25 Four years later 6(翌日)
……あのおっさんたちの気持ちがわからないでもない。一緒になりたくはないが。
これは中毒だ。岡本が素直に自然に漏らす声が赤みがさす肌がエロ過ぎて可愛すぎてずっと、ずっと抱いていたくなる。
違う。喘がせたいんじゃない。しっかりしろ。大事に、大事にしたいのだ。慈しんで。俺の心はお前が望むように開くから、お前も開いてほしい。
とまあ。
致した一人寝の夜に夢の中でも岡本を抱いてるほどに浮かれていて。岡本の蕩けそうな顔と甘い声がずっと身体中をめぐっていて。いい歳して俺もな……。AVを初めて見た中学生かって。
「お、岸」
放課後、ふらふらと廊下を歩いてると前から歩いてくる樫木に声を掛けられた。
「うす」
立ち止まるので俺も立ち止まるしかなく。
樫木はニヤニヤしてて。こいつ浮かれてんな……。自分を棚に上げてそんなことを思うも、ひょっとして俺も樫木みたいにニヤニヤしてんのかと猛省する。気を付けないと。恐らく岡本を狙ってる奴は少なくない。岡本のクリーンさにアンタッチャブルなことになってるが俺で均衡を崩すなんて以ての外だ。
「おめでとう」
ん?
「岡本、ゲットしたんだろ?」
は?
「ようやくか。これでもう毎晩部屋を渡り歩かなくてよくなったな」
は?
なんで? 何でこいつが知ってんの。昨日の今日で。
……って岡本、か。岡本しかいないよな。あいつ本当に兄貴みたいに慕ってるのかよ。だからって何でもぺらぺらしゃべりすぎだろ。こいつと岡本、本当に何もないんだろうな?
「どうした?」
返事をしない俺に樫木はニヤニヤ顔を引っ込めた。
「茶化すような言い方をして悪かったな」
「いや、別に」
俺が少し蚊帳の外のような気分になったってだけで。
「お前に無茶を承知で岡本を託したこと、良かったと思ってるよ」
丁度まわりには誰もいないからか樫木は続ける。
「俺の目に狂いはなかったとか、言いたいんだろ?」
一応教師と生徒ではあるが最初は違ったし、同士みたいなものだ。樫木は俺を子供扱いしなかった。こんな結末を最初から思い描いていたわけではなかっただろうが。
「そんなことねえよ、お前には感謝しかないし、よく辛抱強く見守ってくれたと思ってる。ありがとな、岸」
頭をくしゃくしゃと撫でられた。
「岡本はずっとお前のことが好きだったんだよ、自覚してなかったけどな。会うたびにお前の話をよくしてた」
それでも樫木は余計な手を出さずに見守ってくれてたわけだ。実らないならそれもよしとも思ってたんだろうけど。
「感謝の意を表してくれるのはいいが、多田ちゃん見てるぞ、いいのかよ」
ここは社会科準備室が近い。樫木の向こうにうっすら多田ちゃんがいる。まあ知らない仲じゃないし、俺と樫木がなんて思わないだろう。
「ああ、あいつクールだからな。いいんだよ」
そうか……? 知らないぞ、また離れていっても。
「そういやお前が多田に手を出した件、俺は許してないからな」
あれは悪かったけど、まだあんたに多田ちゃんも心を許してなかったんだからいいだろが。
「過ぎたことじゃん」
「ま、お前に嫉妬されてたんならチャラか」
ニヤリと樫木は笑った。
「してねえよ」
ホントになんでもかんでもしゃべってるんだな、あいつ。
「もうすぐお前たちもここを出て俺の手の届かないところへ行く。頼むぞ」
「言われるまでもないって言いたいところだが、そんな寂しいこと言うなよ。まだ四月だろ。それに岡本はあんたを切ったりしないって」
「これから世界が変わっていく。関係も自然に変わって切れていくもんだ。寂しいことじゃない」
そんなことないと思うけどな。依存じゃない。家族みたいなもんだろ。あいつにとっては。他人だけど樫木は一番近くにいた人間のはずだ。俺だってあんたを頼りにしてるところ、あるんだけどね。
「樫木センセイ、多田ちゃん捕まえて学校でエロいことすんなよ?」
「わかってるよ、あいつすぐ怒るからな」
……もうやってたのか。
「ほどほどにしとかないと捨てられるぞ」
「肝に銘じとく」
俺に背を向けた樫木は多田ちゃんの方へ歩いていった。まだ荷物持ちさせてるのだろうか。
多田ちゃん、やっぱり口から手の甲を外させて喘がせたかったかな……。孤高の姫ももう人のものだもんな。それは樫木の役目か。岡本とは違う可愛さだったし一度切りはもったいない。
学校の自販機にしかないブランドのコーヒーでも買って帰るかと足を向けた時、背中から声が掛かった。
「岸、パン屋さん行こう」
帰り支度を済ませた、鞄を持った岡本が立っていた。生徒会の仕事はないらしい。
「ん?」
「時間ないなら一人で行くけど」
「いや、時間はある」
と二人で学校を出てパン屋、ウチの生徒御用達の散歩堂へ向かう。
「多田君に悪かったなと思ってさ」
それで多田ちゃんに献上するパンを買いに行こうってか?
