第2話 セレクション(第1週 各種素養試験)

 二階の各部屋は、生徒である訓練生達が寝泊りする居室と、宿泊のための共用施設に分けられていた。部屋の戸口の上には「トイレ」や「洗濯室」、「給湯室」に「乾燥室」、「ボックスシャワールーム」といった突き出しのルームプレートがあるので分かりやすい。白を基調とした廊下は清掃が行き届いており綺麗だったが、それを訓練生達の入居で荒らしている状態だった。重量物を床に置いたり、ロッカーを開け閉めする雑音の中、「クラスA」と書かれた部屋に山田達は到着。開きっぱなしに固定されたドアの横に荷物を並べ、取り敢えず何も持たない空身(からみ)で入室する。

 居室は狭く、七人の男女に溢れていた。乳白色の二段ベッドが室内中央を避けるように四つ設置され、奥には一段ずつのベッドが二つ置かれている。ベッドに居室の空間をほとんど占領されていた。ベッドの近くにはロッカーと小型の南京錠が掛かったキャビネットが備え付けてある。窓からは隣の隊舎が丸見えで、それは向こうからも同様だろう。既に荷物の搬入を終えて携帯電話をいじっている者や、ベッド下にコンテナをねじ込んでいる者もいる。いずれからも視線を感じた。

 山田が自分のベッドがどこなのか調べていると、「ドアにベッドの割り振りがありましたよ」と、竜崎より大きな背格好の男性から声を掛けられた。

「ああ、ありがとうございます……」

 入社初日と同じで、こういう時は社交的で世話好きな人から話し掛けてくれるからな……

 内開きで固定されたドアの表面を見ると、山田は一番奥にある一段ベッドになっていた。その手前にある二段ベッドの上が、早乙女訓練生で、下は竜崎。割り振りに根拠があるのかは不明だが、先程教えてくれた人物は向かいの一段ベッドに座り、部屋の様子を観察しているようだった。山田は廊下に戻り、荷物を搬入。各人に与えられた狭いロッカーを開けると、ハンガーで服を吊るす棒だけ設置されており、他には何も入っていない。ベッドの下にコンテナを収納し、メディカルバッグをその隣に突っ込んでいると、「皆さん荷解きが済んだら、伝達事項があるのでこちらに注目してください」という指示が飛んだ。見ると、向かいの人物がメモ用紙を持ち、ベッドに片膝を付いて待機していた。

 リーダーシップを発揮する人間は説得力がなければ務まらない。まだ居室内の微妙な力関係が解明されていない状況で指揮を執るのは、凄い勇気だ。それだけの自信を持つほどの経歴ということか……

「入口付近の人は一段ベッドに座ってください——良いですかね?」

 促された山田は頷く。

「ええ、もちろんです」

 居室の住人は全部で一〇名だった。リーダー格の男性と、自分と竜崎、そして早乙女訓練生、色白の妙齢の女性、日焼けした壮年の女性。それぞれがベッドの位置からこちらを眺めている。近くに寄ってきたのは、色黒の背の低い若い男性二名と、かなりの長身で山田より年上の男性、そして最年長と思しき無精髭の似合う男性だった。

 どうして俺が一段ベッドなんだろうか……

「——えーと、初めまして。自分は空軍の基地警備教導隊から来ました、『空井(そらい)』です。番号だと、1番ですね。年齢は三三です」

 全員が頭を下げ、各々がメモ帳を出そうとする。「大した内容ではないので」と空井訓練生は言う。山田は筆記用具をバッグに入れっぱなしだったのと、暗記して覚えるタイプだったので、次の動きに注目だけした。タイミングを見計らい、空井訓練生はメモ帳を読み上げる。

「自己紹介はこの後にやろうと思いますが、取り敢えず、先にここの指導部から言われたことを伝えます。最初にこの居室に入ったのが自分だったんですが、週間教育実施予定表が廊下に張り出されているので、それを各人で確認してくれとのことです。居室の全員が揃ったら、教育で必要な物を一階までまとめて取りに来るように言っていました。その時に、今日の夕食の弁当を配布するそうです。それと、今日の二一五〇に全員の携帯電話、撮影や録音ができる機器を週末の休養日まで回収するそうです——取り敢えず、取りに行きますか。今、言ったことで、質問はありますか?」

 二一五〇(ニイヒトゴーマル)とは、軍隊や警察無線での時間の言い方だと、勝連で仕込まれたが……

 山田が手を挙げる前に、「二一五〇とは二一時五〇分のことですか?」と早乙女訓練生が訊ねてくれた。

「……ああ、そうです。すみません、この中で公安職の経験がない方はいますか?」

 一瞬、手を上げそうになったが、「真田」の設定を思い出し、竜崎と目を合わせる。どうやら完全な民間人は、早乙女訓練生だけらしい。

「多分、クラスごとにチームで教育を受けることになりそうなので、時間の表現や専門用語は後で説明します」

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