09『刀とクナイ』

正気と狂気の境界線上を漂うレイは、ベッコウ師としての使命を支えにして、生まれ育った村を守る為に行動している。

赤坂村の中心部から離れ、僅かに開けた場所に設けられた公園は不気味な静けさによって支配されている。


「また…見つけた…」

精神が磨耗したレイの視線の先には、この恐怖を支配する存在である軍服の男が佇む。

「私の場所を探知出来るということは、順調に馴染んでいるみたいだね…」

その軍服の男は、呼吸が荒いレイの様子に対して口角が上がる。


「気味の悪い兵隊は…村の為にも、今度こそ排除する。」

自分に言い聞かせたレイは、腰に差している鞘から軍刀を抜き構える。

「あはは、雷クモに寄生された事でどれだけ強くなったのか検証だね。」

そう答えた軍服の男も、軍刀を抜いて戦闘態勢に移る。


二人しか居ない夜の公園に生い茂る草木が、風によって鳴く…

そして、レイが先に攻撃を仕掛ける。


雷クモに寄生された事で強化された脚力によって、夕刻時よりも素早く、軍服の男へと迫る。


「おぉ!これは、早いね。」

驚きよりも嬉々とした語気の軍服の男は手にする刃で、レイの刃を受け止める。

「はぁはぁ…そんな悠長な事を言っている場合かしら?」

空元気の笑みを見せたレイは、視線を落とす。


それに釣られて軍服の男も視線を落とそうした次の瞬間…右半身から崩れ落ち、それに付随して血飛沫が散る。


「な…なんだ…この一撃は…ちゃんと受け止めた筈だ」

右膝からその下を切断されてしまった事で片膝を付いた軍服の男の顔から、余裕が消え失せる。


「これは、私の卜部家が仕える源坂家の本家…1000年以上の歴史を持つ源家においても会得することが出来たのは、ごく一部の人間のみだったとされる剣技【頼光らいこう乃童子切】…どうやら雷クモによって強化された動体視力でも、一度しか斬り付けた様にしか見えなかったみたいね。」

レイは、男の血が付いた剣先を見ながら淡々と答える。


「何故だ…何でそんな境地に至る事が出来た?」

軍服の男は声を震わせながら、レイの事を見上げる。

「何故ってそれは…」

剣先から軍服の男へと視線を戻したレイが続ける。


「私と初めて対峙した時のあなたの行いが原因でしょ?あの時にちゃんと私の脳へと寄生させておけば、一瞬にしてベッコウ師としての使命感も上書きすることが出来たのにね。」

レイは、剣先を男の顔の近くに向ける。


「はぁはぁ…なるほど、雷クモによる身体能力の強化で会得出来た訳か…」

追い詰められた筈の男は微かに笑い出し、切断された右足を見つめる。


「あっ…あれ?どうしてだ!?何故、右足が引っ付こうとしないんだ!」

雷クモとしての機能を行使出来ないことへ焦る男に対して、レイが追い討ちを掛ける。


「だから言ったでしょ…私が貴方の右膝よりも下の箇所を、刹那の間に、ほぼ同時に無数に斬ったからよ。」

そのレイの言葉の直後、男の右足はボロボロと崩れていく。


「頼む!待ってくれ…雷クモの生まれた経緯について知っている事を話す!」

一際、軍服の男が泣き叫ぶ。

「ッウ!…はぁ、この期に及んで命乞いなんて往生際が悪いわね。」

命乞いがレイの頭に良く響く。


その苦痛に付随してレイの首元に寄生していた雷クモが一気に、右目の目もとに到達しまるで泣きボクロの様に見える。


「私は…ベッコウ師として…守る。」

残された正気で集中したレイが、止めの一撃を放つ為に構える。

「ふっ…俺の死も計画の一つだったのですね…松尾さま…」

何かを察した軍服の男の首が、レイによって落とされる。


使命を遂げたレイは脱力し、両膝を地面に着いてしまう…


そこへ2つの足音が駆け寄って来る。


「レイ…レイが倒したの?」

呼吸が荒いテフナは、力尽きたレイとその近くに倒れる軍服の男を交互に見る。


「やはり…今回の赤坂村での雷クモの大量発生は【大枝イブキ】が絡んでいましたか…」

桜は自身に命じられていた本来の任務の標的が討伐されていることを視認する。


「テフナ…ごめんなさい…最初に私がこの男に遅れを取ったせいで…村に多くの犠牲が出てしまった…」

そう答えたレイは、何とかテフナの方を見上げる。


「ううん、雷クモに寄生されているのに、レイは良く戦ったよ…私と違って…」

そう褒め称えたテフナは、ゆっくりとレイの元へと近付いていく。

「源坂さん、近付かないほうが…」

言葉を最後まで言う前に何かを察した桜は忠告を止める。


「そう言ってくれると…何とかとどまり続けた甲斐があったわね…その見返りと言ってはあれだけど…」

苦しいながらも、テフナへ微笑むレイが言葉を振り絞る。


「もう流石に限界だから…テフナの手で私を終わらせて欲しいの…かろうじで人間が残っている内に…ね…お願いよ。」

そう懇願するレイは、涙ぐむ。


「いや…そんな…でも…」

近付いた筈のテフナが、数歩ほど後退りしてしまう。

「源坂さん、出会ったばかりの私が言うのも恐れ多いですが…ここは彼女の意思を尊重しないと…」

桜が次の言葉を選んでいる内に、レイが続ける。


「ベッコウ師の一人、源坂テフナとしての『権利』と『責務』を背負う覚悟を…私に見せてよ…お願いだから…」

別れの言葉を告げたレイの右目から涙が溢れ、それが寄生した雷クモの上を零れ落ちる。


「…うん、分かった…」

そう短く答えたテフナは震えながら、拳銃の銃口をレイへと向ける。

しかし、承諾したものの…引き金へと右手の人差し指を掛ける事を躊躇ってしまう。


「テフナ…お願いだから…早く!」

苦しみながらレイが叫んだ、次の瞬間…


レイの背中に、鉄製の薄く鋭い飛び道具が複数個、刺さる。

そして、不意討ちを受けたレイは意識を失ない、そのまま倒れる。


「このクナイは、一時的に雷クモの活動を封印することが出来る…これを持っているのは、あの子しか考えられない…」

クナイに見覚えがある桜は、近付いてくる同種の存在に気付き、振り向く。


「よし、寄生されたいい感じの子をつっかまえた!」

それまでの空気を一変させる程に明るい声の持ち主は、桜と同じセーラー服を着て、桜よりも背丈が頭一つ分ほど低い短髪の少女だった。


「えっ…誰?」

理解が周回遅れのテフナが、疑問を投げ掛ける。


「はい…あの子は、私と同じ戦マキナであり…偵察・探知に特化した機能を持つ【葵】です。」

そう桜が説明していると、闇夜の上空を切り裂くかの様な轟音が近付いてくる。


テフナが見上げると…翼の左右に大きなプロペラが付いた輸送ヘリ数機が、地面に照明を当てながら降下の態勢に入っていた…


最初に着陸した輸送ヘリの後部ハッチから、白衣を纏い、白色のアンダーリムの眼鏡を掛けた女性が赤坂村の地に降りると…

間髪入れずにライフル銃を構えた兵士数人が降りてきて、周囲の警戒に当たる。

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