第2話 【地下】
【地下】
武器を持っているからと言って、いつもこの外に出る心持には慣れない、何か起きるかもしれないとドキドキとしながら外に出ないといけないのだ。良いことなのか悪いことなのか、それは神のみぞ知る、というものだ。
アーテルは外へ出てチェリーロードを進む、ここの花屋を覗くのが結構好きだったのだが今や面影はない。パニーニがおいしそうな店にも入ってみたかったのだが、次の新作が出るのは何年後になるだろうか。特段変わったことは無かった、悪いよりはいいだろう。SEIBUの所に通りかかってこの中のお店の数々を思い出す。いつも人が多くて嫌になりそうだったがそれも今になれば人が沢山居た良い思い出の一つ……にはならないか。結局人にぶつかったり舌打ちをされた記憶にもやもやする、デパ地下なので渋谷のスクランブル交差点よりマシだった気がするけど。でも美味しいものは多かった!とアーテルは記憶を思い出してお腹がグウ、と鳴る。アーテルはあまり料理をするのが得意な方ではないのでお店のように美味しい食べ物を最近食べていない。適当に小麦粉を溶いて焼いた物とか、たまに食べられる菓子パンやお菓子だろう。アーテルの好物はおにぎり(一番好きな具は梅、次にこんぶ、三番目に塩か焼きおにぎりか争っている)なのだがお米も最近食べられていない、久しぶりに海苔を巻いたパリパリのおにぎりが食べたいものだ。おにぎりに思いをはせはしたがここもあまり変化がない、次の場所へと向かう。チェリーロードを超えると丸の内線の改札の所に出る。ここら辺は__というか池袋駅はだが__柱が多くて視界があまりよくない。ここで付喪神と戦いになったら素早く動ける方が有利だろうな……と考える。アーテルのみならば早く動けるのだがこの刀が如何せん重たい、助けられているのも確かなのだが。俗に言う真剣というものなのかもしれない、ま、いいものをゲットしたと考える。
改札を適当に飛び越えて構内も軽く見てみる、エレベーターが動かないのでいつもは恨めしい階段に感謝することになる、この長さはいつまでも嫌いだけれど。
駅構内も特段めぼしいものは無く、ここから見渡せる範囲でもなさそうだ。そそくさと帰ってほかの道もザックリと見回ってみる。他の果実ロードや駅構内には見た限りでは見つからなかったのでこれ以上探しても見つからないだろう、と思う。というかこれ以上探して何か見つかっても多分嬉しさより疲れが勝つ気がする、池袋駅は入り組みすぎているわけではないのだが、如何せん広い。若いながらに緊張感と荷物の重さで疲れ切った顔をしたアーテルは、去る予定である仮拠点へ向かって歩き出す。JR北口の所へ向かう、柱は多いが道が広いので結構好きだ、見渡しが良い。大きい壁によくキャンペーン中のゲームとかのコラボ壁紙が貼ってあったのを思い出す。名も知らないイケメンが缶バッチをこれでもか、とつけた女性たちとツーショットを撮っていたのが懐かしい、なんか人と話すのが恋しすぎて頭のネジが数本外れた人間でもいいから話したい気持ちもある。ああいや……やっぱりネジは緩んでない方がいい、棚だって機械だってそうなのだからそうか。自分の思考がログアウトしそうになったアーテルはすたすたと仮拠点へと向かった。
イケフクロウがたたずんでいる柱が見えた、あそこの景色は半年前とあまり変わりないな、肉塊が落ちている以外。階段を上がって伸びをする刀がかちゃりと音を立てた……刀が音を立てた?そういうのって持ち手を握った時とかしまった時になるのではないのか、そう疑問を思うより前に身体が吹っ飛んでいってしまうことの方が早かった。左側のトイレの付近の柱から攻撃をされたようで、銀だこの窓ガラスを自身が破ってしまった。とんでもない勢いで吹き飛ばされて四俣ようで、幸い突き刺さってはいないが、ガラスの端で白い肌が赤く欠けてしまった。パラパラと降るほこりをかぶりながら目を開けると目の前には顔の左半分を火傷した男が立っていた。瞳の色は鮮やかな水色で髪色はマロンクリーム色で前髪は真ん中分けの肩までかからない程度のストレートショート、身長は百六十から百七十くらいだろうか、服装は全体的に黒いロープで隠れているのだが、サテンズボンの薄い水色と首元の隙間から見える白いシャツがひどく目立っている。靴は黒い革靴のようだがヒールが少し高めに見える。手元には死神のような大きな鎌を持ち、その先から黒い靄がさらさらと零れている。
