第30話
奥さんが来たあの日以来、秋吉様からの連絡は途絶えた。
GPSのアプリも消したようだ。追跡者はいなくなっている。
これだけ行動で示しているんだから悟ってくれということだろう。
直接、別れは言われていない。
それでも、会社では顔を合わせる。
秋吉様は決して私を見ようとしない。
触れられなければ、会っていないのと同じ。自分の言葉がブーメランのように胸に突き刺さる。
最初は、どこまで私が哀願できるのか試していると思っていた。
だから、忠誠や従順を誓う文章を送った。
支配欲や加虐心を擽るような文章を。
でも、いくら哀願しても、嘆いても、無駄だった。
逃げられると衝動的に追いたくなる。
愛情はいつしか憎しみに。最後は罵詈雑言で罵っていた。
最後の別れを言いたいだけなのに、それすらも許されない現状が辛くて堪らなかった。
会社に今までのやりとりを送りつけてやろうとか、みんなの前で暴れてやろうとか。そんなことを考えるけど、実行はできなかった。そんな勇気、私にはない。
秋吉様は、そこまで見越して私を選んだのかも知れない。
そんなとき、辞令が降りた。
私は地方に飛ばされる。
早い手回しに呆れ、感心したぐらいだ。
トイレで手を洗っていると、中野知美が後ろを通り過ぎた。
「舞衣さん」
舞衣が片手をあげ、鏡越しに目を合わせる。
「舞衣さん、お世話になりました」
舞衣はハンカチで手を拭きながら、知美の方を振り向いた。
「私の方こそ。いろいろありがとう」
「一緒にSTVに入社したんですよね。同期って言えるの舞衣さんだけなので寂しいです」
「うん」
「向こうに行ってどうするんですか?」
意図がつかめず聞いた。
「どうするって?」
「あっ…いや…たしかに。何を聞いてるんでしょうね。私は」
「私ね、木野さんと付き合ってたんだ」
唐突な告白。
何の抵抗もなく口に出せたのは、出社の日数が少ないから。それと、せめてもの償い。だから、私が社員になれたと安易に匂わせる。
「知ってますよ」
はっきりと言われた。
知美が舞衣の様子を見ながら続ける。
「きっと、みんな」
「そう」
平然を装うので精一杯だった。
「離婚するそうですよ。木野さん」
周知されている事実よりもきつい。
それなら、連絡ぐらいくれてもいいのに。
咄嗟にこんなことを思うなんて。
私はまだ、秋吉様のことが忘れられない。
「知らなかったんですか?」
そのことに知美が驚いている。
「うん。全っ然」
舞衣が笑った。
完全な開き直り。
「舞衣さん」
「なあに?」
「今だけですよ。そういうのが使えるのは」
茶化してない。馬鹿にしてもいない。
真剣に私を心配している。
この子は秋吉様の奥さんとよく似ている。
綺麗で優しくて、仕事が出来て、何より正しい。
「ご忠告、ありがとう」
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