一、ロリ体型女性と、なにかありげなイケメン
荒野は広く、見渡す限りなにもないが、ある方角に道路らしき白いものが伸びているのがかすかに見えるので、とりあえずそっちへ行くことにした。北も南も分からない。上に太陽はあるから、この先あれが降りてくれば、そっちが西ということだ。ここが地球であるならば、だが。
「そういえば」
一樹は急に止まると、数歩下がって歩いていたツインテの少女に向かい、微笑して言った。もう気分は落ち着いて、すっかり大人である。幼い娘を引率する父親そのもの。まだ二十歳そこそこの学生の彼は子供を持ったことはないが、親戚の家に行ったときに、そこの姪と遊んだりしたので、小さい女の子への対応は慣れている。
「まだ名前を言ってなかったな。俺は芦沢一樹。君は?」
「……えっと、桜木桃香」
足元を見てもじもじしながら答える桃香を見て、可愛いと思った。
「いい名前だね」
「……子供の頃は、『わーい、桜と桃で、お花がいっぱいだー』なんて喜んでたけどね」と急に声を低め、バツ悪そうに言う。
(えっ、「子供の頃」……?)
一樹は固まった。その不審な顔を見て、桃香はさらに気まずそうな横目で聞いた。
「あなた、歳いくつ?」
「えっ、俺? 二十歳だけど……」
「ふーん、同い年なんだ」と目をそらす。
(お、同い年ぃ――?!)
ますますひょう変する一樹の顔を見て、苦笑する桃香。
「驚いたでしょ。十歳からこうなのよ、私。まったく成長してないの。まあ生理は来るし、体質はいちおう女にはなってるけど、体型はお子様のまんま」
「そ、そりゃ、そのかっこうじゃ……」
一樹が言いかけたのも無理はない。額はおでこ丸出しで、すさまじいまん丸の童顔だから問題ないのか、顔には化粧っ気がまるでなく、髪型は子供っぽいツインテのお下げをピンクの髪留めでとめている。着ている服も、襟にフリフリのついた紺のワンピに、薄いピンクのスカート。それもプリーツが五センチほどのぶっとい間隔で何本も入り、まるでプレハブの波打つ屋根を横に立てたようで、可愛いが、お子様風味むき出しである。体型も、胸から腰まで一直線にストーンとまっすぐだし、足元もピンクのスニーカー。背は本当に小さく、ぱっと見、百五十センチもないのではなかろうか。
これで二十歳の大人の女性であると、一目で分かる者は皆無だろう。声も高いから、喋っても子供にしか聞こえない。まさに完璧な幼女の「変装」だった。
戸惑う男に、幼女姿の女は真顔で言った。
「煙草はやんないけど、お酒買うときは学生証必須で、忘れると、もう買えないのよ。ほかにも、夜出歩くと警察にやたら声かけられるわ、どこ行っても、『なんで子供がこんなとこに』って顔されるわ、じゃあ大人っぽく見せようとして、お化粧して大人のかっこうすると、今度は嫌そうな目で、『子供になんて格好させてんだ、親を通報しろ』みたいに見られるし。どうしようもないんだよね。なにするにも許可証を提示しなきゃなんないつらさなんて、分かんないでしょ。なにも悪いことしてないのに、罪人になったみたいで、嫌な気持ちだよ。
そういうわけで、初対面の相手には誤解されることしかないから、もう開き直ったの。いつも子供でいいや、って。わざと子供の格好することにしたのよ。人と話すときは、ぶりっこして『きゃー、桃香、十さーい』みたいにしてるわ。それでなんの問題もない」
「そ、そうなんだ……」
あきれる一樹に、桃香は急に湿っぽく言った。
「ごめんね、お財布盗っちゃって」
「いや、いいよ、今さら」
言いながらも、なぜか今すぐ返せと言う気にはならなかった。ここは、どう見てもまともな場所でないし、ここで日本の金が使えるかどうかも分からない。というか、そもそもこの異常な状況下では、金がどう、とかいう発想自体が浮かばなかった。
桃香は、急に彼を上から下までじろじろ見て言った。
「あんたはいいよね、イケメンだから」
「……そんなことないよ」
急に言い捨てて、前を向き、歩き出すので、桃香はきょとんとした。彼の服装は黒のシャツとスラックスで、地味といえば地味だが、顔は誰がどう見てもジャニ系で可愛いし、背はやや小柄だが手足が長く、スタイルはいい。これでモテないとかありえない。
言われて謙そんするのはよくあるが、そんな感じではなかった。彼が急に目を閉じて向こうを向く瞬間、その頬の辺りに、さっと暗い影がよぎり、それが桃香を少し固まらせたのである。それはよそよそしく、氷のように冷え冷えとして、妙に重い、不吉なものだった。
ところが、桃香にはなぜかそれが、そう嫌なものに思えなかった。それどころか、なにか胸の奥に、漠然と興奮するような、血のたぎるようなポジティブな何かが、少しずつ湧き出すのを感じた。目が見開き、頬が紅潮してきた。それは彼の頬の冷え切った氷の暗さとは真逆の、熱帯の潤う密林のような、幸せな熱を帯びていた。
彼女は、わくわくして彼のあとを追った。このまま、ずっと追っていたい気がするほどだった。
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