第47話 カーテンコール1



 いつものカフェのいつもの席。チーム・サレ妻は互いに、ニヤリと笑みを浮かべあった。


「さて、では戦果報告会を始めますか!」


 ドヤ顔で書類を取り出したみのりが、ふふんと鼻を鳴らす。負けじと弥生も書類をテーブルに広げ、顎を逸らして見せる。そんな二人に苦笑をしながら、絢子もコーヒーカップを脇にずらしてクリアファイルを置いた。


「じゃあ、伊藤由衣からね!」

「一括で二百万。満額振り込み確認しました」

「一緒です。親御さんの老後資金と、プラス借金で工面したみたいですね」

「ウチもー! 弥生さんの作戦、ウチも使わせてもらったんだ」

「お役に立てたみたいですね。締結直前になって連帯保証人にはならないとか減額しろとかって、随分ゴネ始めましたもんね」


 うんうんと絢子とみのりが頷いた。分割ではなく一括で二百万。それをかけること三人分。合計六百万の支払い締結の直前になって、伊藤家はゴネにゴネた。曰く高すぎるだの、反省しただの、謝罪しただの。そのくせ裁判になるのも嫌らしい。あんな態度で減額してもらえると思えると思っていたことに驚いたものだ。

 あまりにもゴネたため、弥生はブチ切れて「最後の宴」の映像を、弁護士事務所で大音量で流してやったらしい。弥生の弁護士も震え上がっていたそうだ。


『この映像ごと証拠資料として提出します。裁判官もしっかり確認した上で、公文書に詳細が記載されるわけですがそれでいいんですね?』


 と微笑んだ弥生に、伊藤家はその後何も言わなくなったという。同じくゴネられていたみのりも絢子も、弥生の魔王っぷりに怯えながらも、ありがたく真似させてもらうことにした。効果は抜群だった。

 小野田の見立て通り由衣は会社をクビになってからは、時々哲也に謎のポエムを送りつけつつ、キャバ嬢として返済に勤しんでいる。妊娠を匂わせもしたようだが、もし虚言ではないなら月齢的に父親は哲也ではないだろう。今更真偽はどうでもいい。

 同じ業界の芽衣から自信満々だった割に稼げてないらしいと聞いた時は、三人とも深く納得したものだ。芽衣と愛美の手腕を目の当たりにすれば、稼げる人気の夜の蝶は顔だけで空気の読めない由衣には到底無理だ。


「じゃ、次、森永留美!」

「私は一括二百万、入金確認済みです」


 弥生の報告にみのりは途端に敗北感を滲ませ、肩を落とした。


「百万入金で初回分割分の五万入金確認済み。あと百四十五万……」

「みのりさんと同じくです。まあ伊藤さんほどはゴネなかったので……」

「うん……」


 留美の森永家は全員分を一括にできるほど資金力はなかった。なんとかかき集めた四百万で真っ先に弥生に支払い、五十万の減額に応じたみのりと絢子には分割となった。なんとしても弥生にだけは、少しでも少ない支払いにしたかったらしい。最初に百万ずつ支払われ、初回の分割分も振り込まれはした。

 連帯保証人付きの公正証書締結に多少抵抗を見せたが、減額を考え直すと伝えたら伊藤家よりも早めに折れた。


「一括がよかったなー。滞ったらめんどくさいし……」

「まあ、なんといっても八十八点の高得点です。それが浸透すれば大丈夫じゃないですかね?」

「弥生さん……そんな適当に……」

「滞ったら即強制執行。それでも支払わなければ、連帯保証人に催促。そのための公正証書で、連帯保証人です。大丈夫ですよ」

「ん、そだね……」


 ふふっと小さく笑う弥生に、絢子とみのりは顔を見合わせてため息をついた。留美も小野田の見立て通りクビになったあとは、夜の蝶に挑戦することもなく、寄り道せずまっすぐプロ並みの技術を活かす道を選んだ。


「……確かにブスはブスだけどさ……そんなに思い詰めるほどでもなかったよね」


 ふとみのりがこぼした呟きに、絢子もそっと頷いた。

 

「確かにそうでしたね。あんなに思い詰めるほどではないとは思いました」


 由衣が散々煽っていた留美の容姿。自分でもブスを自認し口にしていた留美。絢子にとってもみのりが言うように、あれほど拗らせるほど悲観するような容姿とまでは思わなかった。会ったことすらない弥生に敵対心を抱くほど、劣等感を拗らせた留美は、ある意味直樹とはお似合いだったのかもしれない。


