04『雷クモとベッコウ蜂』

数時間前まで理性のある友人が、人を喰らい口元を赤く染める化物『雷クモ』へと変貌してしまった事に対して理解が追い付かないテフナは狼狽える。


18時になった事を報せる図書室の時計の音によって、止まっていた思考が再び動き出したテフナは、『ミナカ式C型拳銃』で眼前の化物の眉間辺りに狙いを定めるが…


「ねぇ…悪い冗談だよね…はるか…」

その現実逃避に対する元友人の返答は、人の言葉ではなく短い咆哮だった。


「ごめん…」

「ごめん…テフナ…」

友人だった者の理性が一瞬だけ戻ったことで、テフナが放つ45口径の銃弾の狙いが揺らぐ。


「っグゥ…」

腹部を撃たれた化物は、出血し僅かに怯むが…瞬く間に血は止まり、命中した銃弾は再生する組織によって押し出されて、図書室の床へと落ちる。


「これが雷クモによる回復力…」

テフナの意識が床に落ちた銃弾へ向いてる間に、化物は跳躍し一気に距離を詰めて来る。

「…っう!せめて、私が止めを刺して上げないと!」

そう自分へと言い聞かせるテフナは、素早く抜刀した軍刀で斬りつける。


「っグゥ…痛いよ、止めてよテフナ…」

しかし、その一撃を右手で受け止めた化物が懇願する。

「だよね…私が、終わらせてあげる…」

テフナは、ベッコウ師としての使命で、理性を何とか奮い立たせ様とするが…


「グハハァ!なんて、言うとでも思った?」

化物の笑い声に呼応するように、刃を握る右腕が隆起し…一瞬にして刀身をへし折る。

「そんな…っう!」

その馬鹿力に驚きを見せるテフナに対して、化物が血塗られた右手で掴もうとするが、すんでの所で回避する。


信じがたい現実の連続に対して、思わずテフナの足は逃げ出してしまう。


「あぁ~テフテフ…鬼ごっこで遊ぶのぉ?」

不敵な笑み浮かべながら跡を追いかける化物の右手は治癒しつつある。


ーーー


夕日が沈み…暗闇に支配された廊下を走るテフナの頭の中で、年相応の少女としての恐怖とベッコウ師としての理性の双方が駆け巡る。


「ここで逃げたら村の皆に被害が出てしまう…でも、軍刀無しで勝てるの…」

テフナは右手で拳銃を持ち、左手を胸元に置いた状態で深呼吸をし、作戦を練ろうと思考するが…ペタ…ペタ…っと粘性の高い追っ手の足音が恐怖とノイズを走らせる。


「はぁ…はぁ…私はこの地を代々、守って来た源坂家の娘で…ベッコウ師でもあるの…」

そう鼓舞するテフナは、足音が近付いて来る暗闇の先に、拳銃の照準をつける。


しかし、足音の正体を知ったテフナは驚愕する。


「嘘…もう一人いたの…」

その言葉の通り、足音の正体は元友人ではなく…寄生された男子学生だった者である。

「じゃあ…はるかは…!?」

背後の気配に感付いたテフナが振り返る。


「そう、私はこっちだよぅ…」

「っう!…きゃ!」

後ろに佇んでいた元友人に対して、テフナは即座に発砲して応戦するが、右手を押さえられた事で弾丸は外れ…その上、首元を強く掴まれ、そのまま僅かに廊下の床から浮いてしまう。


「ごほぉ…」

呼吸がままならない状況に陥ったテフナは、諦めずに元友人の腹部へと出来る限りの力を込めた蹴りを食らわせるが、全く響かず…逆に腹部に強烈な拳をお見舞いされる。


「あぁ…テフテフに撃たれたのも…斬られたのも痛かったなぁ…だから!少しくらいお返ししても文句はないよね!」

そう語気を強めた元友人は、少し浮いたままのテフナを廊下の窓側へと勢い良く放り投げる。


「いやぁ…」

窓の木枠ごと窓ガラスが壊れ、甲高い音を立てて、その破片はテフナと共に地面へと落ちていく…


「あはは!やり過ぎたかな?」

元友人の問いかけに対して、元男子学生だった者はゆっくりと頭を傾げるだけで無言である。


そして、その2体は落ちたテフナの様子を確認する為に、割れた窓側へと歩み寄る…


「いやぁ…そうでもなかったみたいだね…」

少し悔しさを感じさる元友人の言葉通り…テフナは2階から投げ落とされたが、真下に生える草木に潰れた跡が残され…落ちた本人の姿が見当たらない。


「それじゃあ…鬼ごっこの続きだね…」

そう口角を上げた元友人が、飛び降りたのに続いて、元男子学生も後を追う。


ーーー


一時的に2体の雷クモから逃れたテフナは、昇降口にある木造の靴箱にもたれて脱力する。


「はぁ…はぁ…もう一体いるなんて…もうおしまいかな…ふっ」

草木によって落下の衝撃が和らいだとは言え…軍刀も拳銃も失った上に、敵が2体だったという現実が、テフナの心身を削る。


そこへ、化物の足音が再び近付いて来る…


「もう追い付かれた…でも…」

少女として恐怖を感じる事しか出来なくなったテフナの身体は重く…何とか、近くに置かれた掃除用具入れの中へと息を潜める。


「何処かな…テフテフとは何時も一緒にいるからぁ、匂いでこの辺にいることは分かるからね…」

元友人と元男子学生が、さっきまでテフナがいた靴箱辺りの匂いを確かめている。


そして、テフナが隠れる掃除用具入れの前を、そのまま2体が通り過ぎたかと思いきや…

強烈な衝撃が、身を潜めるテフナに襲い掛かる。


「いやぁ…もう止めてよ!はるか!」

その懇願に対しての元友人からの返答として、掃除用具入れごと勢い良く廊下側へと投げ飛ばされる。


「かはぁ…」

掃除用具入れの中に隠れるテフナにダメージが入る。

「テフテフ…止めて欲しかったら、大人しく出てきな…よ…?」

テフナへ話し掛けながらゆっくりと近付いて来る元友人と元男子学生の視線が、別の存在に気付く。


その視線の先には、テフナとは別行動だったレイが立っている。


「うん?…これは、これは卜部せぇんぱいじゃないですかぁ…あぁ、見られてしまった以上は頂きますねぇ!」

その元友人の言葉を機に、元男子学生が勢い良く突撃する。


「……」

テフナは、自分の間合いへと迫った元男子学生を、難なく斬り伏せる。


その元男子学生を斬った事で生じた隙を、元友人が突いて右手で一撃を加えようとするが…


「へぇ?…」

雷クモに寄生された事で常人の力を超える一撃を、レイは左手のみで難なく受け止める。

そして、右手に握る軍刀で元友人の腹部を差す。


「グハァ!…あぁ、そういう事ですか…せぇんぱい。」

終始、無言で対処するレイは、止めと言わんばかりに再び斬り付ける。


「はぁはぁ…助かったよ、ありがとうレイ…」

息を切らしながら、倒された掃除用具入れの中から這い出たテフナが、暗い廊下の先に佇む相方へ礼を述べるが…次の瞬間、その表情が曇る。


「えっ、そんな…どうしてレイが…」

血塗られた刀身を右手に持つレイの着物は少し着崩れており…その胸元には、寄生された証である雷クモが蠢いている。

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