第28話 幕間・帝国(三人称)

「なんと……クンターレ王国が滅びたと……更に、国王とビトレイ氏が処刑……トワレット王女が捕虜に……さらに、そのことにテラの弟と妹が……」


 地上世界における最大の国土と国力を誇る人類の盟主、ガティクーン帝国。

 世界の全人類の正義が結集した人類連合軍の実質的な中心国家として、長年魔王軍と勇猛に戦ってきた大国家。

 そして、帝国のごく一部の中枢のみが参加できる秘密会議において、帝国を統べる皇帝は頭を抱えていた。


「はい。相手は六煉獄将のキハクと大魔王の娘であるクローナ、まさかそこにテラの弟妹が関わるとは思わず……ただ、問題はそれだけでは……いえ、それだけならまだよかったのです」


 対面する皇帝の前で片膝付いて報告を述べる一人の勇者。

 

「どういうことだ?」

「はい。どうやら解放された民たちが、それぞれの都市などで……今回の我らの工作を流布しているようです……『全ては帝国の仕業』……と」

「……なに!?」


 思わず席から立ち上がる皇帝。その表情は青ざめている。



「テラが戦死した戦……それは帝国側が裏で将校たちを暗殺したことで敗北するように工作し、更にテラについても……ビトレイとトワレット王女を唆し……責任をテラに押し付け、更には弟妹とシス姫に―――」


「ま、待て! そもそもそれがどういうことだ! テラがもし戦死するのであれば英雄として弔えとも言ったはずだ! それを戦犯として中傷し、弟妹を追放、更に巻き込まれたシス姫の死……一体どうして……」


「ビトレイとトワレット王女が勝手に……ですが……クンターレ王国の民たちには……それどころか、全て帝国の責任であると……まだ噂は遠く離れた旧・クンターレ王国の領土内でのことですが、今後溢れる移民などからも確実に世界に……」


「くぅ……なんということだ……なんという……連合の対魔王軍への団結を乱すテラを苦渋の末に葬る手立てを考えたというのに……まさかこのようなことに……もしこのことが他国や帝国民にバレたら……」



 決して表に出してはならない裏工作が、逆にすべてが裏目に出てしまった。

 そして、それは紛れもなく自分たち自身に返ってくる刃である。


「まさか、キハクが一部を除いた大半の捕虜を全て解放するとは思いませんでした……せめて皆殺しや凌辱でもしてくれれば、情報の漏洩だったり信憑性に――――」

「もうよい、ゲウロ……」

「陛下……」

「地獄に落ちる覚悟で行ったことが……まさか地獄のような状況になってしまった……これでは何のためにテラを……」


 クンターレ王国の国民、さらには連合加盟の他国からの非難、それどころか自国の民たちですら今回のことを知ってしまえばどのようなことになるのか?

 人類が同じ人類の勇者を葬るという歴史上でもありえぬ大罪と業は背負ってでも実行したことが、事態を深刻に、それどころか人類連合の結束に大きな亀裂を生み出す結果となってしまった。

 この事態に皇帝はその罪に耐え切れずに震え上がり、ゲッソリと一瞬で窶れて毛髪まで抜けてしまう。

 だが……



「陛下……ですが事態は正直……それどころではなくなるかもしれません」


「なに?」



 帝国出身の八勇将であるゲウロ。

 八勇将の中では古参であり、長きに渡り魔王軍と戦い続けた歴戦の勇者であり、人類が誇る大英雄の一人であり、そして皇帝からの絶大なる信頼を得ている男である。

 そして、ゲウロは更なる絶望を告げる。



「近々、魔王軍の大軍が……六煉獄将のトワイライトと参謀のあの魔族までもが地上に繰り出し、大規模な侵略戦を仕掛けるとの情報があります」


「なに!? あの二人がか!?」


「ええ。そうなると、キハクなども含め、この地上に一気に六煉獄将の内の『五将』が集うということです」


「ッ!? ご、五将が一気に!? ばかな、そ、そのようなこと……そのようなこと未だかつて……」


「ええ、未だかつてないほどの規模です。魔王軍側も今回のテラの死とクンターレの滅亡を好機と捉え、人類の領土を大幅に削りに来たということでしょう」



 その瞬間、皇帝は慌てて立ち上がった。

 項垂れ、今後の人類の行く末に自分の行いで絶望に導いてしまったと罪の意識に苛まれていたところでの非常事態である。



「バカな! そのような事態になっているのなら、すぐにでも人類連合の首脳を集めて軍議を行わねば! 残存する軍の洗い出しも含めて早急に!」


「もちろんです。しかし……我らはこの全軍に対して迎え撃つほどの軍力は整っておりません……。本来であればテラの後継をすぐにクンターレ王国から擁立することで、八勇将も健在であることを強く掲げる予定が、まさかその候補者も王国自体も滅ぶのは想定外でした」


