第41話 答え合わせ
「では次は森永さん」
視線を向けた弥生に留美は、美貌に視線を据えたまま壮絶な笑みを浮かべた。
「半年前から直樹さんと関係を持ってます。奥様の愛が重くて息苦しいって。直樹さんがすごく辛そうで一度だけのつもりで関係を持ちました。でもそしたら直樹さん。もう奥様では満足できなくなってしまったみたいで……すいません」
唯一謝罪を口にした留美。でも謝罪の気持ちなど微塵もないことは、誰の耳にも明らかだった。一瞬たりとも目を離さないというかのように、弥生を見つめながら堪えきれない笑みが口元にニタニタと張り付いている。まるでこの時を待ちかねていたように。
浮かべている笑みは仄暗い愉悦に満ちて、瞳を高揚に爛々とさせて弥生の反応を待っている留美。この瞬間、留美の執着が直樹ではなく、弥生へと向けられていたという推測は確信に変わった。
ゾッとするような留美の表情に、みのりが身震いし絢子も思わず弥生を振り返る。弥生は淡々としたまま留美を見つめていた。思わず声をかけようとした絢子の目の前で、弥生は麗しい美貌に小さく笑みを浮かべると頷いた。
「では最後は須藤さんですね」
あっさりと絡んでいた視線を伊藤に向けた弥生に、一瞬留美は大きく目を見張りぎりっと奥歯を噛み締める。
「直樹さんと何度も関係を持ちました! 奥様よりずっといいって、一度では終わらず何度も何度も!」
「はい。ちゃんと聞きましたよ?」
テーブルを両手で叩いて身を乗り出した留美に、殊更美しく微笑んた弥生に留美は衝撃を受けて直樹を振り返った。振り返った先の直樹は、留美よりも衝撃を受けたように弥生を見つめている。
「……なんで?」
「弥生……?」
「一番話したそうだったのに、最後になりましたね。それではどうぞ?」
「え……あ……」
留美と直樹の呟きを無視して、理香子に微笑みかける弥生。戸惑ったように直樹と留美を見ていた理香子が、びくりと肩を揺らして助けを求めるように視線を巡らせた。絢子と視線が絡んだ瞬間、呆然としていた瞳が燃え上がるように色味を増す。
「……私は……私は上原くんと真剣にお付き合いしてます。貴女が上原くんが苦しんでいるって気づいてあげないから! みんなに頼られて、笑顔でいる裏で上原くんがどれだけの期待と重圧と戦っていたと思ってるの!」
「……期待と重圧……」
思わず絢子が小野田を振り返ると、小野田は完全に何言ってんだこいつと言いたげな顔をしていた。当然だった。営業部にリフレッシュ休暇の順番が回ってくるこの時期、大型案件などが全部片付いた営業部にとって最も暇な時期なのだ。どんな期待と重圧を背負っているというのか。
「一番そばで支えるべき貴女が! 気づいてあげないから! 唯一彼の苦しみに気づいてあげられた私を彼は選んだの! 私だけが彼の助けになってあげた! 気づきもしない貴女が妻を名乗る資格なんてない!」
涙さえ浮かべて悲鳴のような絶叫をあげる理香子は、完全に悲劇のヒロイン気取りだ。あれほど努力が必要だった真顔の維持が、途端に楽になる。
「……上原さんって、この超絶暇な時期に誰かに支えてもらわないと、ダメになるほど仕事できなかったんですね……アレなら部長に進言しておきますか? 期待と重圧で不倫に走るくらい追い詰められてるそうですよって」
小野田がため息をつきながら哲也に振り返り、哲也が激昂したように立ち上がった。
「ふざけるな! その女の頭がおかしいってわかるだろ!! 単なる妄想だ! 絢子! 信じたりしないよな? 俺が絢子にどれだけ感謝してるか知ってるだろ?」
「上原くん……なんで……誰もわかってくれないって……孤独に押しつぶされそうだって……私にしかこんなこと言えないって言ってたじゃない……」
「黙れよ!! 妄想を垂れ流すのはやめろ!! 俺がこんな女を本気で相手にするわけないだろ!」
哲也が癇癪を起こした子供のように、理香子を怒鳴りつける。
「孤独……」
「期待と重圧か……その上孤独……友達いないのかわいそう」
うっかり掘り起こしてしまった、黒歴史を無理やり聞かされるような微妙な空気が流れる。みのりの呟きに続いて芽衣が口元をひくつかせながら、同情するように頷いた。みのりと芽衣を哲也が顔を赤くして睨みつけ、絢子に身を乗り出した。
