第41話 何もかもぶっとんで

「ふむ、なるほど」


 異質なまでの美しさを誇る少女が、先程まで食卓を囲んでいた家族の中に唐突に現れた。

 その場にいた少年と入れ替わる形で。


「……え、は?だ、誰?」


 少年の妹である少女が、思わずそう聞き返した。

 父親と母親はフリーズして動けなくなっており、祖父である厳格そうな男は面白そうにして笑っていた。


「誰もなにも、あなたの兄ですが?」


 そう答えながらも、予想とは大きくズレていたその状況に少女は少し戸惑っていた。


 そして、結論を出す。


「(『オレ』は前世というわけではなく、目覚めの瞬間かその少し前に『私』と合一したということでしょうか)」


 2000年と少しの間、あの世界で過ごしていたならばこの世界における『己』は二ヶ月ほど前に死ぬか行方不明になっているはずだ。

 だけど、現実としては前世だと思っていた記憶の最後の場面にあたる状況にそのまま舞い戻っていた。


「俺からすれば久しぶり、ですね。そちらからすれば違うのでしょうが。愚妹よ、久しぶりに会えて嬉しいです」


「……本当に兄貴なの?」


 妹、近衛(このえ)風花(ふうか)は感じていた。

 纏う雰囲気も容姿も全く違う。口調も違う。性別すらも違う。

 だいたいなんだ、このありえないほどの美貌は。

 だけど、これは間違いなく『兄』である。……そう確信していた。


「そうだと言いましたが?」


「……認めがたいけど信じてあげるわ。賢しら兄貴」


 風花は驚きながらも冷静に受け入れた。

 彼女は優秀な兄と常に比較され続けて疲れていたし憎んでもいたが、同時にブラコンでもあった。

 それも、超が付くほどの。

 そんな彼女が、愛する兄のことで間違えるわけがなかった。


「ふふ、今となってはあなたより馬鹿になっているのですけどね。かつての頭脳はもはやありません」


 かつて兄だった少女……ノエルにとってその事実は少し認めがたいものだった。

 勉強くらいなら今でもこなせるだろう。記憶力に関してだけは高まっているし、不可能ということはない。

 だが、異能などの要素を抜きに考えると、今は妹のほうが確実に優秀だ。

 秀才である風花と、記憶力は高まれど凡才になってしまったノエルでは差が開いてしまった。


「それはそれでムカつくわね。だけど……まあいいわ。兄貴より上に立てたんならそれで良い。……で、どういうことか説明してくれる?なんか知ってるんでしょ?その様子だと」


 そこから、いまだにフリーズしている両親や祖父を含めた説明会が始まった。


「……ごめん、まったく意味がわからないわ」


「でも、風花が本当だと言っているのなら本当なんだろう。……僕もよくわからないけど」


 両親は全くわかっていないようだった。

 しかし、超絶ブラコンである風花の言葉を信じる形で納得はしていた。


「妙なことが起こったものだな。正気とは思えんが……まあ、そういうこともあるか。面白そうなことに巻き込まれているではないか」


 祖父は訝しみながらも楽しそうにノエルを見て笑っていた。

 過去を懐かしむように、目を細めながら。


 ノエルは祖父が苦手だった。己ができたことならお前ならできる、と無理難題を押し付けてきたから。

 期待が重すぎたのだ。

 それに、纏う雰囲気がどこかおかしかった。


 かつて暴風のように感じていたそのオーラも、今となってはそよ風にもならないが。


「兄貴がいきなり女の子になっちゃったこととか、妙な事情に巻き込まれていることはまあわかったわ。……でも、なんでそんな美少女になってるのよ!?あーもう、ムカつくわっ!私だって超絶美少女だと思ってたのに、兄貴の前だと道端の石くれにもなれないじゃない!」


 風花は言うだけあって素晴らしい美少女だった。

 この世界では間違いなくトップクラス。いや、もしかしたらトップに立てるかも知れない。

 魔族社会に混じっても文句なしに美少女だろう。

 だけど、ノエルの美貌は超越しすぎていた。


 さっきまでの時点で兄のほうが美形だったのに、更に大きく離されて不機嫌になっていた。


 だけど、心の中では違うことも思っていた。


「(流石は私の兄貴。こうでなくちゃ。何もかもぶっ飛んでいてこそ兄貴だもんね。あーもう、かわいすぎっ!やっぱり兄貴は最高ね!……ドサクサに紛れて体とか触れないかしら?にひひ……もちろん、おっぱいもね。とりあえず、着替えやお風呂はガンガン覗かなきゃ……)」


 その思考を眼で見抜き……ノエルはドン引きしていた。


「(まさか、風花がこんな子だったとは。……心を隠すのが上手いようですから、この体にならないと見抜けませんでしたね。どうしましょう。知らないほうが良いことを知ってしまったような……)」


 どっと疲れた気分になっていた。

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