「はじめまして、人間……ここにまだ生き残ってる人はいるとはね」
そういうと彼は人差し指と親指で物の大きさを計るしぐさをした。
「記録しよう」
そう言って固まっている。
何かを記録されてる間にアーテルは立ち上がり、刀を抜いた。かちゃんと音が鳴る、やはり持ちての付近を触らないと音は出ないようだ。強打してしまったので少し体が痛むが仕方がない、この後やられてしまうよりマシな、我慢できる痛みだ。
「おれも……まさか付喪神に会えるとは思わなかったぜ……!」
刀の持ち方、振り方は苦手な本を読んで少しだけ勉強した……と言ってもつけ焼き刃で、文字が嫌いなアーテルには完璧に扱えるような知識にはなっていないのだが。刀の刃を付喪神に向ける、今体操服なのは少しラッキーだったかもしれない。
「付喪神、なんて呼ばれるのは楽しくないなあ……僕の名前はスコード!君の記憶に記録してくれ。最後の記憶にならないと良いね」
そういうと鎌をそっと振りかざした。相手もやはりやる気のようで、間合いをじりじりと詰める。鎌と刀の相性は良くなさそうだ。凍てついたような時間が無限に続いているように感じられた。
その時間の沈黙を破ったのは、付喪神__スコードであった。ヒールが少し高く見える靴の踵を一定のリズムでカツカツと地面に打ち付けつつ、こちらへと走ってきた。間合いが必要な者同士程よい距離でスコードが鎌をこちらへと振りかざしてきた。刀の刃で軌道をずらしつつ鎌の柄の上に足を伸ばしてスコードを奥に蹴り飛ばす。こちら側のリーチが少し短く感じたのでリセットするためだ、しかし思いのほか飛んで行ってくれないスコードは少し後ろにのけぞったのだが、地面を強く踏みしめこちら側に体重をかけてきた。鎌を短く持ったスコードはアーテルの身体に刃を貫かせる予定のようだ。鎌を切り返されて刃先がこちらを向き、刀の自由が利かないように抑えられてしまった。しかしアーテルもそのままやられるわけにはいかない、身体をひねり横に逃げる。その際に何とか刀も一緒に抜いて出てこれたが体力の消費はアーテルの方が大きいだろう、初めて戦って負けたあの日、以降に付喪神との戦いで分かったことは「付喪神に死はない」ということであった。死というよりは「壊れる」という感覚が近く、身体を半分にしたり首を切り落としても喋ったり行動しようとしてくる。そんな相手をどうやって倒した判定にするのか?不死身に見える身体にも弱点はある、その弱点は付喪神によって違うのだが体のどこかに宝石のようなものが埋められており、そこを攻撃して貫いたり、欠けたりすると攻撃力が格段と落ちたり、意識が朦朧としてくるのか動きがもろくなるのだ。そして最終的に動かなくなったと思うと元の姿へと戻るのであった。
今まで元の姿に戻した付喪神は数知れず、記憶が新しいのは大切にされていたであろう子供っぽいピンクのカバンであった。少し心も痛くなったがこれを考えてしまってはいけないと自分を奮い立たせ、供養として燃やしていることが多い。……時々燃やせないような鉄製の物や体に害があるものも多かったのだが、そのようなものは地面に埋めるなどして自分なりに供養しているのだた。今回も彼のことを供養することはできるだろうか……
そうアーテルは考えているうちにスコードの方を見ると力が強すぎて地面に突き刺さってなかなか抜けないようであった。
「あァ……気がついてしまったか。間抜けなところを見せてしまっているね」
そう言いつつ顔は笑っている、アーテルはこれがチャンスと言わんばかりに服を切りつけた。どちらかと言えば身体を壊そうと切りつけに掛かるよりも埋められている宝石を探した方が効率的だと自分の経験で考えたのだった。
スコードの宝石の場所は右腕の二の腕、その腕には水色とエメラルドグリーンの色が綺麗に混じった宝石が埋め込まれていた。見つけたままにそのまま切りつけてしまおうかと思ったが鎌が抜けたのか軽やかに避けられてしまった。軽快な足取りで後ろへと飛び立ったスコードを見る、にこやかな顔をしつつ目は笑っていない、火傷をした顔の左半分がひどく恐ろしく見えた。
鎌を持ち直したスコードは焦った様子はなく、またこちらへと向かってきた。今度はゆっくりと歩みながらこちらへと向かってくる、こちらも間合いを自分のやりやすい範囲に捉えたくて後ろへとじりじりと後ろへ後ずさりしてしまう。……と、自分の空間把握能力が恨めしい、ガラスをぱりぱりと踏んでいる感覚で気が付くべきであったのだが、壊れてしまった店内の壁際まで追い詰められてしまっていたようだ。アーテルが壁に当たった瞬間に駆け出し、鎌を首元に振りかざして、首を切り落とそうとしているのだろう。