「服装とかさー、髪型とか化粧とか。それだけでも結構変わるのに……」

「そうですね。髪型は思い切ってショートにして、ビタミンカラーを取り入れたらいいんじゃないかと……」


 考え込みながら言った弥生に、絢子とみのりは目を丸くした。ちょっと想像してみた留美は、確かにそうすれば随分印象が変わりそうに思えた。あの直樹を見れるようにしたいた、弥生のセンスは本物だ。


「……弥生さんに敵対するんじゃなくて、友達になれてたらこんなことにならなかったかもなー」

「そうですね……」


 自分の容姿を卑下して拗らせ、落ちるところまで落ちた留美。そうまでなった道のりは、確かにあったのかもしれない。でも拒絶し美人を貶めることで満たされようとするのではなく、あるものを受け入れて前向きに生きることを選んでいたなら違っていたかもしれない。絢子が弥生とみのりに出会って踏みとどまれたように。幸せに思える道筋があったのかもしれない。


「まあ、本人次第ではあるんだけどさ……」


 それが真理。結局留美も弥生だけでなく、絢子にもみのりにも心から謝罪することはなかった。留美自身が過ちに気づかなければ、罪を精算し終えた後、この先もきっと同じことを繰り返す。人生を歩む本人次第だ。


「じゃあ、次は須藤理香子ね」


 少しの沈黙を挟み、キリをつけるようにみのりが切り替える。


「……一括百万、入金済み、です」


 弥生の報告に見合わせた三人は頷き合い、苦笑に表情を緩ませた。

 理香子への提示は絢子も含めて、全員一括で減額ありの百万に落ち着いた。一切ゴネることもなく涙ながらの真摯な謝罪。年老いた両親を伴い、深々と頭を下げる姿の隣には隆史と亘の姿はなかった。

 見苦しかった服装も化粧も髪色も、年相応の落ち着きを取り戻し、言い訳することなく心からの謝罪と悔恨を口にしていた。その姿は減額に値するほど誠実だった。

 足りない分を補填してくれた両親に、新しく見つけた清掃員の仕事で返済していくという。


「……ちょっとあんまりだったもんね」


 みのりの呟きに絢子も弥生も頷いた。周りが見えなくなるほど、本気で哲也にのめり込んだ理香子は、自業自得ではあっても受けた仕打ちは酷すぎた。

 代償が誰よりも大きかったのも理香子だった。憑き物が落ちたように家族がいなくなった家に帰り着いた時、何を思ったかを語る理香子に全員が減額を決めた。十分すぎる代償を支払ったと。誰よりもそれをきっと、理香子自身が理解している。

 

「……やり直せたらいいですね」


 今度は本当に大切なものを見誤ることがないように。価値あるものがなんなのか騙されないように。もう大切だったものは取り戻せなくても、この先の未来はまだ続いていくのだから。


「絢子さんってさー、クールな見た目の割にお人好しだよねー」

「ほんと、そうですよね。旦那さんの不倫相手の今後まで心配しちゃうなんて……」

「ちょっと、それはお二人もでしょ?」

「絢子さんほど真剣に思ってないって」


 くすくす笑う二人に、絢子は眉を顰めた。


「……そんなんじゃないですよ。私は現状に満足しているから寛大になれてるだけです」


 哲也に対して、もう憎しみすらも湧いてこない。なんの感情もないから言えることだ。弥生とみのりに支えられ、正面から見据え続けた哲也の裏切り。二人がいたから受け止められた。

 その過程でゆっくりと愛は冷えていき、知りたいと願った「哲也の理由」を手に入れた時、もう完全に僅かな思いすらも消えてなくなった。だからこそ願えるのだ。同じ部品にされていた人の幸福を。絢子と同じように部品だった自分を捨てて、新しい未来を踏み出そうとしている人を。


「まあ、どう転んでも絢子さんはお人好しってことで」

「ふふっ、諦めてください」

「二人とも……」

「じゃあ、最後は離婚手続きの進捗だね……」


 みのりの言葉に一気に表情が暗くなる。順調に進んでいる不倫相手たちとの示談とは裏腹に、離婚手続きは三者三様、揉めに揉めているのだ。


 

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