第43話 vs鮮血『魔女』エリザ①

 空中に滞空していた『ブラッド・レイン』による深紅の剣群。術者であるエリザの指揮の元、無抵抗の人間達に降り注ごうとした瞬間――。

 その攻撃はそれぞれの射線上を遮るように現れた障壁によって、最悪な悲劇を事前に食い止められた。



 深紅の剣群が突然現れた障壁に当たり、音を立てて砕け散り赤色の魔力となり霧散していく。その様子に驚くことなく、無表情を保ったままエリザは己の攻撃を防いだ乱入者に視線を向けた。



 その乱入者の正体は、黒アリスの姿に変身した状態の悟と黒兎であった。黒兎の転移魔法でエリザがいる場所より、少し離れた場所に到着後。黒兎は咄嗟に保有魔力の半分以上を注ぎ込み、本来であれば外と内を分断する結界魔法を応用して、一般人を守る障壁を築くことで、エリザの攻撃を防いだ。



 悟と黒兎は一般人への攻撃を防ぎ終わると、すぐさま呼び出したチェシャ猫の背に乗り、大きく跳躍してエリザの前に姿を現したのだ。



「――間一髪って所だったかな……。それで聞きたいんだけど、どうして一般人に危害を加えるような真似を? これはエリザの意思?」

「答えてほしいんだな!」

「――――」

「……やっぱり、洗脳の類の魔法でも受けてるみたい」



 エリザは質問に答えず、沈黙を貫いている。彼女の紅色の目は焦点が合っておらず、正気ではないことが伺えた。

 内心の予想が当たり、悟は二つの矛盾した感情が湧き上がる。一つはエリザが自分の意思で、このような凶行に走った訳ではないという安堵。もう一つは彼女に洗脳系の魔法を行使した何者かに対しての怒り。



 相反する感情をギリギリのバランスで押さえ込み、自身の右肩に乗る黒兎に、悟は告げた。



「黒兎は周りの人達に危害が及ばないように、僕とエリザだけを覆う形で結界魔法を発動してくれない?」

「アリスは一体どうするんだな!? アリスも、さっきのエリザの魔法を見たはずなんだな! 不特定多数の人間が対象だったとはいえ、たった一回の攻撃で吾輩のを半分以上消費させられたんだな!  普段の彼女と一緒だと思ってはいけないんだな! 吾輩のサポートがないと、いくらアリスでも――」

「――黒兎、お願い。エリザが他の人を傷つける前に、正気に戻したいだ。でも今のエリザと戦闘になったら、周りに気を配る余裕はないから。黒兎には周囲の人達の安全確保を頼みたいんだ」



 最も手堅い選択肢をとらず、悟が選んだのは危険な賭け。洗脳系の魔法によって強化されているであろうエリザを、単独で相手取るというもの。

 更に時間をかければ、異常を察知した『連盟』から魔法少女がやって来る。いくら魔法の性質上、一対多数の戦闘が得意な悟とはいえ、この状況では『連盟』の魔法少女を相手をする余裕はない。



「分かったんだな。けど吾輩の魔力はもう半分もないんだな。アリスとエリザの戦闘に耐えれるだけの結界を張った場合、離脱用の魔力が残らない可能性があるんだな……」

「別にそれは気にしなくていいよ。今はエリザを正気に戻す。それだけに集中したいから」

「了解したんだな! アリスも無理をしないでほしいんだな!」



 そう言葉を残して、悟の肩から離れる黒兎。契約妖精の後ろ姿を横目に、悟は再びエリザに視線を向けた。相変わらずエリザの表情には変化はなく、攻撃を仕掛けてくる素振りも見られない。



 無機質な瞳と見つめ合うこと、十数秒。悟とエリザを包む込むように、小規模の結界魔法が展開される。これにより、結界魔法が維持される限り周囲への被害を気にすることなく、戦闘が可能になった。

 それまで悟の耳に届いていた、人々の混乱声も遮断される。



 近隣の『連盟』の魔法少女が到着するまでに、時間にして約十分間程。



「……つまり、いつも通りの短期決戦か。チェシャ猫も頼んだよ」

「Nyaaaa!」



 短い手でチェシャ猫の頭を撫でながら、悟は言葉をかけた。それに答えるように、チェシャ猫は気合いの入った鳴き声を上げた。

 悟とチェシャ猫のやり取りを黙って見ていたエリザは、動きを見せた。左腕が手刀の形をとる。変身することで向上した筋力に任せて、彼女は自身の右腕を切り裂いた。



 白磁器のような肌から、勢いよく血が飛び出し鎌の形に変化していく。エリザが近接戦闘で好んで使う『ブラッド・パルペー』だ。

 エリザが深紅の鎌を構えると同時に、悟はチェシャ猫に指示を出した。



「チェシャ猫! お願い!」

「Nyaaaa!」





「おお……あれが生の黒アリスちゃんかぁ。画面越しに見るよりも、小さくて可愛いわぁ」



 エリザと黒アリスが戦闘を開始した様子を、遠目に観戦する邪悪な『魔女』メフィスト。念願の黒アリスを見ることができて、満足に見える。



「いきなり当たりを引けてラッキーとは思うけど、あの感じ二人とも知り合いかな? 妬けちゃうよ」



 偶々ネットニュースで黒アリスのことを知ったメフィストは、彼女の容姿に一目惚れこそしたものの、彼女に関する情報には興味はあまりなく、碌に調べようとはしなかった。

 ネットでは、黒アリスとエリザの間に何かしらの関係があるのはほぼ周知の事実だが。



 そんなことはつゆ知らず、メフィストは楽しくそうに、笑い、嗤う。



「――精々、私が楽しめるように愉快に踊ってね」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る