第6話 買い物

 レイラがうちに来てから一週間を過ぎた頃。本日も変わらず私はレイラに教わりながら夏休みの課題に取り組んでいる。


「この調子なら残り三日もあれば課題は終わりそうだよ! ありがとう、レイラ」


「いえ、お安いご用ですわ。受験勉強も頑張りましょうね」


「うん!」


 ちなみにレイラは、高卒認定を受けて私と同じ大学に通うつもりらしい。レイラの知識量なら大学も行かなくて良さそうだが、国家資格や何かしらの資格を取るためにはそれ相応の条件がある。


 将来なりたい職業はまだ考え中らしいが、レイラはこの世界で生きていく気満々なようだ。


 一方魔王は、やはり生涯となるとこの世界で生きていくのは難しいようで、レイラを連れ帰りたいらしい。


 なんせ魔王だ。魔界を牛耳っている魔王だ。魔界をまとめる必要がある。


「だけど、どうして魔王様はまだいるの? 早く帰って魔界をまとめないと」


「さっき少しばかり帰ったから大丈夫だ。それに俺がいた方が快適だろう?」


「まぁ、電気代に水道代、ガス代の節約になるから嬉しいけど……」


 魔王は聖属性以外の全属性の魔法が使える。この日本でも。つまり、クーラーの代わりに氷を出し、電球がなくとも灯りが灯る。極め付けにはお風呂のお湯も魔法で出せる。光熱費が基本料金だけで済む、なんとも環境と財布に優しい魔王なのだ。


 食事を四人分作る為、作る手間はかかるが、なんと食費まで節約できている。レイラは土魔法で野菜が栽培できるのだ。それも一日で。


 ちなみに、魔王が野生のイノシシを狩ってきたことがあったが、さすがにただの女子高生の私には衝撃が強すぎた。肉や加工品等はスーパーで買うことにした。それでもこれだけ節約できたら随分と財布が潤う。なので、私はレイラに提案した。


「レイラ、後で少し出かける? ずっと家で勉強ばかりだし、少し息抜きも良いでしょ?」


「良いですわね! 行きましょう。この世界のお店を見てみたいですわ!」


「俺も行っても良いか?」


「出来れば女子二人で行きたいなぁ……」


 やんわりとお断りすれば、魔王は私の目の前に来て、寂しそうに言った。


「俺も行きたい……」


「だから、私に顔面を近付けないでって言ってるでしょ!」


 そうやってレイラの後ろに隠れるが、すぐに魔王は追いかけてくる。この鬼ごっこは魔王がわざとやっている。私が魔王の顔を直視しないから。


「レイラばかりでなく俺の顔も見てくれ」


「レイラは良いの! 女の子だから」


「じゃあ、近付かないから買い物に連れてってくれ」


「うう……レイラ、どうする?」


 一応レイラにも許可は取らないと。


 こういうのは後々になって、『本当はあの子と行きたくなかった』なんてことで揉めたりするのだ。女子とは面倒臭い生き物だ。


 レイラは私の知っている女子とは違い純粋そうだけれど。念の為。


「わたくしは構いませんわよ」


「聞いたか! レイラの許可も出たぞ! 連れていってくれ」


 レイラからの許可が出た魔王は嬉しさのあまり私の肩を掴んで揺らしている。つまり、顔は近い。


「だから離れてって言ってるでしょ!」


 バチンッ!


 思わず叩いてしまった。あの綺麗な顔を。魔王の顔を。殺される。私はこの人に殺される。


「ご、ごめんなさい。叩くつもりはなくて……」


 半泣き状態で謝るが、魔王は無言で私を見つめている。


 怖い。逃げ出したい。


 けれど、私の肩は魔王にしっかりと握られて身動きがとれない。


「魔王様、美羽を許してあげて下さい。悪気はないはずですわ」


 レイラが私を庇うと、魔王が私の肩から手を離した。


「すまない。俺がやりすぎた。そんなに嫌だとは思っていなくて……」


「いや、嫌とかじゃなくて……」


 殺されなかったことに安堵したが、謝罪をされるとは思っていなかったので言葉に詰まる。


 何とも気まずい沈黙が流れた。それを、レイラが打ち破ってくれた。


「お互い謝罪したのですからもう良いではないですか。お買い物に行きましょう」


◇◇◇◇


 気を取り直して私とレイラと魔王は街に繰り出した。レイラは私の服を着て、魔王は兄の服を。


 レイラが着ているのは激安のセールで購入した服。何故だろうか。私が着れば芋女にしか見えないが、レイラが着ればブランド品を着こなしたエレガントな淑女にすら見えてしまう。そして魔王も然り。


 私は高校の制服。これが一番無難だから。この顔の良い二人と並んで歩ける程の服は持ち合わせていない。


 魔王は別としても、金髪碧眼のレイラは外人にしか見えない。女子高生が留学生に街を案内していると思われるくらいがちょうど良い。


「活気に満ち溢れていますわね! どのお店に入るか悩みますわ!」


「とりあえず、レイラの服買いに行こう。高いのは買えないけど、流石にずっと私のってわけにはいかないでしょ。特に胸が……」


 そう、私の貧相な胸に対してレイラの胸は非常に豊かだ。今もパツパツ状態で、周りの男の視線が顔と胸を交互に行ったり来たりしている。


「レイラ、俺が選んでやろう」


「ええ、よろしくお願いしますわ」


 そして、レイラのコーディネートが始まった。レイラは嬉しそうに様々な系統の服に袖を通していった。


 思ったより魔王のセンスは良く、どれもレイラに似合うものばかりだった。


「わたくし、これに致しますわ。値段もお手頃ですし」


「レイラ、ありがとう!」


 私は泣きそうなくらい嬉しかった。レイラは生粋のお嬢様。一着うん十万もする物を選んだらどうしようかと内心ヒヤヒヤだった。

 

「後は、パジャマとスウェットみたいなのがあったら普段楽だよね」


「おまかせ致しますわ。美羽ありがとう」


「魔王様も一着買う?」


「良いのか? 俺も買っても」


 魔王がレイラの横からヒョコっと顔を出して遠慮がちに聞いてきた。私が叩いてしまったので近付くのは遠慮しているようだ。


「二人のおかげで少しだけお金に余裕出そうなの。これからも節約のお手伝いしてくれたらの条件付きだけどね」


「もちろんですわ!」


「それは……俺も同居を続けて良いと言うことか! ありがとう、美羽!」


 魔王は嬉しさの余り、再び私の元へ来て肩を掴んでゆすってきた。すると、背後から聞き覚えのある声に名前を呼ばれた。


「美羽? 買い物なんて珍しいな」


「拓海」

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