第49話 “あの方”

 パルウムはオロオロしている。

 おれと右良が正反対のことを言っているので、どちらの言葉を信じたらいいかわからないのだ。


「ああもう! しょうがないなあ!」


 右良が、ばりばりと頭をかきむしった。


「パル、お兄ちゃんを放してもいいぞ」

「いいの?」

「そのかわり手足を折っとけ。チューペットを半分にするみたく、パキッと優しくな」

「それ、ぜんぜん優しくない!」


 なんて嫌な折衷案なんだ!

 手足を折られて芋虫みたいに這いずる自分を想像して、おれは恐れおののいた。

 だが、パルウムは首を縦に振らなかった。


「や、やだ! そんなのしたら、にーちゃ、いたいいたいだよう……」

「痛くない! お兄ちゃんは強いから大丈夫だ!」

「ちっちゃい子相手だからってむちゃくちゃ言うな! 痛いに決まってるだろ!」


 万が一、パルウムが信じてしまったら大変なことになるので、こちらも必死だ。

 幸いにもパルウムは歳の割に賢い子だったようで、強引な嘘を押し切られはしなかった。


「やだ。そんなの、しない」


 そう言って、おれを地面に降ろし、手を放してくれた。


「ありがとう、パル」

「にーちゃ、ごめんね。またあそんでくれる?」

「もちろん」


 くそう、かわいいな。

 手が届けば、頭をわしゃわしゃしてあげるのに。

 微笑みを交わすおれとパルウムを見て、右良が地団太を踏んだ。


「くそっ! どいつもこいつも五大騎ペンタグラムの自覚がないんだから。“あの方”のおしおきが怖くないの?」

「パルもその、ペンなんとかのひとりなのか?」

「そうですよ。この子の潜在能力のスゴさはなんとなくわかりますよね? 10年もすればすごい戦士になるからと、五大騎ペンタグラムにお加えになったんですよ」

「なかなか、興味深いお話をされていますね」


 割って入った声に、おれの心臓は跳ねた。


「え!? モ、モルテ……さん?」


 狼狽する右良に、モルテが呆れ顔を向けた。


「そりゃあ、パルちゃんがあんな風に跳んでいったら、すぐに追いかけるでしょう」


 ごもっとも。

 モタモタしていた右良が悪い――まあ、プラスィノやパルウムが言うことを聞かなかったのは、彼女にとって想定外だったのだろうが。


「モルテ、さっきはその……」

「キリヤ君、そのことについては、あとでゆっくり……」


 懇願するようなモルテの視線に、おれはうなずいてみせた。

 まずはこのゴタゴタを片づけないとだな。


「ペンタグラムというのは、四天王とか七本槍とか十傑集といった、いわゆる組織内で特別な位置を占める幹部のようなものでしょうか」


 モルテが右良に訊ねた。


「そうです。ワクワクするでしょ?」

「それは人それぞれだと思いますが、10年先を想定してこんな小さな子をメンバーに加えるなんて、ずいぶんとアバウトな時間感覚ですね。わたしが言えた話ではありませんが」


 モルテは感情を抑えて話しているが、内心かなりピリついていると感じられた。


「角頭さん。あなたの言う“あの方”とは、長命種、もしくは不死者ですね?」


 右良が大きく微笑む。


「正解です。というか、もうだいたい目星はついてるんじゃないですか?」

「御用はなんです?」

「あなたを城にお迎えしたい、とのことです」

ではなく、と来ましたか……」


 モルテは苦々しげに呟くと、何事かを思案するように目を閉じた。

 しばしののち、彼女は大きく息をつき、ゆっくりと目をひらいた。


「キリヤ君、もうしわけありません」

「な、なんで急に謝るんだ?」


 待ってくれ。

 こんなの、嫌な予感しかしないぞ。


「またしても過去のしがらみというやつです。ですが、逆に言えばこれは清算の好機でもあります。わたしは“あの方”とやらのところへ出向き、話をつけてこようと思います」

「話をつけるって、具体的には?」

「わたしを諦めるように。そして、今後一切わたしたちに関わらぬように、と」

「ひどいなあ。そんなの聞いたら“あの方”泣いちゃうかも」


 右良が大げさに顔をしかめる。


「そんなかわいらしいモノでもないでしょう“あの方”」

「いや、ああ見えてけっこう気さくで涙もろいですよ“あの方”」

「いったい誰なんでしょうね“あの方”」


 おい。

 ちょっと“あの方”って言うの面白くなってきてないか、こいつら。


「いつ、もどるんだ?」


 おれはモルテに訊ねた。


「わかりません。ですが、ちょうどよかったのかもしれません。キリヤ君にとっても、いろいろと考える時間ができるわけですし」

「そんなこと言うなよ。さっきのことだけどな、おれはべつに怒ったわけじゃないんだぞ。たぶん、その……おれは、嫉妬したんだと思う」


 そう。こっちのおれと、モルテの交わした約束。

 それが、ふたりの――ふたりだけの、絆のように思えて。


「そうだったんですか」


 モルテは、なんだか泣き出しそうな顔で笑った。


「だから、おれとも約束してくれ」

「なにを?」

「絶対に、もどってくるって」


 モルテがハッと息を飲んだ。

 それから、おれの目を見つめ、力強くうなずいた。


「はい。必ず」

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