山田さん不法侵入はいけません!
pasuta
第1話-スマイル不動産
静かな夜の路地裏、カランカラァン!と空き缶が転がる音がする。静寂の月夜を楽しむ猫がその音に目を丸くして、勢いよく走り去る。
そんな静寂を打ち破るようにバタバタと、猫の去った路地裏を駆け抜ける男女二人の大人。
「や、山田さん!!なんで走ってるんでしょうか!??」
「あははは。いやぁ。なんでかな?俺もわかんない。」
山田さんは焦る様子も怖がる様子もない。私自身、“何”から逃げているのかさっぱり分からなかった。
これは逃げないとダメだ!という本能に従っている。ただそれだけだ。
まったく!!これは駄目な部類のお客様だ。やはりあの時、引き受けるのは止めましょう!と、上司に進言すれば良かったのだ。
――その日の昼間――
進学、入学、就職で新生活が多くの人がスタートする春。
外は温かな陽気に包まれ、道路の向かいに並んだ桜並木は見事な花を付けて道ゆく人を目を楽しませていた。
そんな風情ある春の一コマでさえこの忙しさではただの過ぎ去る背景に過ぎない。鳴り止まぬ電話に溜まるダイレクトメッセージ。春の不動産屋はとても忙しいのだ。
ここスマイル不動産は私、
大学生の私は、春休みこの時期だけ必要に応じて小遣い稼ぎに祖父の仕事を手伝っていた。
今年は祖父からバイトを頼まれて正社員さながらに忙しく働いていた。
今日は朝から内見のお客様のご予約でてんてこ舞いであった。内見資料とお客様情報をカバンに詰め込むと、メガネの蔓をクイッと押し上げる。
支店の無い不動産屋だが抱える物件は多く、物件のオーナーさんや入居者さんからの評価も上々らしい。今期は窓口を務めていた女の子が入院したとかで急遽助っ人として呼ばれたのだった。
バタバタと仕事に追われる店内で、私は臨時の席から立ち上がると、トートバッグを肩にかける。
「内見行ってきまーす!」
「おう、スズキ頼んだぞ!」
店長の後藤さんが席から手を振ってくれる。
今はただ、初対面で自己紹介をすると、キョトンとした顔をされるのが面倒臭い。
顔馴染みになるとこうして名前を苗字の呼び捨てにされる事が殆どだ。
私は、はぁ。と溜息を吐いて気持ちを切り替える。お仕事だ!
私はピシッとしたレディーススーツに身を包み、黒髪を後頭部で結って、お客様との待ち合わせ場所となっているカフェへと急いだ。案内は徒歩圏内だ。
今日の客は数日前に物件を探しに来て妙な条件を付けてきた変な男だった。
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