第50話 帽子屋は敵ではないが、その真意は見えず

 『帽子屋』と名乗った少女型の使い魔。トランプ兵やチェシャ猫、ジャバウォックと同じ童話作品の登場人物の一人。

 二度に渡って悟は彼女に助けられている為、ハンプティ・ダンプティやジャバウォックのような不発弾とは違い、潜在的な敵ではないはずと悟は考えている。



 しかし『魔女』黒アリスやエリザに関する情報が丸々書き換えられている。しかも世界規模だ。そのお陰で、最近の悟の魔獣退治は捗っているが、どこか不気味である。



 そして一番の問題が、『帽子屋』が行使した魔法を解除するか否かであった。そもそもこの魔法が、エリザを洗脳して暴走させた存在や、妖精にきちんと作用しているかは今の所未知数である。

 いくら恩恵を受けているとはいえ、どこか歪な世界。いずれは破綻が起きてしまう可能性もある。



「後……僕達の記憶って、どこまでが本当のものなんだろうね?」



 それだけではなく、悟にはもう一つの懸念があった。今保有している記憶。それが絶対的に正しいものであるという保証はない。

 魔法少女になった動機や過去のトラウマを乗り越えて、培った経験。それらが全て造り物かもしれないのだ。



「なら『帽子屋』を呼び出して、魔法を解除させるんだな?」

「いや懸念事項は色々あるけど、しばらくは現状維持かな。下手に解除されると、また『魔法少女』から『魔女』になっちゃうよ。それにエリザ――柏崎さんにはもう荒事に関わってほしくないんだ。忘れてるなら、無理に辛いことを思い出させなくていいと思ってる」



 他者が聞けば、傲慢と取られかねない発言だが、間違いなく利恵のことを考えてのものであった。それに対して黒兎は特に言及することなく、無言だった。



「――それで黒兎。僕はいつぐらいになったら、魔獣を産み出している元凶に勝てそうかな?」

「……吾輩の見立てであれば、悟の成長は順調なんだな。まだ調伏が済んでいない残りの使い魔の使役ができれば、十分に勝機はあるはずなんだな」

「……そう。ならもっと頑張らないとね」



 沈黙を嫌い、悟が切り出した次の話題は彼らの最終目的についてだ。異世界から来訪した望まれない異邦者。魔獣を内包してやって来た彼女を排除しなければ、悟達の世界が救われない。



 改めて決心を固めた悟は、静かに拳を握りしめた。無限に続く、悲劇の螺旋を終わらせる為に。





「――――」

「……■■様。兄君殿は無事にお過ごしですよ? この前兄君殿の知り合いの『魔女』が暴走させられた件ですが、恐らくは兄君殿を対象にしたものではないかと。私が顕現していた間に、巧妙に隠されていましたが、その『魔女』にかけられていた魔力と同様の気配が離れた場所で感知できました」

「――――」

「承知しました。次そのような不埒者が現れるようでしたら、我ら配下一同。その者の首を必ずや刎ねて見せましょう。ですので、この姿をお借りした件については、何とぞご容赦を……」

「――――」



 ――【■■の国のお城での■■様と『帽子屋』との謁見】





「んー? やっぱり何か違和感があるなー。どれだけ調べてみても、この前のあの『魔女』のことが一切情報に残ってないなんて。記憶にも一部齟齬があるし、もしかして黒アリスちゃんが何かしたのかな? まあ、いいや――」



 現実世界の街を模して作られた異空間。そこにある建物は設備を完璧に再現されていた。その様子はゴーストタウンか、まるで精巧に作られたミニチュアのようだ。

 その内の一つ、大手企業のショッピングモール。そこのゲームコーナーも現実世界のものと全く相違はなかった。



 多種多様なゲームの電子音が響く店内に、悪魔を連想させる露出の多い少女はいた。彼女の名前はメフィスト。彼女こそが、エリザに洗脳を施した張本人である。



 新しい『玩具』の対象として、黒アリスに目をつけていてた。嫌がらせの一環で、適当にいた少女に洗脳魔法をかけて暴れさせたのだが、その事件が全く残っていなかった。

 人々の記憶から、ネットの情報から。影も形もなく。



「――次も同じ中学校の生徒でも狙おうかな? 予想が正しければ、黒アリスちゃんの知り合いが他にもいるかもしれないからね」

「――――」



 そう言うメフィストは、傍にいる■■に話しかけた。その時の彼女の顔は、とても楽しそうであり、新しい玩具を目の前にした子どものようであった。

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