう。

 そうユーゴは推測し、気にせずそのまま寝ることにした。



☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆



 明くる日の正午。ユーゴとカールはデニス邸の門の前に立っていた。


「たった数日でお別れとは寂しいです。それに、まだあなたへの恩を返しきってない」

「何日もタダメシを食わせてもらったんだ。充分だよ」

「いえ。命と大切な荷を救ってくださった恩には遠く及びません。ですから、せめてこれらを受け取ってください」


 カールは二つの布袋を差し出した。


「これは?」

「一つは餞別です。路銀の足しにしてください。もう一つはお守りです。こちらは、商人として私の力が必要になった時に開封してください。とてもご利益があるものです」


 たしかに一つは硬貨がずっしりと詰まっているような重みがある。そしてもう一つも、お守りにしては重すぎるくらいの重量を感じる。もしかしたら、紙や木で造られた物ではないのかもしれない。


「そうか。何から何まで済まないな。じゃあ、カールも達者でな」



☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆



 北の門に到着すると、そこにはすでにゼスト一行がユーゴを待っていた。


「ユーゴさん。来てくださったのですね」


 ネルがユーゴの姿を見つけ、嬉しそうに手を振った。


「必ず来てくれると思っていたよ」


「しばらく厄介になる。よろしくな」


「こちらこそ。じゃあ出発しようか」


 ゼスト一行の旅は徒歩によるものだ。

 その事を気にしてか、ネルが申し訳無さそうにする。


「すみません。事情があって馬車は使えないんです」

「謝ることはねぇよ。隠密の旅なのは承知していたからな。そういった事情を含んで俺は引き受けたんだ」


 目立たずに旅をするとなれば、大きな街道ばかりを進む訳にはいかないだろうし、時に人の手の入っていない獣道を往くこともあるものだ。

 それぞれ荷物───といってもそれぞれ布や革でできた鞄ひとつだけだが───を持って歩き出した。

 こうしてユーゴはひとまずの目的を果たすため、この世界での旅を始めた。

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