第84話 奇跡のもたらすもの

 喉に当たる金属の冷たさに肌が粟立つ。

 それは刃渡り20センチほどのナイフで、こんなものでも突っ込まれれば簡単に人は死ぬ。

 もちろん、それはふつうの人間の話だけれど、あまりに精巧に作られた人形の身体は、おそらく死の感覚もリアルに再現するのだろう。

 ちなみにドラゴンに踏み潰されたときは、一瞬だったのでよくわからなかった。


「そいつだ、そいつが曲者のひとりだ!」

「攻撃魔法を使って王のお命を狙った不届き者だ!」


 ダークエルフ兵が集まってくる。

 おれはフードの中をのぞきこんだが、男は目の部分だけがあいた仮面をつけていたので顔は見えない。


「来い!」


 男が強引におれを引っ張った。

 その際に、おれの手首に巻き付くツタに気づき、ナイフで切断する。

 くそ、こいつ抜け目がない。

 おそらくパワーならおれのほうが上だし、強引にいけばなんとかなる気もするが、失敗してまたスタートにもどるのだけは避けたい。


「おい」


 耳許で男が囁く。


「俺だ。メッサーだ」

「えっ」

「すまんが、大人しくしてくれ」


 困惑するおれを、メッサーはずるずると引きずってゆく。

 仮面を被った姿からメッサーを連想しないでもなかったが、まさか本人だとは。

 いや、それよりも――

 なんらかの情義を期待するほど親しい仲でもあるまいに、なんで正体を明かした?

 逆に言えば、この状況で正体がバレたところで大した違いはないから、ワンチャン狙ってみたといったところか?


「てゆうか、よくおれだってわかりましたね」

「そのおかしなカツラとつけひげのことか? 素人丸出しの変装なんぞ、かえって人目をひくぞ」


 手厳しい評価。

 もしかして、祥吾とでくわさなかったのって相当運がよかったのか?


「どこに向かってるんですか? 広場の入口はあっち――」

「黙ってついてこい」


 メッサーは、広場外縁部にある花壇を踏み越え、その向こうにある鉄柵を蹴り飛ばした。

 あらかじめ細工をしてあったのだろう。鉄柵は簡単に壊れ、人が通れるほどの隙間ができる。

 さらに向こうは森である。

 広場の周囲――というか王宮そのものが人工の森に囲われているのだ。

 おれは抵抗するのをやめていた。

 メッサーも、おれの態度を見てナイフを降ろした。

 いまは、ただおれの手首をつかんだまま黙々と歩いている。


「暗殺者、本当にいたんですね。大道芸人を装って王都に入ったってところですか」

「ああ」


 メッサーはそっけなく答える。


「この森はたいして広くない。身を隠せる場所はあるけど、すぐに見つかる」

「かもな」

「……なんでこんなことを?」

「聞いてどうする」

「わかりません……でも、あの場にはもっと弱そうな人もいたのに、わざわざおれを人質に選んだのは、話を聞いてほしかったからなのかと思って」


 メッサーが、ぴたりと足を止める。

 それからゆっくりと振り返り、仮面を外した。


「死者蘇生の魔法……あんなものがあるから、この世界はおかしくなるんだ……!」


 そう吐き捨てるメッサーの顔は、どす黒い憎悪に歪んでいた。

 おれと目が合うと、彼は恥じ入るように顔を伏せ、また歩き出す。


「……俺の故郷は西の小国で、そこの王はとんでもない暴君だった。あるとき反乱が起き、王は殺された……だが、王の下でいい思いをしていた奴らがオッサリオに趣き、王は復活した。反乱に加担した者はことごとく殺され……その中には俺の両親や兄もいた」


 メッサーの声は静かだったが、おれには溢れそうになるものを無理やり抑え込んでいるように聞こえた。


「所詮は私怨、こんなことは、ごくまれに起こる不幸にすぎない……そう思うか? けどなあ、誰もが欲しがる奇跡……奇跡と見紛うほどの力は、それ自体が争いを呼ぶんだ……わかるか? もっと前には、ある権力者が軍を使って自分以外の祭の参加者を皆殺しにしようとしたこともある。そうすれば、生き返るのはそいつの望むたったひとりになるからな。そこましなくとも街道を封鎖すれば参加者は減るし、おなじことを考えた者同士で殺し合いも起きた。笑えるよなァ……人ひとり生き返らせるのと引き換えに、いったい何人死んだことやら」


 引きつった笑いが耳朶を打ち、おれの胸中をざわめかせた。


「その試みは成功したんですか?」

「いや……さすがに王軍によって排除されたさ。だが、そもそもの話、人を生き返らせる魔法なんてものがあるから、そんなことになるんだろ」

「それは……」


 そう……なのだろうか?

 メッサーの怒りや哀しみはわかる。

 でも、彼の物言いは、火事が起きるからと火をなくせと言っているようにも聞こえる。

 おれだって事故で家族を失ったけど、自動車にこの世から消えろとまでは思わない。

 たしかに蘇生の魔法は、個人が持つには大きすぎる力かもしれないけど、だからこそアルベロ王は、その力を可能な限り公平に使う道を選んだんじゃないのか?


「メッサーさん……悪いけど、おれにはわかりません。仮にあなたの言うことが正しかったとしても、こんなやり方じゃあ……」

「ああ、そうだな。だから報いを受ける」


 メッサーはあごをしゃくった。

 見ると、前方に立つ木の陰から、ひとつの影が現れるところだった。


「お前は……」

「やはり、まだ王都を出ていなかったか」


 諦観と、呆れと――ぞっとするような酷薄さを含んだ声。

 抜き身の剣を提げた祥吾が、おれとメッサーの行く手に立ち塞がった。

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