「絢子は一言だって聞かなくていい! 信じたりしないよな? 頭のおかしい女の言葉より、夫である俺を信じるよな?」
「上原くん……なんで……私、貴方のために……」
呆然と涙をこぼし始めた理香子に、弥生はため息をついてパンと両手を打ち鳴らした。全員の視線が集まる中、弥生は形のいい眉を顰めて見せる。
「……とりあえず、全員の言い分は聞き終わりましたね。ですが申告された内容は全員バラバラでどれも一致しません。つまり嘘つきがいるということです。補足や訂正するなら今なら受け付けますよ?」
笑みを浮かべた弥生に旅行メンバーは口を閉じ、グスグスと泣く理香子の嗚咽だけがその場に響く。少しだけ待ってあげた弥生はため息をつき、弥生を睨む面々に向かって首を傾けた。
「……これが最後の警告です。一番最初に真実を話した方にだけ、ご褒美があると伝えましたよね? 今の申告のままでいいんですね?」
グッと声を低めた弥生に、大地が怯えるように顔を俯けた。何も言わない面々に、みのりが肩をすくめた。
「はぁ……もういいんじゃん? そろそろ答え合わせしようよ」
「そうですね。どうやら覚えていないらしい人もいるみたいなので、思い出していただきましょうか。まずは誰と誰がどこまで、からですね」
「絢子……」
皮肉めいた絢子の声に、哲也の助けを求めるような目を縋らせる。絢子は小さく口元を歪めて見せると、健人に視線を向ける。心得たように健人は立ち上がると、入り口に向かって歩き始めた。
「おーい、ユウヤ! 出番だぞー!」
「へいへい!」
のそのそとPC片手に入ってきた小太りの緑髪のユウヤを、由衣が怪訝な表情で見上げる。ユウヤはそのままサレ妻陣営に腰を下ろすと、持ち込んだノートPCの画面を向ける。
「というわけで覚えてないって人もいるらしいので、誰と誰がどこまでしたか。ダイジェスト版でお送りしまーす」
ユウヤは言いながらスイスイとPCを操作し、最後にタンッとエンターキーを押下した。途端に大音量で流れ出した喘ぎ声に、ユウヤが慌てて音量を下げる。サッと顔色を変えた面々に、ユウヤがニヤニヤ笑いながら画面を向けた。
「あー、音量設定ミスってたわ」
鬼の形相でPCに手を伸ばした哲也に、サッとユウヤがPCを引き寄せる。
「そんじゃ、改めてこちらをご覧くださーい!」
「……やめ、てよ……! なんでこんなの撮影してるのよ!」
由衣が金切り声をあげたタイミングで、パッと画面が切り替わる。この世の終わりのように泣いていた理香子も、泣くのをやめて真っ青になって画面を凝視している。
「こちら昨晩のこの部屋での出来事になりまーす。誰と誰が何をしてるか、はっきり録画されてまーす」
「やめて! やめてよ! 今すぐ止めて!!」
「いやいや、まともな申告が一個もねーくらい記憶があやふやなんだから、騒いでないでちゃんと確認しろって。うっさいババアの喘ぎ声に耐えながら、徹夜でわざわざダイジェスト版作ったんだぞ?」
「……い、いやぁ!! なんなの……なんなのよぉ!」
由衣がPCを奪おうと暴れるのを愛美と芽衣が取り押さえる。夫たちは真っ青な顔をして、呆然と画面を見つめるばかりだった。
「消しなさいよ! 盗撮なんて犯罪でしょ!」
半狂乱で叫んだ理香子に、小野田が冷ややかな嘲笑を向けた。
「忘れてるみたいですけど、ここ私が予約した部屋なんで。私はただ友達との楽しい思い出を、録画しておくだけのつもりだったんですけどね。でもまさか……乱交パーティ会場にされるとはね……」
しれっとした小野田の言葉に、由衣と理香子が絶望するように座り込んだ。
「というわけで、
場にそぐわないほど楽しげに言い放つ弥生に、六人が震えながら呆然と視線を向けた。
「ですがやったかもじゃなくて、完全にやってましたね。記憶にない方達はどうです? そろそろちゃんと思い出せましたか?」
いっそ優しげに見えるほどの微笑みに、六人はもう何も言えずに黙り込む。
一切動じることなく無表情に自分達を見つめるサレ妻たちに、ようやくただ乗り込んできただけではない、と気づいたらしい六人は自分達の置かれた状況をやっと理解し始めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます