第2話 兄

 私とレイラは入浴を終えて、扇風機の前で涼んでいる。


「これは画期的ですわ! 何もしなくても風が出て心地良いですわ」


「クーラーの方が涼しいけど、電気代節約したくて。ごめんね」


「いいえ、充分ですわ!」


 レイラは目をキラキラさせながら昔ながらのボロボロの扇風機を見ている。そんなレイラを横目に言った。


「早く自分で洗えるようになってね。女同士とは言え、恥ずかしいんだから」


「そうですか? わたくしは何とも思いませんわよ」


「レイラはそれが普通だからだよ」


 髪の毛や背中を洗うくらいなら私だって平気だ。だが、胸やお尻……全て隅々まで丁寧に洗わなければならない。しかも素手で。


 初めはボディタオルを使用したのだが、肌に合わなかったらしく、レイラは言った。


『それ痛いですわね。普段は泡をふんだんに使って手で洗ってもらっていますの。お願いできます?』


『ふんだんには泡使えないけど、素手で洗えば良いんだね』


『もっとこう丁寧に洗って下さる? 隅々までしっかりと優しくですわよ』


『こ、こう?』


『もっと優しく撫でるように』


 私は同居早々に百合の世界に足を踏み入れた気分だった。


「それよりさ、レイラ化粧落としたら物凄い可愛いね! 髪もストレートでサラッサラだし」


「そうかしら?」


「その方が絶対良いよ!」


 レイラのスッピンはヒロイン並み、いや、それを超える程に超絶可愛い。キツい印象を与えていたのは、あの無駄に巻きの強い縦ロールに化粧のせいだったようだ。


「でも、以前魔王様が仰っていましたのよ。『レイラの素顔は他人に見せられるものではない』って」


「それは……」


 魔王の仕業だったのか。レイラを悪役顔にして、他の男を寄せ付けまいと……。


「今は魔王いないしさ、このままで良いよ。このままいよ!」


 ガチャッ。


 玄関の方で扉が開く音がした。兄が帰ってきたようだ。すぐさま玄関に行き、兄を出迎えた。


「お帰りなさい。お兄ちゃん」


「ただいま。良い子にしてたか? 今日もまかない持って帰って……美羽、あれだれ?」


 兄は美しすぎるレイラに見惚れて目が点になっている。


「えっとね……かくかくしかじかなんだ。と言うわけで、今日から一緒に暮らすことになったの」


「なんだ、かくかくしかじかって。全く説明になってないじゃないか。一緒に暮らすだと? 僕があんな美少女と? 二人で? 毎日がパラダイスじゃないか。大学なんて休んでずっとベッドの中だぞ。僕はもつのか……」


「お兄ちゃん、二人じゃないから。私も一緒だから。そして、普通にキモいよ。ドン引きだよ」


◇◇◇◇


 兄には順を追って説明した。絶対に馬鹿にされる。乙女ゲームから出てきたなんて、普通誰も信じない。


 他所の国の家出娘なんて怪しい子を住まわすなんて以ての外だと怒られると思っていた。しかし、兄の反応は薄かった。


「そんな不思議なことがあるんだな」


「私もびっくりだよ。だけど、信じてくれるの?」


「可愛い妹の言うことを信じない兄はいないからな」


「お兄ちゃん……」


 絶倫じゃなかったら最高に格好良い兄だよ! 


 兄は世間一般ではイケメンの部類に入る。誰もが羨む兄だ。しかし、貧乏なのと絶倫のせいで彼女ができない。いや、正確にはすぐに彼女から逃げられる。


「美羽は受験勉強があるからな。今日からレイラちゃんは僕のベッドで一緒に寝よう」


「ガチでキモいからやめてよ。レイラは穢れなき乙女だよ」


「美羽のお兄様は面白い殿方ね」

 

 レイラがそう言うと、兄は鼻息を荒くしながら言った。


「レイラちゃん。お兄様ともう一度言ってくれないか」


「お兄様?」


「良い……。兄妹プレイもすてがたい。お兄様と呼ばれながら妹の顔を快楽で歪ませる。なんて男のロマン……いてっ」


 私は兄の頭を思い切り叩いた。


「それ妹の前で言うセリフじゃないよ」


「ごめんごめん、美羽も仲間に入れて欲しかったのか。三人でしよう。可愛い妹二人に迫られる僕……早速しよう。今しよう」


「お兄ちゃんの馬鹿!」


 部屋を出て行きたい勢いだが、レイラを置いてはいけない。こんな獣と一緒に二人きりはまずい。それこそ兄にチャンスを与えるようなものだ。


「ごめんな、怒るなよ美羽。レイラちゃんは妹じゃないよ」


「お兄ちゃん……」


 私の気持ちを分かってくれたのかと思って兄と見つめあった。そして、兄は私の顎をクイッと持ち上げて言った。


「美羽、二人でしよう。美羽は初めてだろう? 優しくするからな」


 バチンッ!


 キスしてこようとしたので、思い切り兄の頬を引っ叩いた。


「レイラ、あれには近づいちゃダメだよ。気持ち悪すぎる」


 兄は危険すぎる。あの目は本気だった。


「お兄ちゃん、とりあえずお風呂入ってきてよ」


「ああ、そうか。美羽、分かったよ。体を清めてからじゃないと嫌だよな」


「違うから! いつまで兄妹プレイひこずる気よ。レイラ、ご飯食べて寝よ」


「ええ、食事は誰が作るの? シェフが持ってきて下さるのかしら」


 生粋のお嬢様に毎回説明するのと、絶倫な兄の相手は疲れる。早く休みたい。


 そしてこの先、私はレイラの貞操を守っていけるのだろうか。いや、守ってみせる!

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