「……し、しかし、それでは……」


「確実に大幅に領土を……いえ、最悪の場合は国がいくつかまた滅びます」


「な、なんという……ことだ……」



 そして最悪と絶望が重なる。

 それはまさに人類存亡の危機とも言える事態に皇帝ももはや言葉を失ってしまった。

 だが、そこでゲウロは強い瞳で皇帝に対し……



「しかし、それだけ魔王軍が攻め込んでいるということは、魔界の守りがいつも以上に手薄ということになります」


「なに?」



 まだ諦めていない。起死回生の一手、奇策、妙案があった。



「この際、もはや全ての領土を等しく守るための防衛線を引くことは諦め……いくつかの国を捨てましょう。そして我らは残存する全戦力でこの魔王軍を迎え撃つというフリをしつつ……精鋭の別動隊を結成し、手薄となっている魔王都市に潜入して一気に大魔王を討つというのはいかがでしょうか?」


「ッ!?」


「仮に失敗したとしても、魔王都市が攻撃されたとなれば敵の手は止まり、いくつかの軍は慌てて引き返すことでしょう! どのような防衛策を張ろうと後手に回ります。ならば、もはや一部の領土や国は捨てる覚悟で、相手の体内に楔を打ち込みます!」



 本来であれば全軍で迎え撃ち、無辜の民を救うための策を講じるところ。

 しかし、ゲウロは「もはや全てを救うのは不可能なので、一部は見捨てる」と現実的な意見を出した。

 戦力を分散することで、人類にとって主要な箇所や奪われてはならない地を取られるリスクを考えると、もはや優先度の低い箇所は切り捨てるしかないと。

 だが、ただ籠って大事な箇所だけを守るのではなく、魔王軍に僅かながらの反撃の手も考案。

 それが、別動隊の魔界潜入と魔王都市襲撃に加えて大魔王の暗殺。



「しかし、別動隊とは誰を……しかも、作戦成功の可能性など極めて低く、ほぼ間違いなく全滅。相手は六煉獄将を束ねる大魔王……簡単に討てるか? それに、地上に来ている六煉獄将が五人ということは必然的に大魔王を護衛する六煉獄将が一人は……」


「はい、魔界に残る六煉獄将は消去法でガウルでしょう。もちろん容易い相手ではありませんが、しかしキハクやトワイライトよりは劣るはず」


「ううむ……」


「そしてこちらは八勇将の現存する七将の内……三将を少数精鋭の別動隊として派遣しましょう!」


「さ、三人も!?」


「それぐらいの戦力を注ぎ込まねば、六煉獄将たちも脅威と思って進軍の手を止めないでしょう。そして向かわせるのは―――」



 そして、その時だった。



「大魔王を討つなどという大偉業を果たす勇者など……この私以外おらんであろう?」



 そして、その会議室に最初からいたというのに、今の今まで一度も発言をせず座っていた男が声を上げた。

 その傍らには、鎖のついた首輪を嵌められた全裸の四つん這いのエルフ、ダークエルフの娘たちが人形のように死んだ目をして転がっていた。



「そして、陛下よ……私が片道で終わることなどない……これまで一度も! 必ずや大魔王を! 首も、王都も、女たちも丸ごと掻っ攫ってくれようぞ! キハク共が絶望するほど徹底的に暴れてくれよう!」



 立ち上がった巨漢の男。

 身の丈はオーガやオークと同じかそれ以上の人間離れした体躯と、顔中に刻まれた無数の傷跡が歴戦の戦士を思わせる。



「帝国最強……いや、現・八勇将最強のボーギャック……よ、よいのか! ボウギャックこそ帝国領土の防衛に当たらせるべきでは……」


「ボーギャック将軍だけでなく、我が帝国からもう一人、ギャンザ将軍も組み込みます……そしてもう一人、トウヨー王国の人類最強の魔導士・シュウサイを派遣します」


「な、ば、バカを申すな! 流石に八勇将三人も向かわせるなどありえんぞ! しかももし三人が全員やられたら――――」


「ご安心を。状況を見て即撤退も視野に入れます。シュウサイは転移魔法を使えますので、いつでも離脱は可能です」



 それは魔王軍にとっても予想外であった。

 別動隊を考慮し、王都の防衛に六煉獄将の一人を置いてきたが、まさかこの窮地で人類連合軍が全戦力を持って防衛するのではなく、八勇将を送り込んでくることまでは思っていなかった。









 だが、結果的にこのゲウロの作戦は、人類にとっては史上最悪の裏目に出ることになる。

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