アーテルは人間、致命傷なので流石に耐えられない。横から攻撃されそうになったので刃先を横にスライドさせるが間に合わなかった。軌道をずらして首元ではなく肩へとずらせたが大きな鎌の先は小柄なアーテルの肩では収まりきらず、ぎりぎり鋭い刃は骨とキスをして身体を一刀両断するのを思いとどまってくれたようだ。
「いッ……てェ……!」
「君はなかなかしぶとい人間みたいだね、まったく手間取らせてくれるよ」
しぶとい人間みたい、ということは他の人間にもあったことがあるのだろうか。なんて浅い期待を持ってしまうのだが、過去に倒した人間に対しての感想かもしれない。それなら何となく納得がいく、反逆が始まったころの人間と比例してるのかもしれない。その頃の人間は自衛隊などの特殊な訓練を受けている人間以外はやられるがままであっただろう。
この付喪神は今まで戦ってきた付喪神と少し違うようだ。
「しかし……手間取るということは記録しやすいという事、僕の記憶にとどめておこう」
「へへ……スコードだっけ?お前の記憶にしか残してくれねェの……?」
自分に酔いしれたように人差し指と親指でアーテルの何かの縮尺を計っているようだった。何の縮尺を計られているのか全く分からないが、ここから打開策を打つにはどうすべきか。そうアーテルに考えさせてくれるにはいい時間だった。鎌は幸い自分に刺さったままでこちらを見てきているのでこっそりと刀を片手だけに持ち帰る。この時はカチャリと鳴らなかったのがラッキーだろう、アーテルは運勢的に何か恵まれているのだとまた自覚した。硬いスコードの身体の中心に刀の先を突き刺す、びっくりしたのか目をまんまるにしたスコードを突き刺したまま体重に任せて思いっきり突き飛ばす。自身の腕に刺さっている鎌が自身の心臓とキスをするか、骨と添い遂げてくれるか、それは賭けであったのだが鎌はアーテルの身体と別れる判断を選んでくれたらしい。
離れた鎌がカラカラと地面に落ちていく姿と刀を突き刺した衝撃で勢いのまま倒れてくれたスコードの上にのしかかり、硬い身体に突き刺さって引き抜きにくい刀を力いっぱい、急いで引き抜く。両足でスコードの両腕を踏みつけ、右腕の宝石目指して刀を振りかざした。スコードはアーテルの背中を足の膝や踵で蹴飛ばしてきているがこの力に負けるわけにはいかない。靴のつま先で蹴飛ばされた頭がぐわぐわと悲鳴を上げているがひたすらに宝石を目指して刀を振りかざした。うまく当たったのかパキン、と小さな音をたてて光を失っていった。スコードの目からも徐々に光が無くなってゆく。
「はァ……すまねえけど、眠っててくれよ」
アーテルは意識を失っていくであろうスコードに一言声をかける、人に何か嫌なことをされたから人を恨んでいるのだろうに、人に壊されるの、はとてつもない屈辱だろう。
「ふ、ふふふ……ははは!」
スコードは寝転びながら大笑いをしている、何が面白いのか分からないがアーテルは見守ることにした。何か笑いたい気分だったのかもしれないと……。
「君は面白い人間なんだな、自分が攻撃されつつも突っ込んでくる姿には敬意を示すよ……あいつが言うだけはある」
「あいつ……?お前も何か知ってるタイプの!?詳しく教えてくれよ!」
初めて戦った付喪神のように何か含みを持った言葉を発してくる、聞いてくれと言わんばかりだ。
「ここで出会ったのは運命か、偶然か……それを記録しておくのは僕の脳内だけで十分なんだよ、人間」
そう言ってハハハ!と大きく笑って彼は塵に包まれ、物の姿へと戻っていった。……この付喪神の元は使い込まれた草刈鎌だったようだが、少し焼け焦げたような跡がついている。なかなかに強い敵であった、が何か知っているようだった。つまり裏に何者かがいるのであろう。……ここの付近で生活しているのだろうか?ということは、まだ移動しない方がよさそうだ。探索する範囲をもう少し広げてじっくり見てみようか。
そう考えたアーテルは傷ついた腕を抑えつつ草刈鎌を持ち上げる。供養するために炎を燃え上げる準備をしに壊れてしまった仮拠点へと向かった。
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