「なんでだよ」
「……僕がえらそうに言える立場じゃなかったなってさ、ちょっとしたお詫び」
「はあ?」
そんなの必要ないだろ。むしろ感謝されるべきだろ特に樫木には。
「そんなことしなくていい」
「そう?」
「お前多田ちゃんに言うんだろ、俺と寝たって」
いつもより楽しそうで、キラキラしていて、それは俺のせいなのかと。や、自意識過剰か。昨日より可愛く見えてるのは俺の目が濁ってるのか。岡本も嬉しいと思ってくれてると思いたいだけか。
「岡本、その……昨日のこと、人には言うなよ?」
「なんで? 岸のことなんかみんな知ってただろ」
それは俺が言い触らしたわけじゃない。言うなとも口止めしなかったし、たまたま遠目に見られたとかあるんだろう。ざっくり皆とか言うな。知られてなんぼとかそんな話でもない。
「俺はいいけどお前はダメなんだよ。とりあえず多田ちゃんもダメだからな」
おそらく樫木もその辺りは心得ていて多田ちゃんには勝手に話さないだろうと思う。岡本ファーストで。
「多田君だけにはと思ってたんだけど」
「……一年後ぐらいでいいだろ」
お互い続いてれば。俺だって四年も待てば慎重になる。
「一年後? 多田君に訊かれた時は答えるよ、それでも」
「まあ、そうだな」
嘘をつく必要はないか。
「岸はクリームパンだっけ、好きなの」
「お前はジャムパンだろ、お互い安上がりだな」
「ホント。この前多田君にプレミアム食パンを奢ってさ。僕もついでに買ってみたんだけど高い分美味しかったよ。また買って今晩一緒に食べる?」
お前それ、誘ってんのかね。一丁前に。昨日の今日ですけど、いいんですか? 平日ですよ?
「俺はいいけど、お前の方は用事ないのか? 佐伯とか」
「夏休み明けの改選の話をしてたんだけど、僕の方は目途がたったから特にないよ」
「改選? 執行部のか」
「うん。こっちの方でも候補探すんだけどさ、ちょうどいい人がいて」
そう言ってイタズラが成功したような笑みを浮かべた。
「多田ちゃんか」
「あたり。いい人選だと思うんだよね」
まあ樫木が顧問だしな。多田ちゃんも可哀そうに。そういうのやりそうにないのに。
「だからしばらく佐伯も益子も来ないよ」
あいつらそれだけじゃないと思うんだけどな。まあ正当な理由を失えば来る頻度も減るか。よしよし。
「じゃあ、晩は岡本の部屋にお呼ばれするか」
「うん」
まあ、でも本当にパン食って終わりなこともあるかもしれない。身体は大丈夫かなんて訊いてきょとんとされるのも格好悪いしな。
「岸、パン屋さんの後にドラッグストア寄っていい?」
え?
「僕も用意してた方がいいよね?」
こいつ……あっけらかんと言うな。あ、でも。
「俺あるから。制服じゃアウトだ、お前」
そりゃ店で何を買おうと自由だし、高校生だから購入できないってことはない。でも完全に身バレだ。制服姿でゴムの箱持ってレジに並べば好奇の目で見られる。世間の感覚と少しズレてるのか、意外と何も気にしない性質なのか。
「確かに、僕もウチの制服で買ってるの見たことないな」
岡本さん、普通は買わないんですよ、そんな堂々と山の上の男子高の者ですなんて名札付けては。
「それではいろいろ持参でお願いします」
岡本はぺこりと頭を下げた。
……いろいろ? いろいろって何だ。まさかオモチャ用意しろって?
よくよく考えれば恋人同士の甘やかな導入を知らないというだけで、そこを越えれば岡本も立派な「やってた人」で、何をしてどうするかなんてもちろん知ってて。四年ほどのブランクがあったとしてもそれは締まり具合程度の話で経験が褪せることはなく。感度も上々で。ブランクなんか感じないほどに。こいつだってプロ並ってことだろ。達くタイミングも穴の具合もわかってるわけで。
それを教え込んだのは顔も知らないおっさんたちってのが腹が立つ。どうにもならないことだが腹が立って。猫型ロボットの時間旅行ができるなら、何も知らなかった岡本に触りまくってるおっさんたちの首を絞めて回りたいとすら思う。
「あ、でも僕が行った方がいい?」
いろいろ持参が何と何を指すのかはわからないが、ゴムやらローションやら、取り出しやすいケースに入った大容量のウェットティッシュ、は岡本の部屋にはないだろうから俺が抱えてドアを開けることになる。それは想像がついたのだろう。
「お前の好きな方で」
とは言っても開けるのは隣のドアだ。誰かに見られる確率も低い。
「じゃあ……待ってる」
岡本は俺を見てふわりと微笑んで。
それは今この瞬間、俺だけに向けられたもので。
ニヤけた顔を見られたくなくてあさっての方を見ながら。
「了解」
できるだけ素っ気なく、大事に答えた。
終
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